6−1:影闇に揺蕩う悲嘆の暗渠


 まぁ、正直に言えば『追いかける』と言われてその手段を即座に思いつかなかったのは自分が悪かった。
 ハント先輩は箒に乗っていった。僕たちが追いかけるには箒に乗るしかない。
 飛行術の授業では記録係をさせられる事が多いので、各クラスの成績を見る機会が結構ある。なので成績上位のグループにエペルが含まれている事は何となく知っていた。
 必然だったのだ、こうなる事は。
 二人乗りの箒は猛スピードで空を飛んでいる。エペルの細腰に抱きついているワケだが、座席の頼りなさを補う事は出来ない。でも僕も体力育成成績上位の意地がある。体幹の鍛え方が足りないなんて言われたくない。
 こっちは猫にしては大きいグリムを毎日のように抱っこなり肩車なりしてきたんだ。耐久力に関しては負けられない。
 エペルは猛スピードで箒を飛ばしながらハント先輩の名前を叫び、恐らく周囲も見回している。凄い集中力だ。成績上位も納得。
「見えだ!!!!」
 そんな声が聞こえたと思ったら、更にスピードが上がり浮遊感が高まる。乗り物酔いをする方ではないと思っていたが、これはキツい。
 エーデュースやグリムに浮かせてもらった時の緩さが懐かしい。三人の笑顔がくるくると脳内を回っている。もしかしてこれが走馬燈だろうか。
「追いづいだや!!待でっきゃこの~~~!!!!」
「やばい速いこわい高い!!」
 運転が荒くなって箒が左右に揺れだし、思わず叫んでいた。
「エペルくん!?ユウくん!?私を追ってきたのか!?」
 ハント先輩の声で目を開いた。見れば思ったよりも近い前方をハント先輩が飛んでいる。スピードはさっきより落ちたようだけど、お互い止まってはいない。
「決まっちゃあべな!追ってこねど思う方がどうがしちゃあね!」
 エペルは箒を操っている事もあって余裕がないらしく、訛り全開で啖呵を切っていた。風を切る音も相俟って何を言ってるのか全然わからない。
「あんたっと一人で行がせね!わも行ぐ!」
「オーララ!いけないよムシュー・姫林檎。危険だ!」
「危険だのはあんたも同じだべ!あの鎧だぢさなんも歯立だねがったべよ!」
「それは……」
「止まんねば、ただぎおどしてでも止めるや!!食らえ!!!!」
 そう叫んだ瞬間、箒が派手に揺れた。方向はかろうじて保っているけど、傾いた角度を戻そうとして上手くいってない感じ。
「くそっ!飛びながら魔法を撃つと、箒のコントロールが……」
「ゆゆゆゆ、揺れる~~!!」
「ノン!やめるんだエペルくん!」
「あんたが止まったらやめてやる!」
 エペルは尚も魔法を撃った。打ち出した反動がもろに箒にかかり、進行する力と上手く打ち消しあえずにガタガタ揺れる。
「あわわわわわわわ落ちる!!もう落ちる無理!!」
「無理じゃねえ!!まだまだ、もう一発!!!!」
「ダッコー、ダッコー!わかったよ、降参だ!」
 ハント先輩が箒を空中で止めた。エペルも体勢を整えつつ、その正面で浮かんで止まる。僕はエペルの後ろで涙目になっていた。
「エペルくん、とりあえずどこかに一度着陸しよう」
「いやだ!絶対に帰らねえぞ俺は!」
「そうじゃない。まずは落ち着いて話をしよう」
 先輩は本当に騙す気はなさそうだった。少し心配そうな声で続ける。
「それに、その服で飛び続けたらすぐに身体が冷え切ってしまうよ。まったく……風除けの魔法も施さずに。二人とも唇が真っ青じゃないか」
 言われてみれば、全身がとんでもなく寒い。エペルにひっついてるからまだマシなのかもしれないけど、このまま目的地が見えない飛行を続けるのは確かに厳しいかも。
「もう追い返そうとしたりなんかしないさ。だから私についておいで」
 いつもの優しい先輩の言葉だ。多分、本当にそのつもりはないと思う。……いやどうなんだ。この人なに考えてるかよくわかんないし、油断しない方がいいかもなぁ。
 眼下の森に向かって高度を下げていくハント先輩を、エペルは素直に追う。
 着陸したのは湖畔だった。辺りはすっかり暗くなって、湖には星空と月が映っている。
 箒から降りると、エペルは震えだした。ずっと興奮状態で麻痺していたんだろう。ずっと猛スピードで飛んでいたので、本当にあのままだと危なかったかもしれない。
「手も頬も氷のようだろう。すぐに火を起こすからね」
 ハント先輩がマジカルペンを振ると、森に転がっていた枝が集まって組み上がっていった。枯れ草がその間に滑り込んで、そこに火の魔法が飛び込んでいく。その間、少しでもエペルを温めるために身体をさすっていた。
 火はあっという間に大きくなる。エペルと一緒に火に当たれば、少しずつ強ばった身体が緩んでいった。
「二人ともお飲み。身体が温まるよ」
 荷物を開いていたハント先輩が、水筒から注いだ温かいお茶を差し出してきた。エペルは用心深く、受け取ったカップを睨みつけている。
「……これ、呪いとかかかってないですよね?僕たちを眠らせて、置いていくつもりなんじゃ……」
「まさか。詠唱や専用の道具もなしに一瞬で呪いを付与するなんて、ヴィルでもなければできないさ」
 先輩は疑いのまなざしに気分を害した様子は見せない。
「いただきます」
 僕はハント先輩に頭を下げてから、お茶に口を付けた。正直味が分かるような状態じゃないけど、温度は身体に沁みていく。
「……あったげぇ……生ぎ返る……」
 ハント先輩は、身体を寄せ合ってる僕たちを見つめている。
「本当に驚いたよ。まさか私を追いかけてきてしまうなんて」
 真意は掴めないけど、呆れているとかそういう感じではなかった。エペルも少し険しい顔でハント先輩を見つめ返す。
「……わかってます。俺たちがついて行っても、足手まといにしかならないかもしれない」
 出発前にも言っていた言葉を繰り返す。その自覚だけは僕もエペルも、痛いほどある。
 それでも止まる事は出来ない。
「連れていってくれとは言わない。だけど、勝手についていく」
 エペルはハント先輩を睨んだ。
「寮長とダチがやられたんだ。このまま黙ってられるかってんだ!!」
 啖呵を切る後輩を見つめ、ハント先輩は眉間に皺を寄せる。怒っているようにも見えた。
「なんだよ、怖い顔して。あんただって勝手に出て行ったんだから、おあいこだろ!俺、怒られたって絶対に帰らないからな!」
「……ノン。違うよ。怒っているのはキミたちに対してじゃない」
 子どもっぽい意地を張る僕たちを諫めるでもなく、ハント先輩は静かに言う。エペルと揃って首を傾げた。
「怒っているのは、キミに宿る奮励の魂を見くびっていた私自身に対してだ」
 エペルはきょとんとしている。
「心から自分の力を、仲間の力を信じた者が強い……『VDC』でそう言ったのは私なのに」
 先輩の立場からすれば、後輩の実力を冷静に評価して『連れて行かない』と判断するのは別に間違った事じゃない。
「それなのに。……私は何も話さず、キミたちを置いて一人で旅立ってしまった」
 ハント先輩がエペルの名前を呼ぶ。エペルは先輩を敵意無く、曇りも無い目で見つめた。
「自分の心に素直になれるキミは、強く美しい。それらしい理由を重ねて、自分の心をごまかそうとしていた事が恥ずかしいよ」
 いつも綺麗な言葉を重ねる人だが、今日の言葉は一層感情がこもっているように思えた。
「どういう事……ですか?」
「私も同じさ、エペルくん。本当は愛する友人が傷つけられ、居ても立ってもいられなくなっただけなんだ」
 シェーンハイト先輩とハント先輩は、寮長と副寮長である以前に友人だと思う。別にそう明言しているのを聞いたワケでもないけど、気心知れた関係はあの合宿の期間だけで十分理解できた。
 後方支援と退避に動いていた僕たちと違って、ハント先輩は隣で一緒に戦っていた。歯が立たなかった悔しさは僕たちよりも強かったかもしれない。
「こんな自分勝手な行動に、先生や友人を巻き込むわけにはいかない。そう思っていた。でも……」
「僕にぶつかっちゃったのが運の尽きでしたね」
 エペルは悪戯っぽく笑った。憎たらしいけど憎めない、小悪魔の愛らしさだ。
 ハント先輩は苦笑いで肯定を返す。そして小さく頷いた。
「……いいよ、共に行こうじゃないか。エペルくん。ユウくん」
 ぱあっとエペルの顔が明るくなった。対照的に、優しい顔だったハント先輩は少し厳しい顔つきになる。
「ただし、二人とも絶対に私の指示には従う事。約束できるね?」
「はい!」
「おう!!……いや、はいっ!」
 返事をしたエペルが僕を振り返って、悪戯が成功した子どもみたいに笑う。
「へへっ、やったな」
「うん」
 拳をつき合わせようとして、まぁ出来ないので固定された手をそのまま触れさせる。
「ところでユウくん」
「はい」
「その、キミの手の状態について詳しい事を聞いても?」
 ぎくりと身体が強ばる。エペルもちょっとばつが悪そうな顔だ。
 この人に嘘をついても見破られそうだし、仕方ないので全て隠さずに話す。
「骨の状態は精密検査をしないと明言は出来ないそうですが。とにかく戦闘能力は無いものと思ってもらった方が良いかもです」
「……なるほどね」
「ま、まさかユウだけ置いてくとか言わねえよな!?そんな事させねえぞ!!」
「……いや。正直な事を言えば、ユウくんが一緒に来てくれるのは別の意味で心強い」
 エペルと一緒に首を傾げた。話が見えない。
「これから向かう『嘆きの島』は、シュラウド家の管理下にある。……イデアくんはそこのご子息だ」
「へ!!??」
「イデアくんの友人であるユウくんが一緒にいれば、話を聞いてくれるかもしれない」
「ゆ、友人って……」
 向こうにはグリムをモフるためのビジネスパートナーって言われちゃってるけどなぁ。
「彼がどう自称していようと、寝込んだキミのためにお見舞いの品を差し入れたのは事実。親愛が無いとは言えないよ」
「それは、確かにそう……かな?」
「まぁ、とてつもなく面倒見の良い人だなとは思ってますけど。ゲーム貸してくれるしソシャゲのギフトこまめに贈ってくれるし差し入れくれるし勉強もアドバイスくれたし」
「うん、間違いなく友人だね!」
 言い切られてしまった。
「それに、私やエペルくんは猪突猛進になって周りが見えなくなりがちだからね。いつでも物事を俯瞰できるキミの目線は、きっと我々の助けになるだろう」
「え、いや……どっちかというと僕もあまり……」
「あの交戦中の状況判断は見事だったよ。ヴィルの視線だけで相手との力量差まで察したのだろう?」
「その後自分から台無しにしてるので……褒められる事ではないです……」
 みんなが怪我をした事を思い出してしまい、気持ちが落ち込む。エースとデュースは大丈夫かな。もう起きてるといいんだけど。
「……不利を悟りながらも己の身一つで立ち向かわんとする勇気を、ただ無謀と呼ぶのではあまりに酷だよ。簡単に出来る事ではないからね」
「……結局、みんな似たり寄ったりですね」
 エペルが嬉しそうに笑う。
「もしユウクンに魔力があったら、きっとポムフィオーレ寮だったんだろうな」
「それは私も同意見だ。もちろん、ヴィルもね」
「最近そんな事を誰かにも言われた気がします」
 こんなにもいろんな人に言われると、ちょっとそんな気もしてくるのが不思議だ。
 ……もし最初からポムフィオーレ寮にいたら、まずメガネをかけさせてもらえなかったような気はする。それはそれでしんどいかもしれない。
「なんていうか、ポムフィオーレの人たちって……ヴィルサンも含めて、みんな見た目に似合わず猪突猛進な人が多い……かも」
「我が寮のモットーである『奮励』という言葉には……気力を奮い起こし勇んで立ち向かう、という意味もあるからね」
 肉体派・体育会系と言えばサバナクローのイメージだが、正面から正々堂々殴りかかってくるのはポムフィオーレな気がする。むしろサバナクローは動物の『生きるための狡猾さ』を持ってるイメージもちょっとあるもんな。
「文献や石像に姿を残す美しき女王は、どれも羞花閉月な美しさだけれど……もしかしたら、実は凄くアクティブな女性だったんじゃないかと私は思っているよ」
「でも、僕たちみたいにしびれを切らして、自ら外に飛び出すような事は……流石にしなかったんじゃない、かな?」
「ははは!違いないね」
 和やかな空気が、不気味な音に遮られる。一瞬でハント先輩の表情が変わった。
「みんな静かに」
 湖畔は一瞬で静まりかえる。風に揺れた葉の擦れる音が聞こえるぐらい。でもハント先輩は警戒を緩めない。
「獣の唸り声だ……近いぞ」
 僕も耳を澄まして周囲を警戒したけど、大きなものの気配とかは感じられない。と、思っていたらエペルが恥ずかしそうに俯きながら挙手した。
「あの……すいません。今の、僕のお腹の音……です」
 目を丸くしたハント先輩と顔を見合わせる。ハント先輩は一気に笑顔になった。
「オーララ!森の主の縄張りに踏み込んで、怒りを買ってしまったのかと驚いたよ!」
「普段ならもうとっくに夕食を食べてる時間だから……」
「今の音をヴィルが聞いたら、美しい眉をひそめるだろうね」
「目に浮かびます」
 シェーンハイト先輩の姿を思い浮かべて、気持ちが何となく和む。
「それじゃあ、出発前にまずは腹ごしらえといこう。食事をとりつつ、飛行ルートについても説明するよ」

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