6−1:影闇に揺蕩う悲嘆の暗渠
だけど唐突に轟音と共に地面が揺れたら、それはそれで心臓が止まるかと思うほど驚いた。
「じ、地震!?」
揺れはすぐに収まったけど、外からは不気味な音が続いている。硬いものを割っているような、自然現象にしては不自然な音。
窓に駆け寄ったハント先輩が、外を見て表情を険しくした。
「……いいや違う!みんな、窓の外を見て!」
言われて集まれば、窓の外を何かが飛んでいるのが見えた。
板のようなものに乗った人型の何かが、学校の校舎の周りを飛び回っている。十人、いや、もっといるかもしれない。杖のような物を持っているけど、武装なのかまでは遠目では判別できなかった。
魔法にもやっと慣れてきた所なのに、更に異様な光景に愕然とする。なにが起こっているのかさっぱり分からない。
「なんだあれ!?」
「人間、に見えるけど……」
「この学園は特別な行事が無い限り、外部からの侵入者を防ぐために魔法で結界が張られているはず」
「まさか、さっきのは結界が破られた音か!?」
「一体どうやって……」
誰の目にも明らかに異常事態のようだ。窓の外を睨んでいたハント先輩が表情を険しくする。
「こちらへ向かってくる。数は……」
言い掛けて、室内を振り返り叫んだ。
「みんな伏せて!」
反射的に身を低くした。ハント先輩がマジカルペンを抜く。シェーンハイト先輩とバイパー先輩が続き、三人が魔法で防壁を展開した。
それが見えた次の瞬間に、窓ガラスに何かが飛び込んできた。粉々になったガラスや窓枠が防壁に降り注ぐ。一緒に壊れた壁から埃が溢れて漂った。
視界が塞がる中、瓦礫が降り注ぐ音に混ざって、明らかに重い足音が聞こえる。埃が収まると、その姿が露わになった。
骸骨のようなヘルメット。明らかに武装と分かる全身スーツ。胸部や肩を装甲が覆っており、骨をなぞるように全身を走り薄く光る青のラインが不気味に感じられた。近未来的というか、顔の見えないヘルメットも相俟って無機質で無情な印象を受ける。
戸惑っている一年生たちを先輩たちが背に庇った。侵入者は窓の付近に二人が立っており、残る一人は廊下に続く出入り口を塞いでいる。
「カリム、下がれ!見た事もない装備……一体何者だ!?」
バイパー先輩が声を張り上げるが、侵入者は応えない。
『こちらヘプタ班。被検体DとEを目視で捕捉した。捕縛行動を開始する』
一人がそんな内容を呟いていた。恐らく誰かと連絡を取って動いている、という事は兵士のようなものなのだろう。
でも、なんでそんな人が学校に、こんなあからさまで物騒な手段で来るんだ?王族や有名人も通う学校なんだから、こんな侵入の仕方をしたら問題になるのでは?っていうか、被検体って?捕縛ってどういう事?
「どこの誰だか知らないけれど、窓から訪問するなんて礼儀がなっていないわね」
シェーンハイト先輩の声音はいつになく厳しかった。
こんな侵入の仕方をしておいて、平和的な話し合いで済ませられるとは思えない、と判断したらしい。
混乱している暇など無いのだ。
「緊急対処事態と認定!ポムフィオーレ寮長の権限において、侵入者への攻撃魔法の使用を許可する!」
「スカラビア、ポムフィオーレに同じ!構えろ!」
寮長たちが高らかに宣言し、寮生はそれに了解を返す。
「一年生は後方待機!ハーツラビュルは寮長に連絡!」
「は……はいっ!」
「ユウくんは念のため学園長に連絡を」
「わ、わかりました」
エースたちと一緒に後方に下がり、スマホを取り出す。
上級生には緊急事態に対処するための授業があるとは聞いた事がある。まさか実践で目にする事があるとは思わなかったけど。
今の頼もしい様子から言って、きっと大丈夫。大丈夫なのに。
無機質なコール音がスマホから聞こえる。繋がる気配はない。いつもの事。
それなのに、今日は妙に胸騒ぎがする。
『……被検体D、E、共に抵抗の意思を確認。交戦許可を願う』
異世界でも変わらない、妙に綺麗な女性の声のお断りの挨拶がスマホから流れてくる。勝手に通話が切れた所で、侵入者は顔を上げた。
『……認証。捕縛作戦プランCを展開する』
その言葉を合図にしたように、三人が手にしていた杖を構えた。雷撃が迸った瞬間、ほぼ反射的に先輩たちが防壁を展開したけど、余裕で防いだという雰囲気ではない。
「これは……っ」
シェーンハイト先輩が一瞬こっちを見る。僕もみんなを振り返った。
アジーム先輩はバイパー先輩の支援に回っている。エースはスマホを手にしつつ防壁を展開している。デュースもエペルも守りに入り、ひとまず動く気は無さそうだ。それはいい。
実に自然に出入り口を遠ざける感じで壁際に追いつめられているので、一年生だけでも外に逃がすには上手く相手を誘導しないといけない。
だけど相手の目的が分からないから、誰を重点的に守るべきかも定かではない。誘導にも使えない。
「先輩、こっちは大丈夫です!」
反射的に声を張り上げる。
「一年生は隙を見て離脱します!全力でやっちゃってください!」
「……頼んだわ!」
「アジーム先輩も離脱を優先する方向でお願いします!」
「で、でも!」
「ユウ、頼む!」
アジーム先輩の言葉を遮るように、バイパー先輩が声を張り上げた。
侵入者の様子を見たけど、こちらの会話は聞こえただろうに、交戦の意思は変わらない様子だ。指示を変えるような言葉も、先輩たち以外に攻撃の標的を変えるような素振りも無い。
アジーム先輩を誘拐しに来た輩ではない。一年生も標的ではない。
つまり、いま戦っているシェーンハイト先輩、ハント先輩、バイパー先輩の誰かが標的。
「聞こえたね三人とも」
「けど、全然動かねえじゃんアイツら!」
エースの言う通り、侵入者はいずれも立っている場所から微動だにしていない。魔法が当たってもダメージが通った様子が全くないのだ。こちらへ攻撃する時も持っている杖を振る程度しか動かず、瓦礫が降り注いでも平気な様子。それでいて杖から放たれる魔法は先輩たちを防戦一方にするぐらいの威力と速度があり、近接攻撃に切り替えるような素振りも全くない。
「先輩たちが引きつけてくれてる間に、隙が出来そうな所で無理矢理にでも押し通るしかない」
標的が先輩たちの誰かなら、僕たちを捕らえに来る可能性は低い。人質を取る気があるなら、動き回って攪乱しつつ後方にいる僕たちを狙うはずだ。
というか、下手に先輩たちと交戦するよりその方が楽だと思うんだけど。
でも相手の事情を考えている余裕は無い。今は後輩の僕たちが戦闘の足手まといになる、という事実を解消するのが先だ。
「その場合は確実に、かつ一人でも多く外に出る必要がある。先陣切るのは足が速い人がいい」
デュースを見る。真剣な表情で頷いてくれた。
「ローズハート先輩に連絡は?」
「全然ダメ。そっちは?」
「こっちもダメ。外からの救援は厳しいね」
防戦一方の戦況に良い兆候は見られない。向こうの消耗が見えないのに対し、先輩たちは少なからず攻撃が通らない状況に動揺している。侵入者の装甲に弾かれた魔法が室内に散り、瓦礫が降り注ぐのも集中を削いでいるようだった。
何とか出来る事をしなくちゃ。
比較的注意が薄そうな窓側の出入り口に狙いを定め、少しずつ位置をずらしていく。後は一息に走れば、という所で派手に瓦礫が散った。
足を踏み出そうとした場所に大穴が空いている。あとちょっと動くのが早かったら直撃していた。ぞっとしつつも、大きく埃が舞って視界が塞がれたこの機を逃すわけにはいかない。
「ああああぁっ!!」
そう思ったのに、聞こえた声に足を止めてしまった。反射的に振り返れば、シェーンハイト先輩が床にうずくまっている。
「ヴィル!」
ハント先輩が声を上げたけど、とっさに動ける状態ではないらしい。
『被検体Eの行動停止を確認。確保する』
今まで杖から魔法を撃ち出すばかりで微動だにしなかったのに、侵入者の一人がおもむろにシェーンハイト先輩に近づいた。
「ぐわあああああっ!」
戦況の崩壊は止まらない。
「ジャミル!!」
アジーム先輩の声に振り返れば、バイパー先輩も床に倒れていた。アジーム先輩が駆け寄るより早く、その身を侵入者が抱え上げる。
『被検体Dも確保完了』
無機質な声は誰にともなく続ける。
『同Fを確保したテトラ班と合流し、本部に帰還する』
「ジャミルとヴィルをどこに連れて行くつもりだ!待て!!」
アジーム先輩の放つ魔法は、侵入者の杖の一振りであっさり撃ち落とされた。先輩たちを抱えていても、少しも動きが鈍らない。
「せ、先輩たちがあっという間にやられた……!」
退避の前提が崩れた。このままだと先輩たちが連れて行かれる。
だけど戦力差が絶望的だ。主力二人が負けている上に、相手は三人とも恐らく無傷。残る戦力で取り返せるとは考えにくい。
侵入者は戸惑うこちらをよそに、板状の乗り物を展開している。とっとと行かず、誰かを待っている様子だった。
飛びかかるなら今しかない。
でも勝算なんて一ミリも無い。
迷っていると、外から新しい音が近づいてきた。窓を見上げて近づいてきたものを目にして、頭が真っ白になる。
『テトラ班、ヘプタ班と合流完了』
「出せ~~~~!!出すんだゾ!!」
同じ外見の侵入者が二人、窓の外に浮かんでいた。その片方が、黒いケージを手にしている。その中で見慣れたモンスターが暴れていた。
「グリム!!!!」
思わず叫ぶ。僕の声で、グリムがこちらに気づいた。声を張り上げる。
「ユウ……!エース!デュース!」
あの時の凶暴な様子とは違う、いつものグリムだ。少しほっとしたけど、いやそれどころじゃない。
『任務完了。本部へ帰還します』
そんな無機質な声が聞こえてくる。今まさに飛び立とうとする侵入者に、反射的に飛びかかった。
肩を狙った蹴りが杖に防がれる。弾かれる勢いのまま着地し、飛び出すためのバネに変えた。
魔法を弾く材質だからって、物理的に弱いとも限らない。事実、大きな瓦礫が落ちてきても全く動じていなかった。
仮に痛覚の無いロボットだとしても、体重を支えている足の関節を壊せば動きは止められる。足音の重量感からして装甲はかなり重いはずだ。
そう思って足を狙った蹴りも防がれる。やっぱり得物が邪魔だ。
立て直している暇は無い。少しでもダメージを与える必要がある。
やけくそで放った拳も、装甲に防がれて通らない。侵入者はあくまでも防御で杖を振り、積極的に殴りつけたりはしてこなかった。
だからって退く気は一切無い。少しでも隙を見せたら、奴らは飛んでいってしまう。しがみついてでも逃してたまるか。
杖がこちらに向けられた。魔法を撃ち出すのは分かっている。杖の先端を蹴り払って、距離を詰めた。電流が流れたような痛みがあったけど、それで止まってはいられない。
体重を乗せた拳を腕で防がれた。右手に鋭い痛みが走る。やっぱり固すぎて通らない。
嫌だ。諦めたくない。
どんどん冷静さが失われていく。頭で考えていた事も全部吹っ飛んで、ひたすら殴りかかる事しか出来ない。
なのに突然、足から力が抜けた。さっき蹴り払った時に流れた電流が、時間差で効いてきたらしい。
目の前の侵入者が、杖の先端を僕の顔に向けた。薄青の燐光が杖に走る。転がって避けようにも身体が動かない。
視界が青く染まる。魔法が目の前で弾けてあちこちに飛び散っていた。杖の先端の真正面に、魔法を弾く防壁が展開されている。
侵入者はさすがに焦ったような動きをしていた。隣の侵入者が抱えていたシェーンハイト先輩に目を向けている。
「その子を傷つけたら……末代まで呪うわよ……!」
「先輩!」
シェーンハイト先輩は低く呟いて、そこで意識を失ったようだった。手足から完全に力が抜けている。
先輩のくれた隙を逃すわけにはいかない。そう思って立ち上がった瞬間に、建物のそこかしこからおかしな音が聞こえてきた。
残る仲間が戦い続けたために、オンボロ寮のそこらじゅうに穴が空いている。元々は何年も放置されていた廃墟で、老朽化は著しい。
こんな激しい戦闘に耐えられる訳がなかった。
天井だったものが降り注ぐ。とっさに身を屈めた隙に、侵入者たちは乗り物を動かし窓の穴から外へ出ていく。
「待って!!」
追いかけようと踏み出した足が、脆くなった床板を踏み抜いた。引き抜こうにも身体にまだ上手く力が入らない。その間にも侵入者の姿は遠ざかっていく。建物からは依然、不気味な音が響いていた。
「ユウ!!!!」
エーデュースが叫んだ。その声をかき消すように、頭上で何かが割れるような音が響く。
一瞬で視界が塞がった。身体を押し倒され、誰かが覆い被さってくる。何かが崩れる音が聞こえて、身体の上に重い物が更にのしかかってきた。
静かになった。気がした。もしかしたら意識を失っていたのかもしれない。
我に返った時には、状況が全く分からなかった。人の呼吸音が近くでしている。身体中が痛い。
腕を動かすと柔らかい物に触れる。多分、人の身体だ。誰かが自分に覆い被さっている。
埃の臭いに混ざって、よく知っている人の匂いがしていた。
「エースくん!デュースくん!ユウくん!」
ハント先輩の声が近くで聞こえる。少しずつ視界が明るくなってきた。
目の前に、埃に汚れたエースの顔が見える。どうにか振り返れば、同じく汚れが目立つデュースの顔があった。二人の身体は僕を庇うように重なっている。
「エース、デュース」
声をかけても反応はない。
無理矢理身体を動かして頬を叩いたけれど、やはり目覚める気配はない。
「しっかりして、二人とも!!」
声を張り上げたけど瞼は閉ざされたまま動かない。
「ユウくん!」
視界を覆っていたエースの身体が動き、ハント先輩の顔が見えた。僕を見て安堵したのも束の間、表情を苦悶に歪める。
「すまない。咄嗟に魔法障壁を展開したが、防ぎきれなかったらしい」
周りを見れば大小さまざまな瓦礫が積み上がっている。そして天井を見上げれば、大穴が空き外が見えていた。
こんな状況に似つかわしくない、爽やかな青空。
二人が自分を庇ったのは明らかだった。罪悪感で頭の中がぐちゃぐちゃになる。叫びそうになった瞬間、ハント先輩が僕の肩を掴んだ。
「これ以上ここにいるのは危険だ。負傷者を外に運び出さないといけない」
その言葉で我に返る。
起きてしまった事を、これ以上悪化させてはいけない。
唇を噛みしめる。瓦礫が派手に落ちたおかげで、足が引っかかっていた床板も穴が広がり楽に引き抜く事が出来た。
身体中が痛いけど、そんな事を気にしていられない。多分、今起きて動けている誰もが状態はさほど変わらないはずだ。
浮かんでは腹を抉る後悔を見ないようにしながら、ハント先輩に指示されるままに目覚める気配の無いエースの身体を抱える。体温と呼吸がしっかりある事だけが、状況に対し唯一の救いだった。