6−1:影闇に揺蕩う悲嘆の暗渠
「みんな、集まってくれてありがとう」
オンボロ寮の談話室に集まった面々に、シェーンハイト先輩は真剣な表情で声をかけた。
「グリムがいないけど……今は仕方ないわね」
寂しげな表情に、応える事も出来ない。いまだに学園長からの連絡は無いし。
先輩は気を取り直したように顔を上げる。
「今日はみんなに大切な話があるの」
メンバーひとりひとりの顔を見てから、続きを口にする。
「まずは、『ボーカル&ダンスチャンピオンシップ』当日の件。みんなの信頼を裏切る行為をしてしまった事を、謝罪させて」
何となく皆が顔を見合わせる。
「負けを悟って、ライバルに呪いをかけようとするだなんて……世界で一番醜い行為だったと反省してる」
事件が過ぎた事でも、シェーンハイト先輩の中では終わっていなかったらしい。反省会については事件の直後から明言されてはいたけど、このためにやりたかったのなら、ずっと罪悪感を抱えていたって事だろうし、なんだか悲しい事のように思えた。
「本当に、ごめんなさい」
シェーンハイト先輩はこちらに向かって深々と頭を下げた。みんな何も言えずに、しばらく先輩の頭を見つめる。
「……でも、呪いに関しては未遂に終わった話でしょう?」
バイパー先輩が口を開けば、アジーム先輩も頷いて同調を示す。
「そうだよ。お前はネージュを傷つけてなんかない」
「……それは、止めてくれたルークや、カリム……アンタたち皆がいてくれたからよ」
顔を上げても先輩の表情は暗い。言葉に嘘は無いだろう。明らかに後悔が滲んでいる。
「でもそんなアンタたちを……オーバーブロットしたアタシは、傷つけた」
誰も何も言わない。気軽な慰めも、今は何も言えない。
「もしかしたら、アタシも、アンタたちも……命を落としていたかも知れない」
僕も何も言えずに俯く。
あの時、躊躇わずに止めていればよかった。あんな形じゃなくて、最初に顔を出していればよかった。
そうしたら、シェーンハイト先輩はこんなに傷つかずに済んだ。みんなも全力でパフォーマンスが出来ていた。
今更無意味なのは解っていても、ずっと考えてしまう。その一方で、この場から逃げ出したい気持ちもあった。それだけはいけないと必死で抑えているけど。
「魔力が尽きるほど戦い抜いた後でのステージ。どれほどの気力があったって、練習したパフォーマンスの百パーセントを発揮できたとは思えない」
「そんなことねえ!あのステージは、今までで最高だったはずです!」
エペルが我慢の限界、という顔で声を上げた。デュースも頷いて続く。
「そうですよ。シェーンハイト先輩だって、僕たちだって……今までで最高の力を出し切れた!」
「……でもま、その『最高』ってオレらの主観……だけどね」
「なっ!お前また、そんなことを……っ!」
目をつり上げるデュースを一瞥してから、エースは肩を竦めてみせる。
「生死をかけた戦いを乗り越えて、超ラッキーにもマレウス先輩にステージ修復してもらって……全力でラストまで踊りきった」
それは紛れもない事実。そこまではエースも否定する気はないみたい。
「マジで凄かったし、オレだって最高のステージだったと思ってる。でも……」
「演者の満足感は、観客の満足感とイコールではない……という事だな」
「そ、それは……」
「エースとジャミルの言う通りよ」
シェーンハイト先輩が冷静に肯定すれば、デュースも続く言葉は気軽に出せなくなる。
「収録された映像を冷静に見れば見るほど……アタシたちが普段の実力の半分も発揮できなかった事が解る」
ズレるポジショニング、上がりきらない足、ばらつく指先。
シェーンハイト先輩の事だから、ここで挙げたのも気づいた中の一部でしかないだろう。理想には程遠い出来だと感じたに違いない。
「……激しい戦いの後なんだから、当然よ」
『全力』だった。でも、『万全』じゃなかった。
事実は痛いほど胸に刺さる。
「アタシは、アンタたちメンバーを『万全』な状態でステージに送り出す事ができなかった。『VDC』で優勝できなかったのは、アタシのせい」
下手に否定も出来ない。オーバーブロットしたのも、限られた戦力で立ち向かうしかなかったのも紛れもない事実。そして、ここで仮定の『ああすればよかった』を語っても意味がない。終わってしまった事をやりなおしなんて出来やしない。
「本当に、リーダー失格よ」
沈黙が流れる。誰もが言うべき言葉を探していた。
「……ヴィル先輩の仰りたい事は解ります」
一番最初にバイパー先輩が口を開いた。声音はいつも通りで表情も真剣だけど、それが逆に彼なりの気遣いなのだろうと思う。
「しかし、『VDC』の練習中にも話題に上がりましたが……大会当日のパフォーマンスの出来以前に、ネージュたちの世間からの好感度は相当なものです」
投票するのはパフォーマンスを冷静に評価できるプロではなく、素人の観衆だ。先入観や普段の好感度が評価に大いに影響する。
「たとえ俺たちが『万全』な状態だったとして、ステージで『全力』が出せたとは限らない。そして『万全』な状態での『全力』を出せても優勝できたかどうかはわかりません」
それはそうなんだけど。
……それを言い出したら、あの時のネージュはバイパー先輩の魔法で洗脳されてゲリラライブをずっとやっていたみたいだから、かなり疲弊していたと思う。
あれが無ければ、一点差にすらならなかったかもしれない。
結局の所、想定外の負荷は互角とまでいかずとも、両者にあった。そして後悔の残る結果に終わった以上、『万全の状態で全力を出せなかった』という悔いはどうしても払拭できない。
最後にはそのまま飲み込んで抱えていくしかない。
「好感度というものは、努力や実力では埋めがたいものですから」
「ジャミルの言う通りだ。だから、そんなにヴィルばっかが責任感じる必要ねぇって!」
「そうね。……でも、ネージュたちにはネージュたちなりの努力や苦労がなかったわけじゃないはず」
一部がはっとした顔になる。シェーンハイト先輩は顔色を変えず続けた。
「アタシも彼らのパフォーマンスを見た瞬間、動揺して強い否定の言葉を使ってしまったけど……大衆性を備え万人を摂り込む努力と、技術を研鑽し万人を圧倒する努力は、どちらも等しく『努力』」
自分達と彼らは、努力の方向が違っただけ。
どこまでも冷静で客観的な評価だ。正論だけに深く胸に突き刺さる。
「そもそも、ネージュたちがどんな『努力』をしたか……アンタたちは知らないでしょう?」
みんながきょとんとしている。
確かに、気づいた時には人気者の『ネージュ・リュバンシェ』だったから、何をしてきたかなんてろくに知らない。直接顔を合わせた時も、苦労とか貫禄とか、そういうものを感じる事はなかった。
「最初にアタシとネージュが共演した時……ネージュはいつも『家の掃除をしなくちゃ』と言って、残ってレッスンをするアタシより先に帰った」
それってどれぐらい前の事なんだろう。……少なくとも小学生ぐらいだよね?芸能活動より家の事を優先するって、それぐらいの年頃だとなかなか無い気がするけど。
「アタシはそれが腹立たしくて仕方なかった。彼が、才能に甘えた人間だと思えたから」
ストイックな先輩らしい意見だ。
「でもある時知ったの」
少しあった冷ややかさが消える。決して優しくもないけど。
「ネージュは『VDC』に一緒に出演していたドワーフたちと一緒に暮らしていたそうよ。子役としてアタシと出会う前からずっと、彼らだけで肩を寄せ合い、支え合いながら」
「子役時代からずっとあのメンツで……ですか?」
「ええ。詳しい事情は知らないけれどね」
そういえば、ドワーフの彼らの事を『家族のようなもの』と言っていた気がする。
話が本当なら、彼らには子どもの頃からお互いを支え合ってきた絆があるという事だ。それは一ヶ月ぐらい寝食を共にした程度では、到底追いつけないものだろう。数値で明確に差が付くものではないが、結果に影響した可能性は低くない。
あの内容ならミスを支え合う姿すら微笑ましい演出になる。子どもの頃から共に過ごしていて、助け合うのが当たり前の生活だったのなら、その動作も自然なものになるだろう。実際に自然だったから、観客はその高校生という立場からは不似合いな『愛らしさ』を受け入れていたのだし。
「家事をして、レッスンに通って、そしてまた家事をして、合間を縫って家で練習をして……でもネージュは腐らず、いつも明るく口笛を吹くような調子で『おはようございます』と挨拶をしていた」
特別な人間は、強い。
逆境を前に折れない。折れてもまた立ち上がり這い上がる。
どんなに親しみを感じる事があっても、あの子は遠い世界の住人なのだ。
「それがどれだけ大変なことか、アタシには解らないわ。だって経験した事が無いもの」
それは、この場にいる他のみんなも同じだろう。僕も解らない。
正直、そんな状況で役者を続けようと思える神経も解らない。周りの大人は何してたんだよ、とか思ってしまうのは野暮なんだろうけど。
「そしてネージュは自らの経歴について、メディアで一切語ったことはない。でも、ルークはこの話、知っていたんでしょう?」
「……ああ」
話を振られたハント先輩が頷く。
「『白雪の君』の一番の魅力は、あの愛らしい笑顔。……だがそれは、数々の苦難を乗り越えてのもの」
だからこそ、人々はあの笑顔に魅了される。
ファンらしい言葉だ。彼らにとっては輝ける現在こそ尊いのだから、当たり前だろうけど。
「彼はギャランティのほとんどをボランティア団体に寄付しているとも言われている」
「……よくそこまで知っていたわね。それも一般公開はされていない情報のはずだけれど」
「コアなファンの間では、有名な話さ」
ハント先輩はさらりと言う。……元の世界でも結構あったけど、ファンの情報網って地味に怖い存在だよなぁ。関係者が増えると情報が漏れるのは仕方ない事なのかもしれないけど。
「『VDC』の優勝賞金も全額寄付されたと人伝に聞いたわ。世界中の、未来ある子どもたちのためにね」
どこまでも模範的な善人の行動。
いっそ鼻につくぐらいだろうに、室内の雰囲気はどこか重苦しい。
「アイツらに、そんな事情があったなんて……」
アジーム先輩は完全に感情を引きずられている。そんな姿を見て、シェーンハイト先輩は溜息を吐いた。
「ほら、ごらんなさい。もし『VDC』以前にネージュの生い立ちを知っていたら、アンタたちはステージ上で全力で戦い、自分のチームに投票できた?同情というフィルターを通さず、ネージュたちのパフォーマンスだけを評価できた?」
沈黙が流れる。少しばつが悪そうな面々を見回し、バイパー先輩が肩を竦めた。
「……他のメンバーはさておき、カリムには無理だったでしょうね」
「いや、そんなことは……う、うう、わかんねぇ……」
「オレは気にせず自分に投票できたけどね」
エースが面白く無さそうな顔で言い切る。
「だって『VDC』は過去の苦労のデカさを比べる大会じゃなくて、パフォーマンスを競う大会でしょ?」
「そう。アンタはよくわかってるわね」
明らかに生意気な強がりにしか聞こえないのに、シェーンハイト先輩はそれを正面から肯定した。エースも戸惑った顔で先輩を見ている。
「アタシも、アンタたちも、そしてネージュも。……舞台に立つ者全員が、それぞれの物語を背負っている」
そして、鑑賞する側、評価する者がそれを知っていなければいけない義務はない。先入観の存在は否定も肯定もされないが、個人の事情など結局はおまけ以下の存在だ。
「だからこそ舞台は……エンターテインメントの世界は、結果こそが全て」
舞台の上で演じたパフォーマンスという『作品』だけが、勝敗を競うに値する存在。
「NRCトライブはロイヤルソードアカデミーにパフォーマンスで負けた。ただそれだけの話」
残酷だけど、覆す事も出来ない現実。
言い訳なんて何の意味も無い。仮定の話も慰めにはならない。
だけど万全の状態で大一番に挑めないという苦痛を、シェーンハイト先輩はおそらく誰よりも理解している。その原因を作ったのが自分、というのも悔しくてたまらないだろう。
「そして、その『結果』に影響を与えたアタシの罪は、計り知れないと思ってる」
だから償わせてほしい、と言葉は続く。
室内は戸惑いに静まる。そうは言われても、と空気が語っていた。
「……『VDC』のメンバー募集のポスターに書いてあった事、覚えてる?」
尋ねられて、メンバーは首を傾げる。
「えーと……確か、プロデビューのチャンスありって事と……」
「賞金五百万マドルをメンバーに山分け……でしたっけ?」
「そう。その煽り文句でメンバーを募集した」
みんなすっかり忘れてたみたい。どちらかというと優勝の『栄誉』の方が優先順位高くなってる空気だったもんなぁ。
「だから、アタシのせいで逃した優勝賞金五百万マドルを……アタシが払わせてもらう」
一同から今度は悲鳴みたいな驚きの声が上がった。反応はある程度予想していたのか、シェーンハイト先輩は涼しい顔をしている。
「そったの、いらねじゃよ!」
エペルが真っ先に口火を切る。明らかに怒りを感じるけれど、シェーンハイト先輩の表情は変わらない。
「トレーニングによる約一ヶ月のスケジュール拘束と、出演料。ギャラと考えればあり得ない金額でもないわ」
「で、でも……」
「……『アタシの気持ちをお金で買おうとしないで』」
ちょっとドキッとした。
聞く限り、あの時とは状況も意味も違うのに、先輩は自嘲の笑みを浮かべる。
「……なんてマネージャーに言っておきながら、償う方法がこれしか思いつかないのはお笑い種だけど」
でも代わりにしてほしい事なんて無い。思い浮かばない。むしろ償いなんか受け取れない。
「このままじゃ、アタシが前に進めない。どうか、アタシのためにも受け取って欲しい」
室内が静まりかえる。
受け取れない、なんて言っても堂々巡りだろう。黙っている事しか出来ない。
でも沈黙の空間は長続きしなかった。太陽の笑顔が快活に静寂を払う。
「……よし、わかった!そのギャラ、受け取るぜ!」
「カリム!?」
「言っとくけど……オレは負けた責任がヴィルにあるなんて、ちっとも思ってないからな」
本当にそう思っているであろう、明るい声音で言い切った。
「でも、これでヴィルが自分の心にケジメをつけて前に進めるってんなら、オレは受け取る」
とても力強い言葉だった。
……やっぱりアジーム先輩も凄い人だなぁ。
「……で!オレは受け取ったギャラを全部オンボロ寮に寄付するぜ!」
「うおえええ!!??」
思わず変な声出た。皆も驚いた顔をしている。そしてバイパー先輩が呆れた顔になる。
「またお前は……。ネージュの話に感化されたか?」
「そういうわけじゃなくて……いや、そうといえばそうかも?」
バイパー先輩に言われ、アジーム先輩は腕を組み首を傾げながら、考え込むように目を閉じる。
「オンボロ寮での合宿中、オレ、すげぇびっくりしたんだ。本っっっっっ当にいろんなとこがボロくてさ!」
そうして考えながら、思い出を振り返りながら出てきたらしい言葉がこれである。
「これでもかなりマシになったんですが……」
「シャワーからお湯が出ない時はあるわ、雨漏りはするわ、隙間風は入ってくるわ……オレ、あんなの生まれて初めてだったぜ!」
オンボロ寮の名は伊達じゃねえな、と笑い飛ばされた。ぐうの音も出ない。
「……確かに、それは否定はしない」
みんなも頷いている。今すぐここから逃げたい。
そんな所在ない気持ちの僕の様子を気にせず、アジーム先輩はキラキラした目をこちらに向けてくる。
「ユウにも、ここに住んでるゴーストたちにも合宿中には世話になった。何よりオレが、オンボロ寮での合宿、すげー楽しかったんだ!」
屈託のない言葉が胸を打つ。
「だから感謝の気持ちを込めて、オンボロ寮をキレイにしたい!オレがもらったギャラなんだ。使い道は自由だろ?」
「……『黄金の君』。キミは本当に、黄金の名にふさわしい心の持ち主だね」
輝くような笑顔を見せたアジーム先輩に、ハント先輩が賞賛を向ける。
それを見ていたバイパー先輩も小さく頷く。
「主人の厚意を、従者が無碍にするわけにはいかないな」
彼らしい言葉に次いで、シェーンハイト先輩に視線を向けた。
「俺もギャラとして、その金を受け取ります。その上で、オンボロ寮に寄付する」
元より金なんておまけみたいなものだ、とどうでもよさそうな感じで呟いた。
……実際の所、どうなんだろう。アジーム先輩の従者ってそんなにお給料が入るものなんだろうか。不自由しているイメージは無いけれど、金銭感覚は庶民的というか、しっかりしているような雰囲気だし。
先輩たちを見ていたエペルが、意を決した様子で口を開く。
「僕は……ヴィルサンと約束したのに、愛らしさでネージュに勝てなかった」
約束を果たせなかったのに、自分のためのギャラなんてもらえない。
エペルの言葉はとても静かだけどしっかりしていた。大人しいフリをしていただけの時とは、言葉の重みが全然違う。
「でも、ヴィルサンの気持ちも近くで見てたから痛いほどわかるんだ。だから、お金はもらう」
自分の選択に頷いて、笑顔で僕を見る。
「そして……僕も、オンボロ寮に全部寄付する!」
「エペルまで……」
「綺麗にして、グリムクンが帰ってきた時にびっくりさせようよ。ね?」
「うーん……い、いいのかな……?」
「え~……みんなしてそういう空気作る~?」
戸惑う僕の声に続いて、エースがちょっと不満そうな声を漏らす。その向こうで、デュースが眉間に皺を寄せて考え込んでいた。
「う、ううう……ギ、ギャラがあれば、家計が楽に……でも……」
エースはぶつぶつと呟いているデュースを一瞥してから、みんなの方を向いて宣言する。
「オレはもらうぜ。くれるってんなら、遠慮なくいただきまーす!」
生意気な後輩らしい台詞を吐く。
「めちゃキツい事やらされたわけだし?新しい靴とか服とか欲しいと思ってたし?」
いかにも彼らしい言葉だけど、エースが寄付しない事でデュースは同調圧力から逃れられる。一人より二人の方がハードルは下がるはずだ。……まぁ勿論、報酬が欲しい気持ちは本当にあるんだろうけど、それはそれとして。
デュースがそれに気づいた様子はなく、一人悩み続けている。
「ぼ、僕も……、いや、でもやっぱり僕は……」
「デュース、良い子ぶって無理すんのやめろって」
エースがダメ押しに入る。……自分だけ寄付しない立場になるのがイヤだからとかじゃないよね?
「第一、オレら最初から賞金目当てで参加したんじゃん。なんでここで遠慮するわけ?」
「そうだよ。オンボロ寮のためにオーディション受けたワケじゃないでしょ?」
「それは……でも……」
「デュース」
見かねた様子でシェーンハイト先輩が声をかけた。デュースは反射的にぴしっと背筋を伸ばす。
「寄付という行為は、同調圧力でするものじゃないわ」
僕も含めた数人がうんうんと頷いた。それでもまだ決めきれないデュースを見つめて、シェーンハイト先輩は深々と息を吐く。
「……アタシの失態は、こんな方法で償いきれない事は解ってる」
償うなんて、と言いたげな視線を無視して先輩は続ける。
「けど、アタシは最初に『賞金の山分け』という言葉で参加者を募った。だから、これが今のアタシに出来る最大限の誠意」
強い意志を持った目をデュースに向け、きっぱりと言い切った。真正面からそれを受け止めるデュースに、柔らかく微笑む。
「アンタたちに命を救われたの。胸を張って、受け取ってちょうだい」
デュースの表情から戸惑いが消えていく。しっかりと先輩の気持ちを受け止めて、ぎゅっと表情を引き締めた。
「……わかり、ました。ありがとうございます!!!!」
「アタシの話、ちゃんと聞いてた?お礼を言う必要はないわ」
綺麗な直角のお辞儀をするデュースに、シェーンハイト先輩は呆れた声で言う。
でも室内の空気はずいぶん穏やかになった。ハント先輩がこちらに視線を向けてくる。
「私の分も、約束通りオンボロ寮に寄付させてもらうよ」
さらりと言われた。
「共に汗を流す、あの美しい時間を過ごせただけで私にとっては十分すぎるほどの価値がある。これ以上はもらいすぎさ」
「おお~っ!それだけの予算があれば、色んなとこが直せるんじゃねぇか?」
お礼を口にするより早く、アジーム先輩が目を輝かせて声を上げた。
「雨漏りの修理は当然として、色褪せてる壁紙やカーテンも取り替えたいよな」
修繕箇所は挙げればキリがない。
「何より、今のままじゃ地味すぎる!」
これを真剣な顔で言うのだから困る。スカラビアみたいな豪華な寮に慣れてればそりゃそうだとは思うんだけど。
「それから、ソファの布も張り替えようぜ」
「いや、水回りやガス、ライフラインの整備が先だろう」
楽しそうなアジーム先輩の言葉を、バイパー先輩が遮る。
それも否定できない。給湯が安定しないのはやっぱり困るし。
「まずは予算内で修理箇所の優先順位をしっかり決めないと……」
「ふふ、素敵なリフォームになりそうだね」
「……ありがとうございます」
みんなに向かって、一度深々と頭を下げた。向けられた笑顔を受け止めながら、ここにグリムがいない事が寂しくて仕方ない。
リフォームして余りが出たら、ご褒美のツナ缶も買ってあげなくちゃ。ツナ缶富豪にはしてあげられないけど、建物が綺麗になったらグリムだって嬉しいはずだし。
「オレのギャラは寄付してやんないけど……グリムが戻ってきたら、ふたりに学食でスペシャルランチくらいはオゴッてやるよ」
「だな。カフェラテとデザートもつけてやる!」
エーデュースは揃って笑顔を向けてくれた。思わずつられて笑顔になってしまう。
「うん、楽しみにしてるよ」
始まった時の緊張した様子はもう無くなってる。きっとグリムがいても、こんな風に穏やかな気持ちで反省会を終えられただろう。
……早く帰ってきてほしいな。