1:癇癪女王の迷路庭園
昼食の時間の大食堂は混雑する。昼休みは限られているのだから当たり前だ。結構な広さがあるけど、席を探すのはなかなかに骨が折れそう。
シャンデリアは修繕中らしく、代わりに小さなランプがいろんな所でくるくる踊っていた。声をかけてきたゴーストによれば、無事修理が出来る事になったそうで、数日中には完全に直った状態で戻ってくるとの事。思わず胸を撫で下ろす。
大食堂の食事はビュッフェ形式だ。おかわり自由という意味でなく、好きなものを好きな量取れるという事。メニューによっては個数制限とかもある。通り過ぎてからやっぱりアレが良かった、はこの混雑だと出来そうにない。
別料金を払えば単品のメニューを個別で頼む事も出来るが、ビュッフェに並ぶメニューだけでも相当な品数が並んでいるので、貧乏人の自分たちには縁遠いだろう。
味がおいしいのは、これまでの食事で知っている。トレーに皿を置き、周囲の様子や料理の残量を見ながら自分とグリムの分を確保する。肩車の状態で、たくさん並んだ料理の皿を見ながら、グリムはこれ以上無いくらいはしゃいでいた。
「オレ様、鶏肉のグリルが良い!最後の一個なんだゾ!」
リクエストに応えて最後の一個になった鶏肉のグリルを取る。一人一個の制限は守っているのでここは不可抗力だ。
「あとオムレツも、ジャムパンも!いっぱい取って欲しいんだゾ!」
はしゃいで暴れるグリムが、背中の方で誰かにぶつかった気配がした。
「オイテメエ!」
後ろの方で怒鳴り声が聞こえた。ビュッフェの流れを妨げるので無視。オムレツとベーコンエッグタルトを確保。ナゲットとオーブンポテトも取りすぎない程度に盛る。
「お前がぶつかってきたせいで、パスタの温玉が崩れちまったじゃねえか!」
温玉カルボナーラは単品メニューの中でも人気商品だと書いてあった。比較的安価なのも人気の理由だろう。ビュッフェのパスタはキノコクリームのペンネとラザニアだ。どちらもしっかり確保。
「おいおいおい~ぷりぷりの温玉を崩すのはカルボナーラ一番のお楽しみだぜ?」
ビュッフェの流れに沿って後ろから声が続いている。どうやら絡んできてるのは二人組らしい。ジャムパンとクリームパン、ロールパンとクロワッサンを確保。これは個数制限が各種二つずつなので厳守。バターとバターナイフも忘れずに取る。
「どう落とし前つけてくれんだよ!」
頭が軽くなった。グリムが持ち上げられたらしい。そのまま流れに乗って、スープエリアへ移動。コンソメスープとコーンクリームスープを一杯ずつ確保。皿の空いた所に彩り豊かなサラダを盛り、玉ねぎのソースをかける。脇にポテトサラダを一掬い添えるのも忘れない。デザートエリアではパンナコッタとココアババロアを確保。パンがあるからドーナツはまた今度。セルフサービスのポットに紅茶の葉とお湯を注ぎ、カップを二個指にひっかけた。
「慰謝料としてお前の取った鶏肉のグリルくらい譲ってもらわないと、……おい、お前の連れどこだよ」
「ユウ!?お、オレ様を置いてくなー!!」
空いた席を探して食堂を見回す。ちょうど四人分空いた席があったので、素早く近づきトレーを下ろした。ポットとカップも下ろしてほっと一息。ついてきたエースとデュースが前の席にトレーを置いた。
「お、おい、アレほっといていいのか?」
「ん?んー、だってあそこで揉めたら他の人の邪魔になっちゃうし、食いっぱぐれもやだし」
「食い意地張りすぎだろ……」
慌てた様子で、グリムを抱えた人たちがこちらに歩いてくる。
「オイテメエ、無視とは良い度胸だな」
「ちょっと裏来いよ、痛い目見ないとわかんねえみたいだしな」
「せ、先輩。魔法を使った私闘は校則で禁止だと……」
「はぁ?これは私闘じゃなくて、礼儀のなってない後輩への指導だよ!」
不良の返答に、エースもデュースも不快感を露わにしている。
「後輩相手にだっせー奴」
「んな……!」
「言いがかりをつけてタカろうなんて、風上にも置けねえ!」
「まぁでも、温玉は大事だよね。カルボナーラなら特に」
後ろで二人がずっこけた気配がした。グリムが呆れた顔をする。
「オマエ、どっちの味方なんだ……?」
「食べ物に罪はないので。とりあえずトレーは危なくない所に置いていただけますか?ご指導の間に、万が一こぼれてしまったら大変ですから」
「お、おう……」
不良は素直に、空いたテーブルにトレーを置いた。周りの生徒が固唾を飲んで見守っている。
「それで、なんとご指導なさるおつもりですか?」
「え、えーと……」
「昼休みは短いんです、早くしてください」
「おおおお前、なんかキャラおかしくない?」
温玉の割れたカルボナーラを持ってた不良の胸ぐらを掴んで絞めつつ、至近距離で睨みつけた。
「言いたい事があるならとっとと言えっつってんだよ」
目の前の不良が息を飲む。横で見ていた不良も怯えた顔になった。グリムまで同じポーズで固まっている。
手を離すと不良はその場にへたり込んだ。
「早くご飯食べないと昼休み終わっちゃいますよ、勿体ない」
笑顔で言うと、不良もつられたように笑った。
「ぱ、パスタが伸びちゃうから、今日の所は見逃してやるっ!」
「そうですか、ではまたの機会にどうぞ」
「お前たちみたいな可愛くない後輩、もう世話してやんねえからな!」
「どうぞご自由に」
不良たちはトレーを抱えて、逃げるように去っていった。果たしてそっちに空いてる席があるかは分からないが、いまトレーを置いてた席も埋まっちゃったし、まぁいいや。
「もう、グリム。人が多い所ではしゃがないでよ。面倒なのに絡まれたじゃん」
「お、オレ様も一発かましてやれば良かったんだゾ」
「冗談でもやめてよ。埃が立つじゃない。ご飯食べる所で迷惑になるでしょ」
隣の席にグリムを座らせて、重ねてあった皿を広げる。
「鶏肉のグリルはグリムね。オムレツは?」
「食べる!」
「ベーコンエッグタルトは半分こで。ペンネとラザニアはもらうね」
希望を聞きつつ、取ってきた料理を分けていく。
「いや平然と昼飯始めるかこの流れで!?」
「あ、エースたち先食べ始めてて良いよ。分けるの時間かかるから」
「……ユウは本当に度胸が据わってるんだな……」
「いや、睨んで凄んで不良退散させるって、どんなトコで暮らしてたら身に付くわけ?」
「睨んでただけじゃないよ、ちゃんと首も絞めてたよ」
「余計怖いんだわその情報」
エースは疲れた表情で、自分の皿の料理にフォークを刺す。
「お前ホント、魔法無くてもやってけそうじゃない?その大人しそうな顔詐欺だけで誰にでも勝てそうじゃん」
「んー、まぁそりゃ対処はそれなりに考えてるけど、火とか水とか、魔法そのものには手も足も出ないんだよね。グリムがいてくれた方が助かる所もあるかも」
「オレ様は親分だからな!にゃはは」
グリムは念願の鶏肉のグリルを頬張りご機嫌に笑っている。……さっきのトラブルの原因についてはもう忘れてるんだろうな。先が思いやられる。
「自分よりでけえ奴をメンチ切っただけで黙らせるのはやっぱスゲーよ。なかなかできる事じゃない」
「それ感心するトコか?」
「しかし、優秀な魔法士を輩出する名門校に、あんなテンプレ不良がいるとは……」
「しかも同じ寮だしな。やんなっちゃう」
言われて思い返す。そういえばベストの色は二人と同じ赤だった気がする。
「あ、じゃあなんか変な揉め事になったりするかなぁ。二人が絡まれる事になったら申し訳ないや」
「そういう事は気にしなくていい。その時は僕たちで対処すればいいだけだ」
「そうそう。それにうちの寮は変な規則でギッチギチみたいだから、俺らに構ってる余裕ないっしょ」
「そうならいいんだけど」
「なあ、オマエたちの寮は今朝見たけど、他の寮ってどんなのなんだ?」
「うちの学校は、グレート・セブンに倣った七つの寮があるんだよ」
どっかで聞いた声が隣から降ってくる。振り返ると、ダイヤモンド先輩が隣の席に座る所だった。
「げっ!アンタは!」
「オレ様たちを騙してバラに色を塗らせたヤツなんだゾ!」
エースがのけぞり、グリムが毛を逆立てた。そんな後輩たちの反応に、ダイヤモンド先輩は肩を竦める。
「騙したなんて人聞き悪いなぁ。オレもやりたくてやってるわけじゃないんだよ?寮の外なら例のルールに従わなくて良いし、今のけーくんは後輩に優しい先輩だから」
こちらに顔を寄せ、にっこりと笑う。
「さっきのヤツ、後でちゃんと言っておくから。心配しなくて大丈夫だよ」
「あ、ありがとうございます」
「不良を黙らせるなんてどんな奴かと思ったら、こうして見るとただの可愛い一年生だな」
そう言いながら、ダイヤモンド先輩の向かいの席、デュースの隣に人が腰掛けた。緑色の短い髪に黒縁のメガネ。精悍な顔立ちで身長が高く体格も良い。つり上がった目元だけど、表情が柔らかいのでキツい印象が無い。低く落ち着いた声で、ダイヤモンド先輩より大人びた雰囲気があった。
「えーと、どちらさまで?」
「おっと、悪い。俺はトレイ・クローバー。ケイトと同じくハーツラビュルの三年だ」
クローバー先輩は視線を僕に向ける。
「君がオンボロ……もとい、使われてなかった寮の監督生に着任した新入生のユウ、だろ?昨日はうちの寮の奴らが迷惑かけて悪かったな」
「あ、いえ。こちらこそ。二人には色々助けても貰ってますので、感謝してます」
僕がそう言うと、向かいの二人が何となく落ち着かない様子になる。グリムはポテトサラダを頬張りながら、憮然とした顔だ。
「オレ様が親分で、ユウは子分だゾ」
「ははは、これは失礼。グリムの親分。以後お見知り置きを」
クローバー先輩の芝居がかった挨拶で、グリムは満足したらしく食事に戻る。さりげなく僕のクロワッサンに伸ばした手を叩き落としたら舌打ちされた。油断も隙もねえ。
「まーまー、せっかくだし仲良くしよーよ。とりまアドレス交換で」
「あ、僕スマホないです」
「えっマジで!?天然記念物並みにレアじゃん!最新機種の安いお店、紹介しよっか?」
「ケイト、新入生が引いてるから、ほどほどにな」
クローバー先輩が釘を刺すと、ダイヤモンド先輩は笑って話題を切った。ここも良いコンビな気がする。