5−2:泥濘へ堕ちる美貌の毒華
「全国魔法士養成学校総合文化祭イン・ナイトレイブンカレッジ!音楽発表会『ボーカル&ダンスチャンピオンシップ』……全てのチームの発表が終了いたしました!」
最後のパフォーマンスが終わり、司会がステージに立つ。
既に日は傾きはじめ、コロシアムの設備をうっすら橙に染めていた。
「それでは各校代表選手の皆さん、ステージへどうぞ!」
歓声の中、出場者席から選手たちがステージへと上る。声援を受ける有名人はその短い時間に手を振る事も忘れない。
改めて、司会が今回の勝敗決定のルールを説明する。大型モニターには投票方法の案内画像が映し出されていた。
「歌唱力、ダンス、演者がどれだけ曲の世界観を表現できていたか……どのチームも非常にハイレベルなパフォーマンスでしたが、どうぞ『一番輝いていた』と思うチームにご投票ください!」
投票ツールの提供など、スポンサー企業を司会が紹介する。出演者も投票作業に入る事から設けられた時間稼ぎだが、タイミングがタイミングだけに反応は良くない。
リアルタイム集計の上、パフォーマンス終了後すぐの投票、結果発表という事もあり、投票にあまり時間を割く事ができないらしい。時間はあっという間に過ぎていく。
「あと三十秒で投票を締め切ります!………そこまで~!!」
司会のカウントダウンが終わると同時に、高らかに鐘の音が響く。
そのまま集計作業が始まるとの案内がされ、会場は無秩序にざわつく。優勝予想を語り合ったり、応援している選手に声をかけるなど、観客は席に座ったまま勝手気ままに過ごしていた。ステージで結果を待つ選手たちは緊張した面もちながらも、こちらも感想を囁きあったり声援に応えたりしている。
「……ただいま、集計が完了しました!こ、これは……こんな事があっていいんでしょうか!?」
結果を受け取った司会が、演技か本気か分かりづらいオーバーリアクションを見せる。
「なんと、第一位と第二位の票数が、たったの一票差です!!!!」
会場がどよめく。
出演者も含めてこれだけの人数がいて、勝敗を分けたのがたった一票。集計プログラムを信用するなら不正のない偶然の結果という事だ。投票に用いたコードもコピーが効かない徹底ぶりであり、相当システムに詳しくなければ不正を働く方が難しいだろう。
「全国から集まった、実力ある学生たち。その歌声は、ダンスは、どんな宝石にも負けない輝きを放っていました」
司会の勿体つけた演説に、出演者も観客も若干苛立ちながら発表を待つ。一部は祈るような想いで言葉の先を見守っていた。
「全てのチームに優勝のトロフィーを進呈したいところですが、涙を飲んで発表させていただきます」
NRCトライブの面々も、真剣な表情で正面を睨む。ロイヤルソードアカデミーの代表も、他の学校の代表たちも、みな緊張した面もちでその時を待った。
「……『ボーカル&ダンスチャンピオンシップ』世界一の栄冠を手にする、優勝校は……」
お決まりのドラムロールがスピーカーから鳴る。その場の人々の緊張が一体になるその瞬間、音が終わった。
「ロイヤルソードアカデミーです!」
観客席から歓声が上がる。出演者は目を見開いて固まった。
「会場中を温かい空気で包み込んだ『みんなでヤッホー』。見る者を一瞬にしておとぎの国へ誘う、彼らだからこそ表現できたピースフルなパフォーマンスでした!」
司会のそれらしいコメントに、観客が改めて沸く事は無い。流れ作業で発表は続く。
「そして第二位は、ナイトレイブンカレッジ!一票差で惜しくも優勝を逃しましたが、高い歌唱力と技術力で圧巻のステージを見せてくれました」
一票差の第二位にも、観客からは盛大な拍手が贈られた。三位以下も含め、全校の投票結果の数値がモニターに一覧で表示される。いかに二校が票を集めたか、圧倒的な差がそこには記されていた。
「素晴らしいパフォーマンスを見せてくれた全ての学校の代表選手たちに、今一度大きな拍手を!」
観客は平等に拍手と歓声を贈る。ステージでパフォーマンスを完遂した全ての学校の代表を讃えた。
しかし、それで簡単に結果が飲み込めるようになるワケではない。
「……嘘…だろ……」
「い……一票、差で…………」
エースとデュースが愕然と呟く。
敗者の心情など完全に無視して、司会が優勝校を前に導く。控えめな優等生らしいコメントをするネージュ・リュバンシェと、彼を支える仲間たちに、観客席からは祝福の拍手が降り注ぐ。
「う、ううう……ぐぞぉぉぉぉぐやじいいぃぃぃぃ~~~!!!!」
大きな目から涙をこぼし、可憐な見た目からは想像できない低い声でエペルが喚く。
「エペル、そんなに泣くなよ。そんなに泣いたら……オレも泣いちゃうだろぉお~~!!」
隣にいたカリムが泣き出す。二人は抱き合って泣いた。傍目には仲間を慰め合っている微笑ましい光景である。観客の歓声が大きすぎて周りには聞こえていないのが幸いと言えた。
「おい、カリム!アジーム家の次期当主の自覚を持て。情けなく号泣する姿が生中継されたらどうする」
「だっで……ぐやじい……ジャミルは悔しくないのかよぉ~~!」
「悔しすぎて、言葉も涙も出てこないよ。頭が真っ白とはこのことだ」
チームメンバーの様子を見かねて、ヴィルが振り返る。
「アンタたち、まだ舞台の上にいるのよ。情けない姿を晒すのはやめなさい!背筋を伸ばして、ライバルの勝利を讃える拍手を忘れずに」
「さすがはヴィル先輩、冷静ですね。こういう展開はもう慣れっこですか?」
少し嫌味が混じったジャミルの言葉を、ヴィルは鼻で笑う。
「冷静?慣れっこ?……そんなわけないじゃない!!」
笑っておきながら、観客には聞こえないように最大限配慮して叫ぶ。
「今すぐロイヤルソードのヤツら全員、舞台から蹴り落としてやりたいわよ!!!!」
あまりに素直すぎるコメントである。もしかしたらステージ上にいる他の学校の生徒にも聞こえたかもしれないが、誰も彼を見る事はなかった。
「アタシがアイツらを罵る下品な言葉を口走る前に、誰か気絶させて頂戴!!」
切実な声だった。歯を食いしばる音が聞こえてきそうなほどの激情を、プロ根性が押さえ込む。しかしどうにも悔しさが滲む声音で、小さく呟いた。
「……ネージュたちに投票した奴らを、呪ってやりたい……っ」
「……ああ、麗しのヴィル。我らが『毒の君』」
花道の先では優勝校代表のインタビューが進む中、ルークが申し訳なさそうに口を開く。
「私の選択が、キミを苦しませることになってしまってすまない。だが、どうしても自分の心を偽る事ができなかった」
「……………は?それ、どういう意味?」
「ヴィルに呪われるべき人間の一人は、私だ」
ルークは懐からスマートフォンを取り出し、画面をヴィルに見せた。
空色の背景に学校を象徴する紋章が描かれている。ロイヤルソードアカデミーに投票した事を示す画面だった。
「それでは優勝チームのアンコールステージです!ロイヤルソードアカデミーチーム、『みんなでヤッホー』!」
盛り上がる会場の歓声にも気圧されたようなタイミングで、ヴィルの身体が傾ぐ。
「わーー!ヴィル!!しっかりしろ!」
「せ、先輩気を確かに!僕の肩につかまってください!」
ギリギリ倒れずに保ったが、NRCトライブの空気は最悪だ。しかし悲しいかな、ナイトレイブンカレッジの選手が大会中に仲違いをするのは世間では割と有名な話なので、他の出場校の生徒も観客も特に気にせず和やかなアンコールステージを楽しんでいる。
「ちょっと、ルーク先輩!?アンタ、なんでロイヤルソードアカデミーに投票してんの!?」
「んだ!信じられねーや!なしてそったはんかくせぇ真似を!」
「言っただろう?どうしても自分の心を偽る事ができなかった、と」
仲間から口々に責められても、ルークに悪びれた様子はない。
「ネージュくんたちは心から自分の力を、そして仲間の力を信じ、歌い踊っていた。私はその姿を見て、『強い』と……『今この時、世界で一番美しい』と思ったのさ」
そう言いながら、ルークは花道の先で踊るネージュを見る。彼と一緒に大観衆も声を揃えて歌う、和やかな光景が広がっていた。
「ヴィル。キミの美を誰よりも信じなければならないのは、キミ自身だ」
再び、ルークは友人に真摯な目を向ける。
「ライバルに勝利するため、自分を磨き上げるストイックなキミは、誰より美しい。けれど……自分を信じられない限り、たとえ世界中の人々に称賛を受けても、キミが心から満たされる事はないだろう」
己への不信は、何よりも輝きを曇らせる。それは『完璧』を遠ざける事だ。
「だがもし、いつかキミが地に伏し、汚泥にまみれ、老いて痩せさらばえた姿になったとしても……『今この時、私が世界で一番美しい』と胸を張ったなら、その決定は伝説の魔法の鏡でさえ覆せない」
己を信じる強さ、誇りこそが、世界で一番の美しさなんだ。
ルークは力説する。
仲間たちの『いやコイツ今更なに言ってんだ』という感じの呆れを含んだ視線を全くものともしていない。
「『毒の君』、麗しのヴィル」
失意に揺れる友を呼ぶ。その声音はどこまでも優しい。
「どうか誰よりキミを信じておくれ。美はいつも、キミと共にある。今この時、キミは最高に美しい」
悔しげな表情で目に涙を溜め、ヴィルは俯いている。
アンコールステージも終わり、閉会が宣言された。最後の拍手が響き、出演者も観客も帰る準備を始める中、まだヴィルたちは動けずにいる。
「ヴィーく~ん!!」
ネージュが花道から駆け寄ってくる。ヴィルの表情を見て驚いた顔をした。
「ヴィーくんが泣いてるのなんて、お芝居以外で初めて見た……」
「みっともないところを見せちゃったわね。……アンタにはいつも負けっぱなし」
「負けだなんて……目に見える数字はそうだったかもしれないけど、君たちだって君たちにしかできない、素晴らしいパフォーマンスだったよ」
百点満点、優等生の受け答えだ。勝者が敗者に言うのは嫌味でしかない、と一部は感じている。
そんな不評は気にせず、ネージュは微笑む。
「確かに僕たちはこの大会で一番になったけど、ヴィーくんたちに投票した人たちにとっては、君たちが『世界一』なんだ」
「ネージュ……」
「だから、ね?ヴィーくん、もう泣かないで」
「ふふ。『白雪の君』の言う通りさ」
まるで子どもをあやすような言いぐさだ。ルークは微笑み、懐からハンカチを取り出す。
「ヴィルは泣き顔より、笑顔の方が美しい。ほら、ハンカチーフを」
「………ありがと」
ヴィルは差し出されたハンカチを受け取り、目元を押さえる。一方、ルークの顔を見たネージュははっとした顔になった。
「君は開場前に僕を呼びにきてくれた……ルークくん、だったよね」
「ウィ。先ほどは急かしてしまって、すまなかったね」
「ルークくん。君、僕の握手会に欠かさず来て、お手紙をくれる『R』さんでしょう?」
空気が凍り付く。一同が疑惑の目をルークに向けた。
「握手会!?」
「お手紙!?」
「え……どうして、それを……?」
「僕を『白雪の君』なんて素敵な名前で綴ったお手紙をくれるのは、ファンの中でも一人だけだから」
さっきそう呼ばれた時にピンと来たんだ、と屈託なく笑う。
「ファンイベントに来る度にブロマイドを全部買って一枚ごとに感想の詩を贈ってくれる『R』さんが、まさか男の人だなんて思ってなくて。びっくりしたよ」
ネージュの笑顔を見て、ルークは恥ずかしそうに顔を俯けた。
「ハント先輩が、ネージュ・リュバンシェのファン!?」
「それどころか、ブロマイド一枚ごとに感想とか……ガチ中のガチじゃん!」
「……もしや、ルーク先輩が合宿に持ってきたあの分厚いアルバムの中身は全部、ネージュ・リュバンシェのブロマイド……!?」
ジャミルの推測に対し、一同が驚きに目を見開く。図星なのか否定しない。
「へえ~。そんなに大ファンなら、間近で会えてよかったじゃないか、ルーク!記念に握手してもらえよ!」
「あ、ああ……そう、だね。……………」
カリムが全く悪気無く背中を押す。ルークは姿勢を正してネージュに向き直った。ネージュは静かにルークを見つめる。
「ルークサン、黙り込んじゃってどうしたの……かな?」
「さすがに気まずいんじゃないの?」
冷たい視線の中、ルークは目から静かに涙を流した。意味不明の様子にドン引きするNRCトライブの面々を余所に、ルークは意を決して目を開く。
「『白雪の君』……こうして名乗るのは初めてです。私はネージュ・リュバンシェファンクラブ会員番号二番……ルーク・ハント」
「ファンクラブにまで入っているんですか!?」
「しかも会員番号、若っ!」
「私は、あなたの美しさで人生を照らされ、希望を胸に生きられるようになったひとりです。こうしてお話する事ができ、光栄です。今日はありがとうございました」
深々と頭を下げる。丁寧な言葉に疑問も抱かず、ネージュは嬉しそうに笑った。
「握手会に来てくれる時は今と全然雰囲気が違うから、すぐに分からなくてごめんなさい。いつも応援してくれてありがとう!」
「今日のステージの感想、また手紙を出します」
「ふふっ、今度はイニシャルじゃなく、ちゃんと『ルーク』って名前を書いてくださいね」
ルークは照れくさそうに頷く。普段のとらえどころのない様子からは想像もつかない、年齢相応の少年らしい振る舞いだった。
「ネージュ・リュバンシェ……さすがの対応だな。彼が愛される理由がわかった気がするよ」
呆れながらもジャミルは冷静に分析する。
「世界的大人気タレントにして、細やかな対応。あれは確かに『強い』」
「いやぁ、ルーク先輩がインパクトありすぎるファンなだけな気もするけど……」
後輩たちと呆れ顔で友人を見守っていたヴィルは、深々と溜め息を吐く。
「酷い男。最後の最後に、とんだ裏切りだわ」
「……私がロイヤルソードアカデミーに投票した事と、私がネージュのファンだった事は関係ない。私は……」
「ストップ」
涙も拭わず弁明するルークを、ヴィルは無表情に遮る。
「アンタがそういうタイプじゃない事ぐらい、言われなくてもわかってる。馬鹿にしないで」
そして、口元に笑みを浮かべた。
「……アンタとは二年の付き合いだけど、ネージュのファンだったなんてちっとも気づかなかったわ。本当に食えない男」
その言葉にわだかまりは感じられない。ヴィルは借りていたハンカチをルークに差し出す。
「……さっさとその涙を拭きなさい」
「メルシー、『毒の君』」
二人はすっかり元通りだ。その様子に、ネージュも笑顔を見せる。
「ふふっ、ヴィーくん。いつもの笑顔、戻ってきたね!」
そして何かを思いついた顔になり、ヴィルの手を取った。
「ねえ、一緒に歌おう。みんなで歌えば、きっともっと笑顔になれるはずだよ」
「えっ?」
「ほら、行こう!」
「ちょ、ちょっと、ネージュ!」
すでに帰りかけていた観客たちが、ヴィルたちの様子に気づいて足を止める。片づけを始めていたテレビ局のスタッフも、慌てた様子で機材を構えた。
「見て!ネージュとヴィルが手を取り合ってる!」
「世界レベルの二人が互いの健闘を称え合って……なんて美しい光景なんだ!」
観客たちは二人を歓声と拍手で迎える。ネージュは他のメンバーにも手招きした。
「ナイトレイブンカレッジのみんなも、一緒に歌おう!」
「えっ、え……ええ~~~~~っ?」
戸惑っている面々を、ロイヤルソードアカデミーのドワーフたちが後押しする。その様子にも新たな歓声が上がった。
「いくよー!さん、はいっ!」
観客からの期待の視線に飲まれ、ネージュの号令で歌い始める。伴奏は無いが、観客の声や手拍子もあって、音を外しても歌詞がうろ覚えでも誰も気にしない。
そしてサビに入るところで、スタッフが伴奏を再生した。ヴィルはネージュと笑顔で並び、童謡であっても手を抜かず歌声を響かせる。
短いアンコールが終わると、再び歓声と拍手が会場を満たした。
「みんな、どうもありがと~っ!ほら、ヴィーくんも!」
「ふふ、みなさん、また会いましょう!」
二人揃って観客に手を振る。歓声も拍手もしばらく鳴り止まなかった。
「また二人が仲良くなれてよかった!」
「なんて美しい光景なんだ……ボーテ、百点……」
「さ、さすがだな、ヴィルサン……」
「舞台から蹴り落としたいとまで言ったライバルを隣に笑顔で歌いきってみせるとは……これがプロか」
二人が手を振るのを止めても、まだ歓声も拍手も止まらない。観客に百点満点の笑顔を向けていたヴィルは、頃合いを見てマイクを切る。
「………………あ~~~~~~~~~~っ!!!!やっぱり誰か今すぐアタシを気絶させて!!!!!!!!」
………