6−1:影闇に揺蕩う悲嘆の暗渠


「……で、話がまとまったところで」
 エースが明るい表情でハント先輩を見た。
「さっきネージュの話を聞いてからずっと気になってたんスけど。ルーク先輩がロイヤルソードに票を入れたのって、やっぱネージュの陰の努力を知ってたからっすか?」
「まさか!『VDC』の舞台の上で言った事が全てだよ」
 ハント先輩はエースの言葉をきっぱりと否定する。
 中継映像はロイヤルソードアカデミーの方を映していたからみんながどうしているのか分からなかったけど、話とかしてたんだ。
「彼らのパフォーマンスが私たちよりも素晴らしいと思ったから、投票しただけさ」
「え~?ホントに?だって、ファンクラブの会員ナンバー2のガチファンなんでしょ?それこそ、冷静に評価なんかできなくね?」
「いいえ、違うわ。アタシたちの中で冷静に『ステージの上のパフォーマンスのみ』を評価したのはルークだけだったのよ」
 疑いの目を向けるエースに向かって、シェーンハイト先輩もこれまたきっぱりと否定した。
「ルーク。アンタは気づいていたんでしょ?アタシたちの動きが、リハーサルの時とは比べものにならないくらい、お粗末なものだったって」
「それは……」
「正直に言って」
 言いよどんだハント先輩に、シェーンハイト先輩は厳しく返した。女王の求めに、狩人は従順に応じる。
「……私のポジションは後列袖側。だからずっと、NRCトライブの全員を見ていた」
 比較的ポジション移動はあるものの、メインとコーラスの入れ替わりはない。コーラスのハント先輩は全体を見られる立場にあった。
 ……その位置は恐らく、ハント先輩の公平な目を信頼したシェーンハイト先輩の采配でもあるのだろう。シェーンハイト先輩はセンターで踊っているし、録画での確認にも限界がある。ハント先輩の洞察力は、パフォーマンスを磨く上で有用なものだ。実際、ふたりは何度もパフォーマンスについて話し合っていたし。
「キミたちの汗。涙。笑顔!回を重ねるごとに美しくなっていく演技!練習の度に、目を奪われ、胸が鳴ったよ」
 言葉一つ一つに万感を込めてハント先輩は言う。恍惚とした表情が、瞬時に暗く沈んだ。
「だからこそ、あの舞台の上で、その輝きがくすんでしまっている事がすぐにわかった。……とても悔しかったよ。けれどどんなにカバーしようとしても、私自身、身体が思うように動かなかった」
 みんなも同じだっただろう、という言葉にはメンバーの表情が曇る。
「とても苦しい中で演技をしていた。だから私は……」
「んだばって!ルークサンは褒めでくれだっきゃ!」
 ハント先輩の言葉を遮るようにエペルが怒鳴る。
「あのどぎ……みんなして舞台がら降りだどぎ!今まででいぢばんいしたパフォーマンスだったって!あれ嘘だってな!?」
「エペルくん……」
「ええ。確かにルークは『素晴らしいパフォーマンス』と言ったわね」
 シェーンハイト先輩の表情は依然として厳しい。
「だけど、『最高に美しい』とは、一言も言ってくれなかった」
 エペルが息を飲む。
 ハント先輩は万物を肯定する勢いで褒め言葉が豊富なイメージだが、だからこそ細かな言葉のニュアンスにしっかり評価が反映されている、という事らしい。
「ずっとアタシたちを見ていてくれたから、過去最高のパフォーマンスができていないと解っていた。だから、ルークなりにアタシたちの『全力』に最大限の賛辞を贈ってくれたのよね?」
 仲間としては当然の振る舞いだ。何せあれだけボロボロだったのに、観客に気取らせる事無く踊りきったのだから。あそこで反省会なんか始めたら人の心があるのか疑う。
「……でも、自分の心に嘘をついてNRCトライブに投票する事は出来なかった」
 そうでしょう、と問いかけとも言えない断定を投げかけられれば、ハント先輩は困った顔で頷く。
「……『毒の君』。キミにはなんでもお見通しだね」
「お見通しも何も、初めて会った時からアンタはずっとそういうヤツじゃない」
 シェーンハイト先輩が呆れた顔で言えば、ハント先輩も苦笑している。本当に良い信頼関係が築かれているみたい。微笑ましい。
「ユウ」
 バイパー先輩に声をかけられて見れば、みんなの視線も何となくこちらに集まる。
「ついでだから君の意見も聞きたい」
「ついでって」
「君自身の音感がどうあれ、君は客観的な評価を出来るタイプだと俺は思ってる」
 買いかぶられてる気がするなぁ、と思いつつ、否定した所でバイパー先輩は引かなさそうだなぁ。どうしよ。
「君は俺たちのパフォーマンスをどう評価して、俺たちに投票したんだ?」
「……まず前提として、『VDC』は歌とダンスの出来だけで評価が決まるものではない、というのがあるじゃないですか」
 投票が会場にいた素人である以上、ただ歌やダンスが上手いだけで票が集まるとは限らない。
「今大会の集客状況から言って、ネージュ・リュバンシェとシェーンハイト先輩目当ての観客が大勢いた事は明らかです」
「まあ、そうだけど」
「大会そのものが『平等』を徹底したワケでもない。出来るワケもない。観客にはパフォーマンスの出来がどうあれ、心に決めた投票先を変えない自由だってあるでしょう?」
「つまり?」
「僕にとって他校のパフォーマンスは、NRCトライブという投票先を変えるだけの価値を持たなかった。それだけです」
 室内が静まりかえる。
「会場内の観客の内容が少し違えば、覆ってた程度の差しかない。勝敗の事実は変えられないけど、パフォーマンスの価値は『負けた』という事実に貶められるほど低いものじゃないと思います」
「……慰めてくれている、と思ったらいいのか?」
「そりゃ、ネージュ・リュバンシェのファンを寝返らせるほどのものじゃなかったかもしれないけど、逆だってそうじゃないですか」
 確かに『万全』ではなかった。
 だけどそれでも、ロイヤルソードアカデミーのパフォーマンスよりも、NRCトライブの方が優れていると判断した人は、結果が一票差になるほどいたのだ。
 勝敗はその事実を消す事はできない。
「あの会場でNRCトライブに投票した人たちにとって、皆さんは間違いなく世界一に相応しいチームなんですよ」
 僕の言葉に対し、みんなが意外そうな顔をする。なんか変な雰囲気を感じるけど、言いたい事はもっとあるのだ。
「そもそもロイヤルソードアカデミーのパフォーマンスは、近年の大会の傾向の逆張りに加えて、ネージュ・リュバンシェでないと成立しない、技術よりも雰囲気重視で演者の好感度にあぐらをかいた演出じゃないですか」
「そ、そう言えなくもない、かな?」
「邪道ですよ、邪道。あんなの勝てば良いヤツのやり方ですって」
「ネージュは自分たちで曲や演出を決めたみたいな事を言ってたけど……」
「代表選出の時点で大人が絶対に関わってるじゃん。ウチの学園長みたいにさ。ぜーったい向こうにそのへん計算づくでネージュを推した大人いるって。自分の人気とキャラが利用されてると気づいてないか、好都合だから気にしてないだけだよ」
「…………一瞬、君がネージュ・リュバンシェに似ているような気がしたんだが、気のせいだったみたいだ」
「冗談やめてください」
 言い切った瞬間、思わずといった感じの笑い声が響いた。
 音の方を見れば、シェーンハイト先輩が俯いて肩を震わせている。
「シェーンハイト先輩?」
「アンタって子は本当にもう……最高のマネージャーだわ」
 先輩がこちらに歩いてきて頭を撫でる。
 久々に真正面から先輩の顔を見た気がするけど、雰囲気は少し疲れた様子なのに、心から嬉しそうな笑顔だった。
「ありがとう、マネージャー」
「……どういたしまして」
 笑顔で応えれば室内の空気が和んだように思えた。このまま平和に反省会が終わってくれれば、それでやっとこの役目も終わりだ。
「……よかった、ふたりは喧嘩したわけじゃないんだな」
「え?」
「へ?」
 アジーム先輩の言葉に、シェーンハイト先輩と揃って首を傾げる。
「だってよ、集まってからずっと目を合わせようとしないし、ミーティングの時はいつも隣にいたのに今日は離れて立ってたじゃないか」
 思わず先輩と顔を見合わせる。同時に顔をみんなに向けた。
「別に。アタシの謝罪にマネージャーはいらないでしょ」
「僕も反省会にマネージャーとして把握しなきゃいけない事があるとも思いませんでしたし」
「そりゃそうだろうけど」
 今まで誰も言葉にしていなかったのに、いきなりみんなの興味がこちらに向いてる。それとも、みんな気まずい空気に見えててアジーム先輩みたいに気にしてたけど黙ってたって事?
「NRCトライブが『解散』ではなく活動を凍結するのなら、マネージャーも解任という訳ではない。そうだろう?ヴィル」
「……ええ、勿論」
「つまり、ユウくんもグリムくんも、活動凍結中も我々のマネージャーである事に変わりはない、という事さ」
 ハント先輩がにこやかに言い切る。皆も特に異論は無さそう。
 だけどどんな反応をしたらいいのか分からない。お礼を言うのも否定するのも違う気がして、何となく視線を床に向けて口ごもる。
 そんな僕の姿に首を傾げているような気配があった。怖くて顔を上げられない。
 いつかいなくなる人間に、そんな事を言うのはやめてほしい。
 誰かの顔を見たらそう口走ってしまいそうで、だけどそれを言ったら傷つけてしまうような気がして、なけなしの良心が自分を黙らせていた。
 誰か話を変えてくれないだろうか。
 祈るような気持ちでいた。それは間違いない。
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