5−2:泥濘へ堕ちる美貌の毒華
ステージ裏へと入り、建物の中に至るまで、ヴィルは笑顔のまま真っ直ぐに歩いていた。入場を待機している出演者たちが憧れの眼差しを向ける中、呻き声と共にその身体が傾ぐ。
「ヴィル!」
ルークが咄嗟にその身体を支えた。タイミング良く駆け込んできたマネージャーから応急処置の道具を受け取る。
「……アタシ、最後まで舞台に立っていられたのね」
「ああ、そうだとも。誰一人欠けずに、最後まで舞台に立っていられた」
ヴィルの表情はどこか安らかだった。ルークが手際よく処置を行う間も時折痛みに顔を歪めてなお、緊張の糸が緩み落ち着いた雰囲気がある。
「ヴィルサン、本当にやりきっちまった……」
「音程ハズしなし、ダンスのトチりなし」
「マジですげぇ根性だ……シェーンハイト先輩」
「いいや。すごかったのはヴィルだけじゃない」
尊敬の眼差しを向ける一年生たちに対し、ルークは首を横に振る。
「キミたちも、今までで一番素晴らしいパフォーマンスだった。私は、キミたちと共に舞台に上がれた事を誇りに思う」
「お互いを讃えあうのはまだ早いんじゃありませんか?」
やりきった空気にジャミルが水を差す。
「優勝のアナウンスを聞くまでは、まだ終わってない」
「でも、やれるだけの事はやった。きっとオレたちのパワーは会場のみんなに伝わったと思うぜ!」
「ああ。あとは、運命の女神が我らに微笑んでくれる事を祈ろう」
結局は、もうやるべき事は終えた後だ。結果を待つしかない。
「……さ、出場者席へ行きましょう。他のチームのパフォーマンスも見なくちゃ」
「ヴィル。君は楽屋で休んでいた方が……」
「そういうワケにはいかないでしょう。アタシひとりいなかったら不自然じゃない」
「だけど……」
「大した怪我じゃない。そうでしょう?ちょっとよろめいただけよ」
話を合わせろ、と言わんばかりにヴィルはルークを睨む。ルークは溜め息を吐き、小さく頷いた。
「そういうわけだから、小ジャガ。楽屋の番は任せるわよ」
「はい」
立ち上がったヴィルは、救急箱を抱える悠の両肩をがっしりと掴む。
「いいこと。誰が来ても扉を開けちゃダメよ」
「は、はぁ……」
「学園長が来ても、マレウスが来ても、ネージュが来ても!!アタシたちが戻るまで絶対に開けちゃダメよ、いいわね!?」
「わかりました……お留守番頑張ります……」
「マネージャー二号もよ」
「わ、わかったんだゾ」
二人の返事にようやく満足し、ヴィルはルークと共に会場へ向かって歩き出す。悠とグリムに見送られながら、他のメンバーも後に続いた。
「……過保護……」
ぼそりと誰かが呟いたが、ヴィルが無言で後ろを睨んだため、それ以降は席につくまで誰も喋らなかった。