6−1:影闇に揺蕩う悲嘆の暗渠
非政府組織『S.T.Y.X.』。
どの国にも所属せず、本拠地である『嘆きの島』は世界地図にすら載っていない。
彼らは古来よりブロットの研究を主に行ってきた。魔法士がまだ『魔法使い』や『魔女』と呼ばれていた時代から存在し、力に溺れた者を裁く『嘆きの島の番人』として恐れられていたという。
その起源は神々の時代にまで遡る。まだ魔法とブロットの因果関係が解明されていなかった時代、『オーバーブロット』という現象は突然に降りかかる厄災だった。その厄災は『嘆きの島』に封じられ、再び世に解き放たれる事が無いように番人が置かれた。
厄災を『嘆きの島』に封じたのが、現代でも大財閥として知られるジュピター家の祖先。そして『番人』と呼ばれているシュラウド家は、彼らの分家に当たる。シュラウド先輩はその子息であり、次期当主、という扱いになるようだ。
とはいえ、これらは『茨の谷』の王家に保管されている歴史書に綴られていた事実であり、現代の人間社会では知られていない。妖精族と人間の間では寿命の違いから歴史認識に結構な差が存在しており、ハント先輩でさえ『嘆きの島の番人』の事を古い歴史書で目にした程度しか知らなかったという。
魔法が技術となり研究が進み、魔法士が国際資格となり、悪用するものを取り締まる組織が誕生し、やがて『嘆きの島の番人』は歴史の表舞台から姿を消した。
だが現実には彼らは非政府組織として活動を続けており、オーバーブロットが起きた際には鎮圧や検体の回収なども行っているようだ。その実働部隊があの侵入者たちで、『カローン』という名前だという。
彼ら的には今回の学園襲撃は『検体の回収』という部分に当てはまるのだろう。
オーバーブロット自体が稀少な現象だと説明を受けた記憶がある。存在を知られていない背景には、出動する事案の少なさもあるのだろう。
そうなると際立つのはナイトレイブンカレッジの異常な状況だ。何せその希有な現象が、半年の間に五回も起こっている。ブロットを研究している組織としては当然見過ごせないだろう。納得できる。
……逆を言えば。オーバーブロットという現象の存在は知られているのに、彼らの存在が知られていないのは若干不思議ではある。もっと知られていてもおかしくなさそうなものだけど。
今回の襲撃だけでも、生徒ばかりとはいえ多くの目撃者がいた。動画を撮影していた生徒もいるかもしれない。攻撃手段として使われたのは、直接の殺傷能力がない魔法だった。目撃者を脅迫もせずに生かしておくなんて、活動を隠している組織のやり方ではない。
それに、今回さらわれた面々のオーバーブロット自体はとっくに収束している。こんな真似をしたのは、普通に協力を依頼するのでは了承されないような非人道的な事をしているから、と考えられなくはない。
正直不可解な行動だと思う。なんだか納得しきれない。
不可解と言えば、学園長が連れていかれたのもなんでだろう。責任者だからかな。正直な感想を言えば『いい気味』なんだけど、あの人が僕やグリムの在籍を決めた以上、立場が無くなれば僕たちがナイトレイブンカレッジに残る事も危うくなるかもしれないので、ただ喜ぶ事も出来ない。
状況からして、シュラウド先輩が鍵になるのは間違いない。襲撃された時、ボードゲーム部は部活動の最中で、アーシェングロット先輩と一緒に『S.T.Y.X.』についていったって話だから。
キングスカラー先輩も『S.T.Y.X.』の存在を知っていた可能性が高いようだ。大財閥の分家であるシュラウド家の名は知っていても、みんながシュラウド先輩をただの同姓だと思っていた中で、キングスカラー先輩は関係者である事を知っていたみたい。非政府組織とはいえ、活動に際して国の許可が必要だったりするんだろう。知っていても不自然ではないな。
食事の準備をしながら、そして食べながら、ハント先輩にここまでで解っている事を教えてもらった。まだまだ謎は多いけれど、調べている時間も手段も無い。
「はぁ……お腹いっぱい!ごちそうさまでした」
エペルが幸せそうな顔で言う。僕もそれに倣って挨拶した。ハント先輩は僕たちを見てにこにこしている。
「念のために携帯食料とキャンプセットを持ってきておいてよかったよ」
「僕たちは着の身着のままで飛び出しちゃったから……食べ物の事まで頭が回らなかった」
完全に勢いだけで飛び出してきちゃったもんなぁ。
ハント先輩の持っていた携帯食料は技術こそ元の世界でも見かけるものだったけど、魔法の収納力で量も種類も豊富だった。いわゆるインスタント食品の他、調理を前提としたフリーズドライの野菜や缶詰の肉や魚、保存食なのにふかふかなパンもある。それらを組み合わせて調理すれば、立派な夕食になった。キャンプセットの調理器具や濾過装置も大活躍。後輩たちは完全におんぶにだっこ状態だった。
そんな今日のメニューは缶詰肉とフリーズドライの野菜のシチューに焚き火でトーストしたパン。食べ盛りがお腹いっぱい食べれるぐらいの量を作ってもらってしまった。
「結構しっかり食べちゃいましたけど大丈夫でしょうか?」
「ああ、補給の当てならあるよ。まだ食料に余裕はあるしそこまで長旅にはならないと思うが、補給が必要になっても大丈夫なように幾つかルートを考えているところさ」
答えながら、ハント先輩はお湯を沸かした薬缶にコーヒーの粉を入れた。インスタントではなさそう。
「そういえば、ルークサンは『嘆きの島の場所は知らないけど、ヴィルサンたちがどこにいるのか視える』って言ってましたよね。あれって、どういう事ですか?」
エペルが尋ねると、ハント先輩は笑みを深めた。
「それはね……私のユニーク魔法の効果によるものだよ」
「ルークサンの、ユニーク魔法!?」
そういえば見た事ないな。三年生はみんな覚えてるイメージあるけど。
「私のユニーク魔法は相手を傷つける事も、操る事もできない。とても弱い魔法だ。でも……狩人である私には、なくてはならない魔法なのさ」
「狩人のための魔法……?」
勿体つけるなぁ。
この話の流れだと多分、何らかの方法で指定したものの現在地が分かるとかなんだろうけど。
「私のユニーク魔法は、魔法をかけた相手の居場所を突き止める事が出来るんだ」
そしてあっさり答えを語られてしまう。
「それがたとえ七つの輝く丘の彼方、七つの滝の向こう……世界の果てであろうともね」
「おろ~……ルークサンが使えるど思うど、おっかね魔法だな……」
同感。
「ヴィルたちがさらわれた時、咄嗟にカローンの一人に私の魔法をかけておいたのさ」
「すげ、なんも気づかねがった!」
この世界における『魔法の弱さ』は必ずしも弱点ではない。
弱い魔法、すなわち大した威力の無い魔法として、感知の網をすり抜ける事が結構ある。僕の知る限りの実例はブッチ先輩の『愚者の行進』だ。効果時間が短く影響が少ないからこそ、魔法を使われた時の違和感も最小限で済み気づかれにくい。自身も催眠のユニーク魔法を持つバイパー先輩がやっと気づけたぐらいだった。
ハント先輩の言う『弱い』という点は、よほど慎重な性質でもなくては違和感を見つけられないという強みでもある。それが『標的の行き先を探る』魔法であるというのなら尚更だ。
「とはいえ、私の魔法にも弱みはあるんだ」
考えている事を見透かされた気がして身体が跳ねた。ハント先輩はそんな僕を見て笑みを深めている。
「対象が魔法を遮断する乗り物や施設に入った場合、道標は途切れてしまう」
弱いとはいえ、付与する印そのものは魔法に違いない。対象ごと魔法が遮断されてしまえば、それを見つけだす事は出来なくなる。
「君たちと合流する前に何度か試したけれど、途切れ途切れになってしまっていてね。彼らがヴィルたちを輸送するのに用いたのは、装甲で魔法を遮断する魔導ステルス機だったようだ」
ハント先輩は人数分のカップにコーヒーを注ぎ、手渡してくれる。一緒にスティックシュガーとクリームもくれた。ありがたく使わせてもらう。
「じゃあ、ルークサンのユニーク魔法でも追跡は不可能ってこと……かな?」
「仮に完璧に遮断されたとしても、魔法で付けた印が外れるわけではないんですよね?」
「……勿論」
「って事は」
「ステルス機が魔法の遮断を解いている間は、印を付けたものの現在地がハント先輩には視える、と」
「その通り」
ハント先輩は満足げに頷いている。
「いかに魔導ステルス機と言えど、完全に魔力をシャットアウトする事は不可能だよ。ステルス機は自らレーダーや魔法を発する際、ごく短時間そのステルス性を捨てざるを得ない」
ただでさえ個人で空を飛ぶ手段がある世界だ。飛行機の類がレーダー無しで空を飛んだら人身事故が頻発しかねない。
そんな不自由さが、今回は道を切り開く鍵になる。
「その一瞬……私には『視える』のさ。私がユニーク魔法で獲物につけた印がね」
ハント先輩は目を細める。
「ぽつり、ぽつりと……まるで森で彷徨うか弱き姫君が残した、可憐な足跡のように」
彷徨うように無秩序であろうと、途切れ途切れであろうと、軌跡が残っているのなら追う者には何も関係ない。
「私は狩人。狙う獲物は、絶対に逃しはしない」
とてつもなく物騒なコメントだ。一応この人も同い年のはずなのだが、どうにもこの学校の生徒たちは年齢より大人びている人が多い。
きっと僕が普通に暮らしていたら経験しないような日々を過ごしていたのだろう。そうした蓄積の末の現在、年齢にそぐわない落ち着きを備えたようだ。
「それでは……僭越ながらお披露目といこう」
ハント先輩は世界地図を広げた。マジカルペンを地図に触れさせる。
「ほら、私から逃げきってみせて。『果てまで届く弓矢』」
魔法の詠唱とは思えない、甘いのに物騒な裏を考えてしまう言葉。
声に応えるように、地図に光が灯った。地図上の『賢者の島』に灯った光は、点々と延びて道を描いていく。そうして記されていた光の点線は、海上で進むのを止めた。
「……彼らは賢者の島を有する『黎明の国』を出て、『珊瑚の海』を北上。『陽光の国』と『英雄の国』を越え……海上でばったりと痕跡は途絶えている」
魔法は現在までの痕跡を表示させているらしい。現在地が海上だとして、輸送機が夜間に空中で停滞しているとは考えにくい。
地図に載らない島がそこにある。
「グリムと先輩たちが、そこにいる」
地図上では海しか示されていないその点を、気づけば食い入るように見つめていた。ハント先輩がペンを振ると光が消えて、そこでやっと我に返る。
「さて、次の目的地は決まったが。……さすがにこの距離を箒だけで移動するのは無理だろう」
「え……じゃあ、どうしましょう?」
学園から遠くに出かける場合、闇の鏡が移動手段としては主流だ。賢者の島には港があるから、島で暮らしている人たちにとってはそちらがメインだとは思うけど。
今から学校に戻って闇の鏡を使わせてもらえるとは思えない。かといって、船で最寄りの港を目指すには日数がかかるだろう。今から乗れる船があるとも限らない。
後輩たちの心配をよそに、ハント先輩は微笑む。
「我がハント家のご先祖様の中に、大変な旅行好きがいてね。先人が世界各地に建てた別荘があるんだ」
幸いにも、その別荘は嘆きの島へ向かう道中の国それぞれにあり、更に別荘同士を繋ぐ魔法の転移装置を備えているという。
「英雄の国まで直通、とはいかないが、転移装置を使えば一晩でかなり距離が稼げるはずさ」
多分、学園にある闇の鏡と同じような仕組みの装置なのだろう。長距離移動の移動時間が省略できるのは強い。
「世界各国に別荘!?しかも、国を跨ぐ魔法の転移装置の設置って、国から特別な許可が必要……ですよね?」
この世界の常識に疎い僕と違って、エペルはかなり驚いていた。確かに、そんなもん無許可でホイホイ設置できたらいろいろと大変だよな。学園は全寮制だし、一応名門校だし設置できる理由があるけど、そうなると個人の別荘で許可が出るって結構異常なのではなかろうか。
「ルークサンの実家って、一体なんの仕事をしてるんですか!?」
「…………ナ・イ・ショ」
そこそこ長い沈黙で溜めておいて、これである。肩すかしを食らった後輩たちに、ハント先輩は微笑みかける。
「旅行を愛したご先祖様たちに感謝をしなくてはならないね。我々がいないと気づいた先生たちが網を張っている可能性もあるし、公共機関を使うのは避けたかったから」
……確かに、それはありそう。
冴えた美貌を怒りに染めたクルーウェル先生の顔が頭に浮かぶ。一気に帰るのが怖くなった。
「ああ、しかしご先祖様はこの事を知れば顔をしかめるかもしれないな。先生に怒られるような事に使うな、と」
ハント先輩はなんとも申し訳なさそうな顔をしているが、その手はマジカルペンを握り使い終わった食器を洗っている。
「だが、これも美と愛のため。ご先祖様、どうかお許しください……」
神に祈りでも捧げるような清らかな表情をしているが、手は冷静に無駄なく荷造りを進めている。
荷物の口を閉じた所で平然とこちらを振り返った。
「……さ!作戦会議も済んだところで、抜け出した事がバレないうちにすぐ出発しよう!」
エペルが思わずといった様子で笑みをこぼす。ハント先輩は首を傾げた。
「何を笑っているんだい、ムシュー・姫林檎?」
「いえ。ルークサンってすごく変わってるし、実家もすごいお家っぽいのに……先生に隠れて悪い事する時は、普通にコソコソするんだ……と思っただけです」
ハント先輩は含みのある視線をエペルに向ける。
「我が校の教師陣が降らせる裁きの雷を恐れない生徒がいるかい?」
いないと思う。けど、恐れていても『バレなきゃ平気』と悪事に走る生徒が多すぎるとも思う。
「私もナイトレイブンカレッジに所属するただの問題児の一人だという事さ」
さらりと言いつつ、はっとした様子で真顔になった。
「そうだ、キミたち。身体を冷やさないよう、出発前に着替えた方がいい」
「着替え?」
ハント先輩は頷く。
スピードを出していたとはいえ、ここまでの飛行でもだいぶ身体が冷えていた。黎明の国の別荘までの距離は先輩しか分からないけど、対策が必要なのは間違いない。
「箒で長時間飛ぶなら、寮服がおすすめさ。ナイトレイブンカレッジの寮服は特別な魔法の糸が織り込まれていて、放熱にも防寒にも優れているからね」
何度か寮服を貸してもらう機会があったけど、言われてみれば半袖のサバナクローの寮服で冬の夜に出歩いた時はそんなに寒く感じなかったな。スカラビアの時は気候が極端すぎて寮服で賄える範囲を超えてたって所か。
エペルはすぐに寮服に着替えていた。……この場合、僕はどうすれば?
「特別にユウくんにも、我が寮の礼装をお貸ししよう」
言うが早いか、先輩はマジカルペンを振っている。光が視界を覆い、弾けた瞬間に寒さが緩んだ。
紺色の上品な生地に金糸の刺繍が施された衣装。クラシカルな帯や長い袖は動きづらそうに見えるのに、金属の飾りが多いブーツも含めて身体にフィットしていて動きやすい。
上着の部分が目を引くから動きづらそうに見えるだけで、基本はシャツとズボンのシンプルなセットなんだな。
色味は落ち着いているのに、要所要所に取り入れた金色と材質の高級感で地味になりすぎない。着るだけで背筋が伸びる服だ。
シェーンハイト先輩とお揃い、と思うとちょっと嬉しいような恥ずかしいような。いや寮長とは形が違うから厳密にはお揃いじゃないけど。
「ついでだから髪も整えよう。我らが女王の御前へ向かうんだ。正装でなくてはね」
ハント先輩は更にマジカルペンを振った。髪の毛が勝手に動いて、ちょっとくすぐったい感じがする。
「髪飾りは……うん、白百合がいいね。清楚なキミによく似合う」
さらりと格好良い事を言いつつ、僕の頭から手を離した。どこからか取り出した手鏡を僕に手渡す。細やかな編み込みを施されてまとめられた髪に、白い花が飾られていた。凄い。
「に、似合う?」
「うん!もちろん!」
ちょっとそわそわした気持ちでエペルに尋ねたら、笑顔で太鼓判を押してくれた。嬉しい。
「別荘にも医薬品の備えがあるはず。痛み止めや回復を促進する魔法薬も置いていたと記憶している。それまではどうにか辛抱してくれ」
「あ、はい。ありがとうございます」
回復を促進する薬、と聞けばシェーンハイト先輩の顔が浮かぶ。あの薬に助けられた事はずっと忘れられない。魔力の無い僕でもすぐ痛みが引くぐらいの効果があったのは、シェーンハイト先輩のおかげだろうし。
話を聞いていたエペルが首を傾げる。
「回復の促進薬って、飲んだ人の魔力を使って弱い治癒魔法を一定時間発生させる薬ですよね?」
「そうだよ」
「魔力が無いユウクンにはあまり効かないんじゃ?」
「…………いや、そんな事はないよ。彼に限ってはね」
「へ?」
今度は僕が首を傾げた。ハント先輩は真剣な表情で僕を見る。
「マジカルシフト大会で怪我をした後、回復が早かっただろう?」
「でも、あれはシェーンハイト先輩の差し入れの魔法薬のおかげで……」
「ヴィルが差し入れたのは何の手も加えていない市販品だよ。本来、魔力の無い人間には気休め程度の効果しかない。顔の腫れと頭のこぶ程度ならば十分に助けにはなれただろうが」
そういえばシェーンハイト先輩は、ランニングの後で怪我の事を話した時、僕が右脚を怪我していたと知らない様子だった。
あの時はシェーンハイト先輩と差し入れの贈り主が結びついていなかったから何とも思わなかったけど、言われてみればおかしい気がする。
「……獅子の獣人属に手加減無しで掴まれた脚の骨が、半月足らずで快癒するような代物ではないんだ」
ハント先輩の言葉で頭が真っ白になる。全く身に覚えがない。
魔法少女として強化装備を身につけていた頃は、痛い思いは結構したけど、身体に残るような怪我とは無縁だった。それは装備が全身を守ってくれていたから当然だ。
でも今は違う。間違いなく生身だ。
確かにあの時の怪我はめちゃくちゃ痛かったけど、骨が折れてるとは思わなかった。魔法薬の効果で回復が早くなってると思っていたから、回復速度に違和感も無かった。
「キングスカラー先輩が、無意識に手加減をしていたから、実は大したことなかったのかもしれないです」
言いながら、これはちょっと厳しいなと思った。
だって、そもそも脚をただ掴まれたんじゃない。蹴りで頭を狙ったら当たった代わりに掴まれて、そのまま身体を地面に叩きつけられたんだ。とっさに防御体勢を取ったし地面が土と砂で大事にはならなかったけど、すぐには動けなくなるくらい脚も背中もめちゃくちゃ痛かった。
オーバーブロットしててもキングスカラー先輩の心のどこかに人を殺す事への躊躇いがあった可能性は否定しない。だけど痛めつける行動に手加減は無かったと思う。
腹の奥が気持ち悪い。自分が疫病神なんじゃないかと考えた事が頭の中をぐるぐる回っている。関係ないはずなのに切り離してはいけない気がする。
魔王の顔が脳裏に浮かぶ。
あの女の、静かなのに狂気に満ちた、気味が悪いほど美しい笑顔。
「……とにかく、今は我が家の別荘へ向かおう。エペルくん、引き続きユウくんを乗せてこられるかい?」
「はい、もちろん!」
エペルが元気に返事をした声で我に返る。
「あの、結構きつく抱きついちゃってたけど大丈夫だった?」
「うん、全然平気。手が固定されてて服掴んだり出来ないもんね。さっきと同じ感じで大丈夫だよ」
「ご、ごめんね。ありがとう」
お礼を言うと笑顔を返されてしまった。まぶしい。かわいい。
僕たちの様子を見ていたハント先輩がエペルの名前を呼ぶ。先輩は素直に振り返った彼に、含みのある挑発的な笑顔を見せた。
「飛行ペースは合わせてあげられないよ。ついてこられるかな?」
応じるエペルもさっきまでの可愛らしい笑顔ではなく、負けん気の強さを感じる笑顔を浮かべた。
「ナメでもらえば困るや。飛行術ならマジフト部の一年生で一番の腕前って、レオナサンのお墨付きなんだ!絶対おぐれだりさねはんで!」
「マーヴェラス!それでこそポムフィオーレ寮生だ」
ハント先輩は満足そうだ。大荷物を抱え箒にまたがり、いつにも増して朗々とした声で出発を告げる。
「さあ、嘆きの島へ向けて……アン・ルー!」