1:癇癪女王の迷路庭園
「それで、寮の話だっけ?なんでもお兄さんたちが教えてあげよう!」
「他よりうちの寮の事が知りたいんすけど。あの『ハートの女王の法律』とかいう変なルールなんなんすか?」
「お前たちも、伝説の『ハートの女王』については知ってるだろう?」
規律を重んじ、厳格なルールを作る事によって、おかしな国民ばかりの不思議の国を治めていた女王。ハーツラビュルはそんな『ハートの女王』に倣った寮であり、女王のドレスの色である赤と黒の腕章をつけ、彼女の作った法律に従うのが伝統となっている、と先輩たちは説明した。
「どれくらい厳しく伝統を守るかは寮長の気分次第で、前の寮長はかなりゆるゆるだったんだけどね~」
「リドル寮長は歴代寮長の中でも飛び抜けて真面目でね。最大限その伝統を守ろうとしてるわけだ」
「めんどくさ……」
聞く限りエースと相性は良くなさそう。ハートの女王のルールも、それを遵守する寮長も。
……でもそう言えば、ハートの女王の政治手腕そのものについてはクールだ、って言ってた気がする。そういう意味では全く縁がない、わけでもないのか。
「他はどんな寮があるんだ?」
ココアババロアを食べ終えたグリムが身を乗り出す。クローバー先輩は残る六つの寮を列挙した。
百獣の王の不屈の精神に基づく『サバナクロー』寮。
海の魔女の慈悲の精神に基づく『オクタヴィネル』寮。
砂漠の魔術師の熟慮の精神に基づく『スカラビア』寮。
美しき女王の奮励の精神に基づく『ポムフィオーレ』寮。
死者の国の王の勤勉な精神に基づく『イグニハイド』寮。
茨の魔女の高尚な精神に基づく『ディアソムニア』寮。
「名前がなげぇ!」
何となく語感でわかるようなわからないような、どこっぽいとも何っぽいとも言えない名前ばかりで覚えづらそう。
「大丈夫、そのうち嫌でも覚えるよ」
「どの寮に入るかは、魂の資質で闇の鏡が決めるとされてるけど、何となく、寮ごとにキャラが固まってる感じはあるな」
「それはあるねー、めっちゃわかる」
「キャラ……ですか?」
上級生の言葉にデュースが首を傾げる。
「例えば……ほら、あいつ」
クローバー先輩が示したのは、少し離れた所に座っている銀髪の少年だ。……いや少年と呼ぶには随分と大きく見えるんだけど。鍛えているのであろう肩幅も広い。ただ、顔立ちが少しあどけなく思えたのだ。それは多分、無造作な癖毛の頭の上に、三角の天辺が黒く染まった犬の耳が生えてるせいもあるだろう。
「……イヌミミカチューシャ……?」
「獣人属だよ。耳もしっぽも自前」
ああいう体の人、という事らしい。ゲームとかでたまに出てくる、動物の身体的特徴の一部を体に持つ人型キャラが、この世界では平然と存在しているようだ。
少し注意をして見れば、食堂内にも様々な耳やしっぽをした生徒がちらほら見られる。
「珍しい?」
「僕の故郷では見た事が無かったので。……あまり見ては失礼ですね」
「モフモフなら真横にもいるしな」
グリムはふふんと誇らしげな顔をした。撫でたら手を払われた。解せない。
「あのゴツさは見るからにサバナクローって感じだな」
「黄色と黒の腕章つけてるのはサバナクロー寮。運動とか格闘が得意なタイプが多い寮なんだよね」
「あー、ユウに魔力があったらここだったんじゃね。脳筋でお似合いじゃん」
「お前、後で覚えてろよ」
「わあ、ユウちゃん顔コワイ。スマイルスマイル~」
ダイヤモンド先輩が頬を触ってむにむに揉んでくる。仕方なく怒りを一旦引っ込めた。
「じゃあ、あっちの灰色と、薄紫の紐を腕に巻いてるのは?」
「彼はオクタヴィネル寮だな。その手前に座ってる、臙脂と黄色の腕章はスカラビア寮の生徒だ」
「どっちも頭脳派揃いって言われてる。筆記テストはそこの二寮がデッドヒートって感じ」
体育会系とは対照的なようだけど、生徒の見た目ではそこまでパッキリとインテリって印象もない。向き不向きだけで分けたら生徒数偏って管理が大変そう、と思うのは、生徒から見れば基準が不明瞭な日本の学校のクラス分けに慣れてしまったせいだろうか。
「あっちのやたらキラキラしいのはポムフィオーレ寮。紫と赤の腕章をしてる」
クローバー先輩が示した先には、確かに男子高校生にしては異質な印象の集団がいる。身だしなみが整っている、といえばそうなんだけど、髪の切りそろえ方や肌の色の感じが、何となく違って見えるのだ。
「超可愛い女の子がいるんだゾ!」
「男子校なのに!?」
グリムとデュースの視線を追うと、確かに凄く可愛い子が座っていた。紫のふわふわの巻き毛に大きな瞳。見るからに細くて小さくて可愛らしい。真剣な顔で目の前の食事と向き合っている。
「アホ。男子校に正式入学した奴に女がいるわけないでしょーが」
エースが冷たく言い放つと、二人は信じられないとリアクションしつつも少し冷静になった。
「……顔だけ美少女ならここにも一人いるし」
エースが、ギリギリこちらに聞こえるぐらいの大きさの声で呟いた。顔だけで悪かったな。
「女の子と言えば、西校舎の肖像画のロザリアちゃんはなかなかレベル高いよ。紹介したげよっか?」
「ロザリアちゃん可愛くても平面なんでしょ?遠慮しまーす」
イケてるなら平たくても良いじゃん、とダイヤモンド先輩は冗談っぽく口をとがらせた。
「ま、ポムフィオーレ寮は顔面偏差値と美容意識がハンパない連中、って事で。寮長もフォロワー数五百万人いるマジカメグラマーだよ」
「……補足すると、魔法薬学や呪術が優秀な生徒が多いのもポムフィオーレ寮の特徴だ」
「ははは、そーでした」
一連の話を聞いていて、脳裏にさっきの青年の姿が浮かんだ。顔面偏差値と美容意識、という点では限りなくそれっぽい。腕章の色まで見てなかったな。
「じゃあ、あの人もポムフィオーレの人かな」
無意識に呟いたのを、ダイヤモンド先輩がすかさず拾う。
「あの人?なになに、気になる人がいるの?」
ダイヤモンド先輩に中庭で出会った生徒の容姿を説明すると、一層目を輝かせた。
「それ、ヴィルくんだよ!ポムフィオーレの寮長!フォロワー数五百万人のマジカメグラマー!」
芸能人かな、とは思っていたが、まさかの寮長。
「ヴィル・シェーンハイト。モデルや俳優としても世界的な有名人だが、……知らなかったのか?」
「すいません、僕の故郷、グレート・セブンの逸話も満足に伝わってないド田舎の秘境なもので」
エースが居心地悪そうな顔をしたが、先輩たちは気づいた様子がない。ダイヤモンド先輩は哀れみの表情を浮かべた。
「だからスマホもないんだね、可哀想に」
幼子にするように頭を撫で、それでいて興味津々に再び目を輝かす。
「それで、ヴィルくんに何て声かけられたの?」
「あ、え、えーと、メガネがダサいから変えた方がいい、って」
「ああ、うん。それは俺も同意。もっとかわいいのにしなよ」
やんわりと断っておいた。エースも何故か頷いている。どっちに同意してんだかわからん。
「んで、次はイグニハイド寮だけど……青と黒の腕章のヤツ。この辺には座ってないか。あそこの寮、なんかみんなガード堅くて、オレも友達いないんだよね」
「大人しい奴が多いイメージはあるな。魔法エネルギー工学とか、デジタル系に強い奴が多い」
いわゆるギーク系、という奴だろうか。確かにダイヤモンド先輩とそういうタイプの人が友達になれるイメージ湧かない。
「あとは……ディアホニャララ寮ですっけ」
「ディアソムニア寮ね」
「か、噛んだだけだ!」
「ディアソムニア寮は……あの食堂の奥の特等席に固まってるメンツ」
先輩が指さした先には、少し高くなった場所に座席が設けられていた。何人かの生徒が食事している。
「黄緑と黒の腕章が目印。あそこはなんつーか、セレブっていうの?オレたち庶民が話しかけづらいオーラ放ちまくりなんだよね。……寮長からしてとびきり近寄りがたいし……」
「……なんか、一人すげー小さいのいねえ?子ども?」
「うちは飛び級入学もあるからいてもおかしくはないが、彼は子どもじゃないぞ。俺たちと同じ三年生の……」
「リリアじゃ。リリア・ヴァンルージュ」
突然の見知らぬ声に、思わず誰もが身を引いた。
声のした方を見上げれば、さっきまで特等席にいた小柄な人物が空中に逆さまになって浮かんでいる。驚く僕たちを見て満足したように笑うと、ヴァンルージュ先輩はくるりと身を翻しエースたちの背後に立った。二人の顔が強ばるのを見て無邪気に笑う。
あの距離から一瞬でここまでやってくるなんて、と思ったが、ここが魔法の世界である事を思い出した。鏡を使って短時間で長距離を移動出来るなら、瞬間移動する魔法もあるのかもしれない。
「確かに、こんなピチピチで愛らしい美少年のわしだが、そこのメガネが言うように子どもとは呼べない歳かもしれんな」
言ってから僕を見て、おぬしの事ではないぞ、と可愛く言ってウインクされた。無言で会釈しておく。何て言うか、無視するには怖すぎる。
つり上がった赤い目は瞳が大きくて果実みたい。黒髪は内側が鮮やかなピンク色で、愛らしい顔だちによく似合っている。頭の両脇に跳ねた毛も愛嬌あるアクセントになっていた。声の調子は無邪気で明るいが、どう聴いても男性だ。外見年齢に合わない気がする。でもそれを指摘する勇気はないし、する意味もないし、してもごまかされそうだ。黙っておこう。
「遠くから見るだけでなく、気軽に話しかけにくればよかろう。同じ学園に通う学友ではないか」
ヴァンルージュ先輩は愛想を振りまくが、ちらりと特等席を見れば、彼と同席の生徒たちが微動だにせずこちらを見つめている。どう見ても歓迎する雰囲気ではない。
「くふふ。食事中、上から失礼したな。ではまた、いずれ」
そう言って軽やかに自分の席に戻っていった。さっきまでの事はなかったかのように、特等席での食事に興じている。
「……あっちの席とオレたちの席、軽く二十メートル以上離れてんのに、オレたちの話が聞こえてたって事?コワッ」
「ま……まぁ、そんなわけでディアソムニア寮は少し特殊な奴が多いイメージだな。魔法全般に長けた優秀な生徒が多い。寮長のマレウス・ドラコニアは世界でも五本の指に入る魔法士と言われてるくらいだ」
「……そんな人でも、学校で学ぶ事があるんですか?」
「さて、どうだろうね」
「マレウスくんは正直、ヤバヤバのヤバだよね」
……世界で五本の指に入る魔法士を『くん』で呼んじゃうダイヤモンド先輩も凄い気がする。それともこういう所が『プライドが高くて負けん気が強い』が出ている部分なんだろうか。