1:癇癪女王の迷路庭園



「それを言ったら、ウチの寮長も十分激ヤバなんだけど~」
「ほんっとにな!タルトを一切れ食ったくらいでこんな首輪つけやがって。心の狭さが激ヤバだよ」
 ダイヤモンド先輩が言葉を区切った所で、エースが同調し愚痴り始める。後ろに近づく人影に気づいた様子はない。
「ふうん?ボクって激ヤバなの?」
「そーだよ。厳格通り越してただの横暴だろ、こんなん」
 声で気づいたらしいデュースも青ざめた。エースの袖を引いて後ろを示す。
「…………寮長……」
 そこでやっと後ろを振り返ったエースは、一変して顔をひきつらせた。
 ハーツラビュルの寮長は、その愛らしい顔だちを険しく歪めている。……何というか、今日だけで一ヶ月分くらいの『可愛い』を摂取している気がする。変な話だけど。
 薔薇の花で染めたような鮮やかな赤色の髪、相対的に落ち着いた色合いの灰色の目。リボン結びのネクタイや平均的な生徒と比べてやや小柄な体格も相まって、絵本に出てくる貴族の少年のような上品な愛らしさがある。めいっぱい険しくしている顔も人によっては『可愛い』の範囲内だろう。もっとも、ここにいる人間には当てはまらないだろうけど。
「おっと……リドルくん、今日も激ヤバなくらいかわいいね」
 ダイヤモンド先輩が笑顔で言うが、相手の反応は冷ややかだ。
「ケイト。あまりおしゃべりが過ぎると、そのよく回る口ごと首をはねてしまうよ」
「いやいや、勘弁してよ~」
 軽口を聞き流し、視線は僕たちのテーブルに向く。
「君達は昨日退学騒ぎを起こした新入生か」
 物言いたげなグリムの肩を掴んでおく。これ以上めんどくさい事にしたくない。
「全く、学園長も甘い。規律違反を許していてはいずれ全体が緩んで崩れる」
 ルールに逆らった奴は皆、ひと思いに首をはねてしまえばいいのに。
 あまりにも苛烈な言いぐさに、エースが身震いしている。そんな事をしたら一年足らずで学園の生徒が半減しそうだ。
「学園長は君達を許したようだけど、……次に規律違反をしたらこのボクが許さないよ」
 少年の声で放たれた言葉にしては、あまりにも重い。怒られる、なんてレベルじゃなく罰を受けるだろう事が察せられる。そんな迫力を、目の前の愛らしい少年が持っている事が、この場にいても信じがたいくらいだった。
「……あのー、ところで寮長。この首輪って、外してもらえたりしませんかね?」
 エースの質問に、ハーツラビュルの寮長は冷ややかな視線を返す。
「反省しているようなら外してあげようかと思っていたけど、先ほどの発言からしてそのようには見えないな」
 その通りです。
 と言いそうになったのを寸前で飲み込んだ。まぁ本人的には反省してるのかもしれないし。本人的には。
「一年生の序盤は魔法の実践より座学が中心だ。魔法が使えなくても学業に影響はない」
「そ、そんな……」
「魔法が使えなければ、昨日のような騒ぎも起こさなくて丁度良いだろう」
 確かに、エースのような魔法でトラブルを起こした生徒へのお仕置きとしては適切かもしれない、と妙に納得する部分もある。でも寝坊しただけで同じ目に遭うのは嫌だろうな、とも思う。そう言う意味では平等じゃないかも。
「さぁ、昼食を終えたらダラダラしゃべってないで次の授業の支度を。ハートの女王の法律・第二百七十一条『昼食後は十五分以内に席を立たねばならない』……ルール違反は、おわかりだね?」
「また変なルール……」
「返事は『ハイ、寮長』!」
「はい、寮長!」
 睨まれたエースだけじゃなく、デュースまで背筋を伸ばして復唱した。そのおかげか、ほんのちょびっとだけ雰囲気が和らぐ。
「まあまあ、俺がちゃんと見張っておきますから」
「……君は副寮長なんだから、ヘラヘラしてないでしっかりしてよね」
 クローバー先輩はハーツラビュルの副寮長。どうやらちゃんと寮長の補佐役はいるらしい。でもハーツラビュルの寮長の様子を見るだけで、『監督生』という名前があまり使われていないのも何となく理解した。寮長が強すぎて、その下でまとめ役を担う人間が必要とされないのだろう。
「ボクはハートの女王の法律・第三百三十九条『食後の紅茶は必ず角砂糖を二つ入れたレモンティーでなければならない』を守るために、購買に角砂糖を買いに行かなきゃならないから、これで失礼」
 食後の紅茶の種類と砂糖の数まで決まってるらしい。食堂の管理体制への文句を呟きながら、ハーツラビュルの寮長は食堂の外へ歩いていく。彼の姿が扉の向こうに消えて、その場の全員が一斉に脱力した。
「ひえ~、焦った~……」
「超カンジ悪いんだゾ、アイツ!」
「こら、失礼だぞ」
 毒づくグリムをデュースがたしなめる。エースも憮然とグリムに同意して、やっぱりデュースが注意していた。
「……俺、ハートの女王の法律・第百八十六条『火曜日にハンバーグを食べるべからず』に違反してハンバーグ食べてたから、見つかったらどうしようかと思った」
「食うものくらい自由にさせてほしいよな……」
 その間、後ろからこんな内容の会話が聞こえてきた。先輩たちも聞こえていたのか、表情が少し複雑だ。クローバー先輩は僕の視線に気づいて苦笑する。
「……寮長は、入学して一週間と経たずに寮長の座についた。少し言葉がキツくなりがちだけど、寮を良くしようと思っての事で、根は悪い奴じゃないんだ」
「根が良いヤツはいきなり他人に首輪つけたりしないんだゾ!」
「入学式のアレは、学校に入れないからって暴れたグリムが悪い」
 ぐぎ、とグリムが悔しそうに呻く。先輩たちも困ったように笑っていた。
「でもあの首輪、いきなり魔法が使えなくなるし、苦しいしで最悪だったんだゾ!」
「リドルくんのユニーク魔法ね」
「ユニーク魔法……って何ですか?」
「厳密に世界で一人かはさておき、一般的にその人しか使えない個性的な魔法の事を『ユニーク魔法』と呼ぶ」
 そのうち授業でも習うと思うぞ、とクローバー先輩は説明に付け加えた。
「リドルくんのユニーク魔法は『他人の魔法を一定時間封じる事が出来る魔法』。その名も『首をはねろ』!」
 エースの話を聞く限り『魔法を封じる魔法』は一般的にも存在するのだと思う。それでも尚『ユニーク』を冠するからには、彼なりの個性がある、という事なのだろう。難しい話だなぁ。
「魔法士にとっては魔法を封じられるのって、首を失うのと同じくらい痛いからね~。寮内ではリドルくんのルールには逆らわない方がいいよ」
「逆にルールに従ってさえいれば、リドル寮長も怖くないって事だ」
 先輩方はそうまとめるけど、さっき聞こえたハートの女王の法律の数字からして、少なくとも三桁あるはず。それも生活において有用なマナーだけでなく、曜日で食べ物を制限されたり食後のメニューを定めたりと、ちょっと油断したらすぐ違反になりそうなものが含まれていた。落とし穴だらけの道を歩けと言われてるようなものだと個人的には思う。
「そういや、タルト買って帰らないと、オレまた追い出されるワケ?」
「そうだね、ハートの女王の法律第五十三条で決まってるからさ。あとリドルくんは特にホールケーキの最初の一切れを食べるのを楽しみにしてるから、きっとホールじゃないと許してくれないよ」
「……タルトをホールで、か。結構高いよな」
「オレそんな金持ってないんですけど……」
「じゃあ作っちゃえば?あのタルトも全部、トレイくんが作ったやつだし」
「あのタルト、トレイ先輩が作ったの!?」
 エースの目が輝く。売り物みたいだった、とその味を絶賛すると、クローバー先輩はまんざらでもない顔だ。
「確かに、器具や調味料なんかは一通り揃えてあるが、タダで提供する訳にはいかないな」
「え~、金取るのかよ」
「まさか。後輩から金を巻き上げるわけないだろ」
 クローバー先輩は笑顔を崩さない。
「次にリドルが食べたがってたタルトを作るのに、栗がたくさんいるんだ。集めてきてくれないか?」
「どっちにせよ面倒……どれくらい必要なんすか?」
「『なんでもない日』のパーティーに出すとすると……二、三百個くらいかな」
「そんなに!?」
「栗に熱を通して皮を剥いて裏ごしするところまで手伝ってもらおうか」
 エースとデュースが顔を見合わせている。
「頑張れよ、エース」
 エースがこちらを見る。
「僕もグリムも遠くから気持ちだけは応援してるから」
「ありがたく思え」
「薄情者!」
「まあまあ、みんなで作ってみんなで食べたら絶対おいしいって!」
 半泣きのエースを見かねてか、ダイヤモンド先輩が間に入ってくる。クローバー先輩も続いた。
「寮長には内緒だけど、マロンタルトは作りたてが一番美味いんだ。出来立てを食べられるのは作った奴だけだぞ」
「オマエラ気合い入れろ!栗を拾って拾って拾いまくるんだゾ!」
「変わり身早っ!」
「本当に食い意地だけは立派だな……」
「子分も来るんだゾ!絶対に!」
「え、やだよ」
「おいおい『監督生』だろ?グリムを監督しないとだよなぁ?仕事を放棄してるって、学園長に言いつけよっかな~」
「……デュースも手伝ってくれるよね?おい目を逸らすな」
「はい、デュースくんも参加で!決定!」
「おい勝手に決めるな!」
「いいじゃん、デュースくんも出来立てのおいしいマロンタルト一緒に食べようぜ~」
「そうそう。みんなで作ったら楽しいよ。退学騒ぎとかやな事あったわけだし、おいしい思い出も作ろうよ~」
「………、……今回だけだからな!」
 エースと机越しのハイタッチ。乗せられてしまった……と頭を抱えるデュースの事は見ないフリをした。
「ところで、栗なんてドコにあるんだ?」
「栗の木は学園内の植物園の裏の森にたくさんあったはずだ」
「じゃあ放課後、植物園の前に集合で」
「ゴーゴー栗拾い!なんだゾ~」
 もうマロンタルトを食べられる気でいるらしく、グリムはご機嫌だ。めんどくさいなと思いつつ、そんなに悪い気分でもなかった。

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