5−2:泥濘へ堕ちる美貌の毒華



「…………ヴィル」
 声をかけられて我に返る。痛みに顔を歪めながら、何とか声の方を向いた。
「気分が悪いなら何か持ってこようか」
「いいえ、大丈夫。ちょっと考え事をしていただけ」
 ポムフィオーレ寮に戻ってから、ルークはつきっきりで看病してくれている。文化祭に興味がないはずはないだろうに、何度言っても傍を離れてくれないから、お言葉に甘える事にした。
「……どうしてユウくんを遠ざけたんだい?」
 唐突に切り出される。もしかしてこれを訊くために残ったのだろうか。
「……別に。あの子は一年生なんだから、遊ばせてあげるべきでしょ」
「彼は君の傍にいたいと思っていそうだったよ」
「……見せたくないわ、こんなみっともない姿」
 魔法医術士の処置と魔法薬の効果で負傷は軽減したとはいえ、体力はかなり消耗しているし包帯もすぐには取れない。
 きっと愛らしい顔に涙を溜めて心配してくれるだろう。独り占め出来るのは嬉しいが、悲しんでる顔はやはり見たくない。
「……伝えるのなら、早い方が良いと思うよ」
 ルークが何を言わんとしているのかは解る。やはり彼に隠し事は出来ない。
「伝えないわ」
 素っ気ない返答に、ルークは耳を疑ったような顔をした。
「……どうしてだい?」
「もういいの」
「今更怖じ気づいたとでも?心配など無用だ。君だって解っているだろう?」
 ルークはいつものように胸を張る。
「ユウくんもヴィルを想っている事は誰の目にも明らかだ。きっとユウくんはヴィルの言葉を待っているよ」
「言えるわけないでしょう!!??」
 思わず叫んでいた。手が届けば胸ぐらを掴んでいたかもしれない。上掛けを握りしめてルークを睨む。
「覚えてないとは言わせないわよ。アタシ、あの子を殺そうとしたの!!!!」
「……ああ、ヴィル。だって、それは……」
「気の迷い?混乱していたから?それで許されて良いわけがない!!」
 怒鳴り散らし、膝を抱える。
 ルークがベッドの近くまで歩いてくる。椅子を寄せて腰掛けた。泣きじゃくる頭を撫でる。
「……怖いのよ」
 膝から顔を上げ呟く。
「またどうにもならなくなったら、アタシは、あの子を殺そうとするかもしれない」
「ヴィル……」
「今回はアンタたちのおかげで踏みとどまれたけど、次はそうはいかないかもしれない。……そんな取り返しのつかなくなる可能性は、排除しておくべきだわ」
 自分の身勝手な気持ちで、愛しい人を危険に晒すわけにはいかない。
 高ぶるまま喚けば、今度は勝手に気持ちが落ち着いてくる。深々と息を吐いた。
「……気を使わせて悪いわね」
「いや。キミの決めた事に反対する気は無いよ」
「ありがとう。……それにね、他にやりたい事もできたの」
「……それは、一体?」
「ユウを故郷に、元の世界に帰してあげたいの」
 本人も話していたが、ユウは自分の俳優になる夢を諦めて、自分に託そうとしている。それで全てを忘れようとしている。
 仮に自分と結ばれてこの世界に留まったとしても、ユウ自身の夢に対する姿勢は変わらないかもしれない。
「あの子は自分の故郷で、きちんと自分の夢と向き合って、戦うべきだと思うの」
「……そうか」
「学園長ですら見つけられていないものを、簡単に探せるとは思わないけど……」
「私も協力しよう。……他ならぬ、ヴィルの願いだからね」
「……ありがとう、ルーク」
 手を差し出せば両手で握り返してくれる。
 色々と知りたくない事も知ってしまったが、それでもなお友情を信じられるのだから、過去の蓄積というものは重いのだと感じた。
 信頼できる友に、晴れやかな笑顔を向ける。
「じゃあもちろん、あの子に群がる邪魔者の排除も協力してくれるわね?」
「………………え?」
 逆にルークの手をがっしりと掴んだ。
「だって、許せないでしょう?このアタシが涙を飲んで堪えるのに、他の奴が横からかっさらっていくなんて」
 エースはまだいい。彼はユウが帰りたがっている事を否定していない。引き留めるような馬鹿な真似はしないだろう。デュースも恐らく同じ意見だ。どっちも一年生だし騎士役を任せるには心許ない部分もあるが、この際仕方ない。
 アズールも着実に地位は高めている様子だが、友人以上の関係には程遠いだろう。今のところ危険は無い。
 唐突に出てきたマレウスには驚いたが、ユウの方に全くそのつもりがなさそうなので大丈夫だろう。あの言い回しでユウに愛を囁けるとも思えない。
 現状もっとも警戒すべきはレオナか。本人が好意を隠さず、周りの応援もあり、何よりユウが嫌っていない。いや口説かれる事に戸惑ってはいるようだが、まめにお礼を返したり気にかけている様子なのが癪に障る。
 そしてあともう一人。
「ジャミルも警戒すべきよね」
「ジャミルくんが!?」
「だって、オーバーブロットしたアタシからユウを逃がす作戦はジャミルの独断だったんでしょう?」
 ルークが頷く。
「効率主義のアイツが、ユウを差し出して隙を作る選択肢を簡単に否定すると思えないわ」
「そ……そんな風には見えなかったが……」
「じゃあ無意識でやってるのよ。自覚がないなら余計に質が悪いわ。あざとい男だこと」
 ユウは押されるほど引くタイプだ。下心のあるアプローチには簡単に屈しない。だが無意識に距離を近づけようとする行動にまで警戒が及ぶかは微妙なところだ。
 まぁ、どんな作戦でこようと、無意識だろうと意識があろうと関係はない。
「ええ、徹底的に邪魔してやろうじゃない。あの子の幸せのためだもの」
「……ヴィル、一応訊いておくよ」
「あら、なぁに?」
「もし、ユウくんの方からキミに愛の告白があったら、キミはどうする?」
 一瞬、呆気にとられてしまった。少し考える。答えはひとつしかない。
「もちろん決まってるじゃない」
 誰よりも愛しい人の顔を思い浮かべれば、自然と笑みが溢れる。
「抱きしめて、キスをして、もう一生離さないわ!!」


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