6−1:影闇に揺蕩う悲嘆の暗渠
………
玄関に入るなり、悠の身体から完全に力が抜けた。
「ユウ!!」
エースが叫び、頬を叩くが反応が無い。荒い呼吸と高熱は変わらないままだ。
「エース、ユウの部屋の扉を開けてきてくれ。僕がベッドまで運ぶ」
「わかった」
エースは階段を駆け上がり、その間にデュースは悠の身体を抱えた。ゆっくりと、しかし確かな足取りでデュースは進み、無事に部屋のベッドまで辿り着く。
その間にキッチンに走ったエースは氷水とタオルを調達し部屋に戻った。
「救急箱、傷薬とか怪我に使うヤツしかねえや。使い切ったのか用意してないのか知らねえけど、マジ最悪」
濡らして冷やしたタオルを絞り、悠の額に畳んで乗せる。依然として苦しそうな表情は変わらない。
「……どうしよ、これ」
「僕たちじゃ傍にいてやる事しか……」
学園長にもう一度連絡すべきか、と逡巡したが、つい敬遠してしまう。信用できない事も多いが、曲がりなりにも相手は学校の中でも地位の高い存在だ。本来は一生徒が気軽に声をかけていい存在とは言い難い。
「グリムが捕まって結構経ってるから、先生たちも帰ってるだろうし……」
「……とりあえず、ローズハート寮長に報告はしておこう」
「なんて?消灯時間過ぎて抜け出してる事、自分から言うわけ?」
「ユウが高熱なので看病しているって事だけ伝えれば、解ってくれると思う。……多分」
エースは不満げだが、それが悪手とも思っていない顔だった。そしてふと思いついた顔になる。
「ポムフィオーレ寮って、魔法薬学が得意なんだよな?」
「あぁ、そのはずだが」
「ヴィル先輩なら、解熱剤とか持ってねえかな」
「……でも、シェーンハイト先輩も大怪我してるし、もう休んでるかもしれない。そうしたら、朝になって保健室に行くのと変わらないんじゃ……」
「それもそうか……」
二人して黙り込む。自分たちでは手に負えないのは確かだが、このままにもしておけない。
ベッドの上で苦しそうに眠る悠の顔を見てから、互いの顔を見合わせる。
「迷ったら両方!!!!」
同時に叫んでスマートフォンを操作した。とりあえずそれぞれに思いついた連絡を済ませ、看病に専念する。と、言ってもこまめにタオルと、それを冷やす水を取り替える程度の事しか出来ない。ただ、あっという間にタオルが温くなるので結構な頻度で取り替える必要があり、決して暇にはならなかった。
そうして悠の世話を始めて、一時間も経たない頃。
来客を告げるブザーが鳴り、二人は顔を見合わせた。デュースが玄関に向かおうとする前に、外から騒がしい声が近づいてくる。そこから数秒と経たず、部屋の扉が力強く開けられた。
「おどきなさい新ジャガども!!!!ガレットにされたいの!!??」
「ヴィル先輩、いくらなんでも勝手に入っては……!!」
開口一番、罵倒された新ジャガ一号二号が固まる。その間に、ヴィルはリドルを振り払って部屋に入ってくると、真っ直ぐに悠の眠るベッドに向かった。苦しげな表情の悠を見て顔を歪める。
「ああ、なんてこと……かわいそうに」
頬を撫で、首筋に触れる。真剣な表情で一年生を振り返った。
「いつからこうだったの?」
「二時間くらい前です。突然倒れて、そのままずっと意識が戻らなくて……」
「多分、熱はずっとあったみたいなんすけど、オレらが気づいたのがそれぐらいで。それまでは普通の顔してて、オンボロ寮に戻ってきたら力尽きたみたいにバタッと倒れちまって」
「……この子なら限界まで不調を隠しててもおかしくないわね」
ヴィルはやっと冷静になったようで、エースたちに向けていた敵意を引っ込めた。
「頭を打ったりはしてないわね?」
二人が頷くと、ヴィルは深々と溜息を吐く。
「アンタたちにミスが無いのは解った。よく連絡してくれたわ」
「容態はどうです?」
「状況を鑑みて過労や心労の可能性はあるけど、それにしては熱が高すぎる。出来れば早く医者に診せに行きたい」
「学園長に緊急搬送を依頼しますか?」
「…………どうかしら、それ」
ヴィルは物憂げな表情で悠を見た。
「この子、この世界の人間じゃないのよ。戸籍も無い。……アタシたちは生徒としてこの子を承認してるけど、学園長はちゃんとこの子の学籍を用意してるのかしら」
「外に運んだとして、治療を受けられない可能性がある……」
「そ、そんな……」
「八方塞がりじゃん!」
「で、あれば。出来る限り私たちで彼の治療を試みるのが最善かもしれないね」
エースとデュースが部屋の入り口を振り返る。大荷物を抱えたルークが、さも当然という顔でそこに立っていた。
「ルーク先輩、いつからいたんすか」
「ヴィルと一緒に来ていたよ。満身創痍のヴィルに物を持たせるわけにはいかないからね」
後輩たちの視線を受けたリドルが何度も頷く。
「というか、リドル寮長はどうしてここに」
「キミたちの回収に来たに決まってるだろう。……ユウの様子も知りたかったしね」
リドルは真剣な顔で後輩たちを睨む。
「門限どころか消灯時間を超えての無断外出、首をはねるだけじゃなく、反省文に罰当番も加えてやりたいところだが……今回は緊急事態の対処のため、という事で多めに見よう」
「す、すいません、寮長……」
「その代わり、キミたちの知っている事を包み隠さず全てここで説明するように」
「え、そ、それは……」
「出来なければ緊急事態は存在しなかったものとして、しっかりと罰を受けてもらうよ」
エースとデュースが顔を見合わせた。二人してベッドの上の悠を振り返る。ヴィルもルークも処置の手を止め、後輩二人を見つめていた。
「……ユウから連絡をもらったところからで良いっすか。その前はさすがに、オレらも知らないんで」
エースが確認すると、三人がそれぞれ頷く。
「グリムがいなくなったんだけどそっちに行ってないか、って連絡が来たんですよ、遅くに」
二人はその時、寮の自室にいたためどちらも『来ていない』と即答した。悠の返事は『わかった。ありがとう。ごめんねおやすみ』と気遣いの言葉はありつつ割とシンプルなものだった。これ自体はいつもの事。
その後、何度か『見つかったか』『大丈夫か』などと心配でメッセージを送ったが一切の反応がない。痺れを切らした二人は寮を抜け出してオンボロ寮に向かい、自室のベッドの上で寝ている悠を発見した。
「ユウ、その時、右手に怪我してて。それがどうもグリムにやられた傷だったみたいなんですけど」
話を聞いたヴィルが上掛けをめくって確認し、リドルと視線を合わせて頷く。
「とりあえず傷の手当てして、学園長に知らせて……オレたちも探しに出たら割とすぐ『捕まった』って連絡がユウのスマホに来て」
「そのすぐ後に、ユウがふらつきだして、熱があるのが分かったんです」
「それで、アンタたちはユウを連れてここまで戻って、その最中にユウは意識を失ったわけね」
エースとデュースが頷く。リドルは小さく息を吐く。
「学園長が僕たちに捜索要請を出した時点で、キミたちには寮に戻れと指示があったと思うんだが、無視したんだね?」
「…………はい」
「先に捕まえないと、グリムが退治されちまうんじゃないかと思って……」
「しかし、彼らが素直に帰っていたら、ユウくんは一人でグリムくんを探しに出かけて、誰にも知られぬまま倒れていたかもしれない」
「……そうね。結果論ではあるけど、エースたちのおかげで最悪を回避した事には違いない」
「このまま不問が妥当、という事ですね。異論ありません」
リドルは表情を緩める。後輩たちも胸を撫で下ろした。
「だが今の話の通りなら……グリムくんから受けた傷による感染症の類の可能性も出てくるね」
「え、ええ!?」
「あれだけ一緒に暮らしてて何ともなかったのに!?」
エースたちは疑問を示すが、ルークは首を横に振る。
「話によれば、グリムくんの状態はいつもと違ったのだろう?傷から受ける影響も異なる可能性は否定できない」
「そ、そんな……」
「……可能性と言えば、もう一つあるわよ」
「ヴィル先輩、それは一体?」
「……ブロットに込められた『呪い』の影響」
室内が静まりかえる。事情を知らないリドルも、内容と意味は理解する。
「ユウがブロットを取り込む機会があったと?」
「……ええ、そう。長い時間ではないけど、気化したブロットを吸い込んだ」
「だがそれは!」
「この子は魔力が無い。魔法への耐性が著しく低い。……ブロットに込められた呪いにも、対抗できない可能性が高い」
ヴィルの声は低く重い。
「時間差で影響が出た理由までは説明できないけど……あり得ないとも言い切れないわ」
「もし……その、ブロットの影響だったとしたら、ユウは……」
「わからない。……調べればどこかに情報はあるかもしれないけど、今はそんなものを探してる余裕は無い」
魔法の使えない人間がブロットに侵される事は本来起こり得ない。だから対策も必要ない。その前提があるのに、魔法の使えない人間にブロットを投与する、という実験が公式に行われたとは考えにくい。
それに、非人道的な実験の内容は隠蔽される事がほとんどだ。一般人にそんなものが見つけられるだろうか。そもそも存在しているかも危うい。現状への有効な対策を見出だせる確証も無く、現実的ではない。
こうして話している間も、回復の兆候は見られない。高熱が続けば、人体には少なからず悪影響が残る。
ヴィルは眉間に皺を寄せ、唇を噛んだ。少しの沈黙を挟み、意を決したように振り返る。
「……アタシにこの子の治療をさせて」
「ヴィル先輩……」
「明日の昼、いえ、朝までに効果が無ければ、どんな手を使ってでも医療機関に頼りましょう」
「どんな手を使ってでも、って」
「レオナかカリム辺りに頼めば、きっとどうにかしてくれるわ」
「……確かにどうにか出来そう」
エースがぼそりと呟く。デュースも頷いた。
「……分かりました。ヴィル先輩にお任せします。もし何か入り用の事があれば、連絡をください」
「ありがとう。そうさせてもらうわ」
「ぼ、僕たちにも何か出来る事は!」
「今は無い。……でも、そうね。今はちゃんと休んで、元気でいて頂戴。アンタたちまで倒れたら、この子が気に病むわ」
ヴィルの目はいつになく優しい。二人は頷くしかなかった。
玄関に入るなり、悠の身体から完全に力が抜けた。
「ユウ!!」
エースが叫び、頬を叩くが反応が無い。荒い呼吸と高熱は変わらないままだ。
「エース、ユウの部屋の扉を開けてきてくれ。僕がベッドまで運ぶ」
「わかった」
エースは階段を駆け上がり、その間にデュースは悠の身体を抱えた。ゆっくりと、しかし確かな足取りでデュースは進み、無事に部屋のベッドまで辿り着く。
その間にキッチンに走ったエースは氷水とタオルを調達し部屋に戻った。
「救急箱、傷薬とか怪我に使うヤツしかねえや。使い切ったのか用意してないのか知らねえけど、マジ最悪」
濡らして冷やしたタオルを絞り、悠の額に畳んで乗せる。依然として苦しそうな表情は変わらない。
「……どうしよ、これ」
「僕たちじゃ傍にいてやる事しか……」
学園長にもう一度連絡すべきか、と逡巡したが、つい敬遠してしまう。信用できない事も多いが、曲がりなりにも相手は学校の中でも地位の高い存在だ。本来は一生徒が気軽に声をかけていい存在とは言い難い。
「グリムが捕まって結構経ってるから、先生たちも帰ってるだろうし……」
「……とりあえず、ローズハート寮長に報告はしておこう」
「なんて?消灯時間過ぎて抜け出してる事、自分から言うわけ?」
「ユウが高熱なので看病しているって事だけ伝えれば、解ってくれると思う。……多分」
エースは不満げだが、それが悪手とも思っていない顔だった。そしてふと思いついた顔になる。
「ポムフィオーレ寮って、魔法薬学が得意なんだよな?」
「あぁ、そのはずだが」
「ヴィル先輩なら、解熱剤とか持ってねえかな」
「……でも、シェーンハイト先輩も大怪我してるし、もう休んでるかもしれない。そうしたら、朝になって保健室に行くのと変わらないんじゃ……」
「それもそうか……」
二人して黙り込む。自分たちでは手に負えないのは確かだが、このままにもしておけない。
ベッドの上で苦しそうに眠る悠の顔を見てから、互いの顔を見合わせる。
「迷ったら両方!!!!」
同時に叫んでスマートフォンを操作した。とりあえずそれぞれに思いついた連絡を済ませ、看病に専念する。と、言ってもこまめにタオルと、それを冷やす水を取り替える程度の事しか出来ない。ただ、あっという間にタオルが温くなるので結構な頻度で取り替える必要があり、決して暇にはならなかった。
そうして悠の世話を始めて、一時間も経たない頃。
来客を告げるブザーが鳴り、二人は顔を見合わせた。デュースが玄関に向かおうとする前に、外から騒がしい声が近づいてくる。そこから数秒と経たず、部屋の扉が力強く開けられた。
「おどきなさい新ジャガども!!!!ガレットにされたいの!!??」
「ヴィル先輩、いくらなんでも勝手に入っては……!!」
開口一番、罵倒された新ジャガ一号二号が固まる。その間に、ヴィルはリドルを振り払って部屋に入ってくると、真っ直ぐに悠の眠るベッドに向かった。苦しげな表情の悠を見て顔を歪める。
「ああ、なんてこと……かわいそうに」
頬を撫で、首筋に触れる。真剣な表情で一年生を振り返った。
「いつからこうだったの?」
「二時間くらい前です。突然倒れて、そのままずっと意識が戻らなくて……」
「多分、熱はずっとあったみたいなんすけど、オレらが気づいたのがそれぐらいで。それまでは普通の顔してて、オンボロ寮に戻ってきたら力尽きたみたいにバタッと倒れちまって」
「……この子なら限界まで不調を隠しててもおかしくないわね」
ヴィルはやっと冷静になったようで、エースたちに向けていた敵意を引っ込めた。
「頭を打ったりはしてないわね?」
二人が頷くと、ヴィルは深々と溜息を吐く。
「アンタたちにミスが無いのは解った。よく連絡してくれたわ」
「容態はどうです?」
「状況を鑑みて過労や心労の可能性はあるけど、それにしては熱が高すぎる。出来れば早く医者に診せに行きたい」
「学園長に緊急搬送を依頼しますか?」
「…………どうかしら、それ」
ヴィルは物憂げな表情で悠を見た。
「この子、この世界の人間じゃないのよ。戸籍も無い。……アタシたちは生徒としてこの子を承認してるけど、学園長はちゃんとこの子の学籍を用意してるのかしら」
「外に運んだとして、治療を受けられない可能性がある……」
「そ、そんな……」
「八方塞がりじゃん!」
「で、あれば。出来る限り私たちで彼の治療を試みるのが最善かもしれないね」
エースとデュースが部屋の入り口を振り返る。大荷物を抱えたルークが、さも当然という顔でそこに立っていた。
「ルーク先輩、いつからいたんすか」
「ヴィルと一緒に来ていたよ。満身創痍のヴィルに物を持たせるわけにはいかないからね」
後輩たちの視線を受けたリドルが何度も頷く。
「というか、リドル寮長はどうしてここに」
「キミたちの回収に来たに決まってるだろう。……ユウの様子も知りたかったしね」
リドルは真剣な顔で後輩たちを睨む。
「門限どころか消灯時間を超えての無断外出、首をはねるだけじゃなく、反省文に罰当番も加えてやりたいところだが……今回は緊急事態の対処のため、という事で多めに見よう」
「す、すいません、寮長……」
「その代わり、キミたちの知っている事を包み隠さず全てここで説明するように」
「え、そ、それは……」
「出来なければ緊急事態は存在しなかったものとして、しっかりと罰を受けてもらうよ」
エースとデュースが顔を見合わせた。二人してベッドの上の悠を振り返る。ヴィルもルークも処置の手を止め、後輩二人を見つめていた。
「……ユウから連絡をもらったところからで良いっすか。その前はさすがに、オレらも知らないんで」
エースが確認すると、三人がそれぞれ頷く。
「グリムがいなくなったんだけどそっちに行ってないか、って連絡が来たんですよ、遅くに」
二人はその時、寮の自室にいたためどちらも『来ていない』と即答した。悠の返事は『わかった。ありがとう。ごめんねおやすみ』と気遣いの言葉はありつつ割とシンプルなものだった。これ自体はいつもの事。
その後、何度か『見つかったか』『大丈夫か』などと心配でメッセージを送ったが一切の反応がない。痺れを切らした二人は寮を抜け出してオンボロ寮に向かい、自室のベッドの上で寝ている悠を発見した。
「ユウ、その時、右手に怪我してて。それがどうもグリムにやられた傷だったみたいなんですけど」
話を聞いたヴィルが上掛けをめくって確認し、リドルと視線を合わせて頷く。
「とりあえず傷の手当てして、学園長に知らせて……オレたちも探しに出たら割とすぐ『捕まった』って連絡がユウのスマホに来て」
「そのすぐ後に、ユウがふらつきだして、熱があるのが分かったんです」
「それで、アンタたちはユウを連れてここまで戻って、その最中にユウは意識を失ったわけね」
エースとデュースが頷く。リドルは小さく息を吐く。
「学園長が僕たちに捜索要請を出した時点で、キミたちには寮に戻れと指示があったと思うんだが、無視したんだね?」
「…………はい」
「先に捕まえないと、グリムが退治されちまうんじゃないかと思って……」
「しかし、彼らが素直に帰っていたら、ユウくんは一人でグリムくんを探しに出かけて、誰にも知られぬまま倒れていたかもしれない」
「……そうね。結果論ではあるけど、エースたちのおかげで最悪を回避した事には違いない」
「このまま不問が妥当、という事ですね。異論ありません」
リドルは表情を緩める。後輩たちも胸を撫で下ろした。
「だが今の話の通りなら……グリムくんから受けた傷による感染症の類の可能性も出てくるね」
「え、ええ!?」
「あれだけ一緒に暮らしてて何ともなかったのに!?」
エースたちは疑問を示すが、ルークは首を横に振る。
「話によれば、グリムくんの状態はいつもと違ったのだろう?傷から受ける影響も異なる可能性は否定できない」
「そ、そんな……」
「……可能性と言えば、もう一つあるわよ」
「ヴィル先輩、それは一体?」
「……ブロットに込められた『呪い』の影響」
室内が静まりかえる。事情を知らないリドルも、内容と意味は理解する。
「ユウがブロットを取り込む機会があったと?」
「……ええ、そう。長い時間ではないけど、気化したブロットを吸い込んだ」
「だがそれは!」
「この子は魔力が無い。魔法への耐性が著しく低い。……ブロットに込められた呪いにも、対抗できない可能性が高い」
ヴィルの声は低く重い。
「時間差で影響が出た理由までは説明できないけど……あり得ないとも言い切れないわ」
「もし……その、ブロットの影響だったとしたら、ユウは……」
「わからない。……調べればどこかに情報はあるかもしれないけど、今はそんなものを探してる余裕は無い」
魔法の使えない人間がブロットに侵される事は本来起こり得ない。だから対策も必要ない。その前提があるのに、魔法の使えない人間にブロットを投与する、という実験が公式に行われたとは考えにくい。
それに、非人道的な実験の内容は隠蔽される事がほとんどだ。一般人にそんなものが見つけられるだろうか。そもそも存在しているかも危うい。現状への有効な対策を見出だせる確証も無く、現実的ではない。
こうして話している間も、回復の兆候は見られない。高熱が続けば、人体には少なからず悪影響が残る。
ヴィルは眉間に皺を寄せ、唇を噛んだ。少しの沈黙を挟み、意を決したように振り返る。
「……アタシにこの子の治療をさせて」
「ヴィル先輩……」
「明日の昼、いえ、朝までに効果が無ければ、どんな手を使ってでも医療機関に頼りましょう」
「どんな手を使ってでも、って」
「レオナかカリム辺りに頼めば、きっとどうにかしてくれるわ」
「……確かにどうにか出来そう」
エースがぼそりと呟く。デュースも頷いた。
「……分かりました。ヴィル先輩にお任せします。もし何か入り用の事があれば、連絡をください」
「ありがとう。そうさせてもらうわ」
「ぼ、僕たちにも何か出来る事は!」
「今は無い。……でも、そうね。今はちゃんと休んで、元気でいて頂戴。アンタたちまで倒れたら、この子が気に病むわ」
ヴィルの目はいつになく優しい。二人は頷くしかなかった。