5−2:泥濘へ堕ちる美貌の毒華



「あ~~~~~マジ疲れた!もうなんもでねぇ!!」
「お、オレ様ももう火が出せねえんだゾ……」
 エースが大の字でひっくり返る横で、グリムもへなへなと地面に座り込む。
「お前たち、ブロットが残ってるかもしれないんだから気軽に寝っ転がるな」
「ははは、まぁいいじゃねえか。すっかり外も晴れたみたいだし!」
 小言を言うバイパー先輩の心配を、アジーム先輩が笑い飛ばす。つられて空を見上げれば、嵐は消え去り明るい空が戻っていた。黒い霧も薄れつつあるようで、じきに屋内からも消え失せるだろう。
 ハント先輩がシェーンハイト先輩の傍らに跪く。エペルがそれに続いた。
「ヴィルサン、大丈夫け?」
「オーバーブロット……話には聞いていたが、凄まじいものだった。魔法士の命すら奪う、という話だが」
「まだ楽観は出来ませんけど、僕が遭遇してきたケースは全員回復してます。シェーンハイト先輩も、きっと大丈夫です」
 眠ったままの顔を見つめる。傷を受け汚れてはいるけど、やっぱり綺麗。
「……ユウサン、もしかして慣れてる?」
「多いのか少ないのか分からないけど、稀少な事例の割にはぶち当たってる気がする」
「た、大変だな……」
「……だが、今の言葉で少し気が楽になった」
 ハント先輩は優しい表情で言う。
「あの嵐と同等のものに幾度遭遇しても生き延びた君が今、ヴィルの隣にいるのだから希望が持てる」
 心からそう思っていそうな声音だった。きっと普通なら疫病神扱いされる所だろうに。
 それとも実は遠回しにディスられてるんだろうか。本心が分かりづらい。
「……ぅ……」
「ヴィル!」
 シェーンハイト先輩の瞼が震える。程なくうっすらと目が開いた。しばらく混乱した様子で周囲を見回し、そして深々と溜め息を吐く。
「……とんでもない醜態を、晒してしまったようね」
 オーバーブロットの間の記憶は無くなる事が多いから、実感は無さそうだけど。
 いつものシェーンハイト先輩がいる事に、みんなが安心した様子を見せた。
「よかった。瞳にいつもの輝きが戻ったね」
「ほんとによかった……ううっ、ヴィル~。心配させやがって……」
「なんでお前が泣いてるんだ、カリム」
 仲間のそんな姿を見て、何も感じない人ではない。いつになく苦しそうな表情をする。
「……癇癪を起こして他人に当たり散らすなんて、最低だわ。この世で一番、美しくない行為……」
「そうですね。癇癪を起こしていいのは三歳児までじゃなかったですっけ?」
 根に持ってる……。
 苦笑していると、シェーンハイト先輩も困ったような顔で笑っていた。
「そうね……エペルの言う通り」
 応えた言葉は決して冗談の調子ではなく、真摯に受け止めている。自らの起こした事態を、心から後悔している様子だ。やっと起きあがれたけれど、その表情は暗い。
「こんなアタシは、もうアナタたちのリーダーでいる資格なんて……」
「自惚れてはいけないよ、『毒の君』」
 彼の弱気な台詞を、ハント先輩は厳しい声で遮った。意味が分からないと言う顔で見上げるシェーンハイト先輩に、ハント先輩は一転して優しい笑顔を向ける。
「残念だが……私たちは誰一人、地に伏していない」
「ルークの言う通りだぜ、ヴィル。お前はまだ、誰も傷つけてなんかない。取り返しのつかない事なんか、何もしてないんだ」
「ネージュ・リュバンシェも今頃、七人のドワーフと暢気に踊っているんじゃありませんか?」
 呆然とするシェーンハイト先輩に、アジーム先輩は笑顔で、バイパー先輩は涼しい顔で言葉をかける。
 不安そうに僕を振り返った。僕は笑顔で何度も頷いてみせる。
 そう、何も起きてない。みんなの怪我と、会場の大惨事以外は。 
「つーか、オレらの事あんだけビシバシしごいといて、こんくらいの怪我でリタイアするとかナシでしょ!」
 エースがいつもの調子でニヤリと笑う。ホントぶれないな、こいつ。
「やや苦しいが……レッスンに熱が入りすぎてメンバーで喧嘩をしただけ、という事で」
 バイパー先輩が言い訳を提案すれば、誰からも異議は上がらない。シェーンハイト先輩だけが、厳しい表情でバイパー先輩を見る。
「アンタたち……この騒ぎを無かった事にしようっていうの?」
「そうは言っていません。ただ、先生方に事情を説明するのを、大会の後にするだけです」
 表情ひとつ変えず、バイパー先輩は言い切った。どうあっても『VDC』を優先する気のようだ。
 優勝を思い詰めるがゆえに暴走したシェーンハイト先輩への気遣いでもあるのだろうけど、それを口にする者は一人もいない。
 先輩の口元にやっといつもの不敵な笑みが戻ってくる。ふらつきながらも自力で立ち上がった。
「……ジャミル、アンタやっぱり悪い男……っ!」
「ヴィル!」
「先輩!!」
「少しよろけただけでしょう。情けない声出さないで」
 僕とハント先輩が同時に声をあげ手を伸ばすと、シェーンハイト先輩は心外という顔で諫める。しかし僕もハント先輩も手を引かない。背中に手を添えて隣に並ぶと、困った顔をされた。
「まぁ、頑強な杖だこと」
「あれだけのダメージを負ったんだ。どうか無理はしないで、私の肩に身を預けておくれ」
「頑丈なのが取り柄なんで、使ってください!」
 溜め息を吐かれる。諦めたように、僕とハント先輩、それぞれの肩に手を回してくれた。
「そういえば、化け物を最後にぶっ飛ばしたデュースの魔法……あれ、なんだったわけ?」
「たしかに、あの強烈な一撃、スゴかったんだゾ!オメーいつのまにあんなスゲー魔法覚えたんだ?」
 エースが疑問を口にすると、グリムも目を輝かせてデュースに訊いた。しかしデュースの方は首を横に振る。
「いや、あれほどの威力が出たのは僕じゃなくてシェーンハイト先輩のおかげだ」
「……どういう事だ?」
「あの魔法は、相手から食らったダメージを僕の身体に溜めて、そのまま相手にぶっ込むものなんです」
 反撃技、という事だろうか。自分のダメージを溜めないといけないのは使い勝手が微妙な気がするが、わかりやすくはある。
「つまり、シェーンハイト先輩が僕に食らわせた魔法が強かったから、あれだけの威力が出た」
「なんじゃそりゃ!喧嘩のお礼参りかよ!?」
「物騒な言い方するな!エペルと海に行って絡まれた時に、初めて使えたんだ」
 その時は無意識に発動したため、使い勝手もよく分からなかったらしい。
 そういえばあの時、暴走した魔法で反撃したらしいとは聞いたな。どんな魔法かまでは気にしていなかった。
「うっかりで一般人を魔法で攻撃するな。ことによっては停学モノだぞ」
「うっ、す、すんません」
 バイパー先輩に釘を刺されて素直に謝る。この話で怒られるの何回目なんだか。
「でも、あれから何度やってみようとしても全然使えなくて、さっきシェーンハイト先輩に本気でボコボコにされて、やっと感覚が掴めたっつーか」
 デュースの告白を聞いて、アジーム先輩が笑い出す。
「ほらな、やっぱお前は難しく考えちゃダメなんだよ。つまり、それがお前の個性って事だろ!」
「個性?」
 デュースははっとした顔になった。自分の両手を見つめる。
「そうか……もしかして、これが僕の……ユニーク魔法!?」
「無自覚だったの!?」
「あ、ああ。必死だったからよく覚えてないんだ。……もしかして僕、呪文唱えてたか!?」
「結構はっきり言ってた気がするけど……全然呪文っぽくはなかったと思う」
「やばい、全然覚えてねえ!あとで教えてくれ、ユウ!」
「え、覚えてないよ!?エースは?」
「俺だって知らねえよ!!エペルは!?」
 エペルも首を横に振る。グリムも、アジーム先輩も知らないとジェスチャーしている。バイパー先輩は無視する姿勢だ。望みを失ったデュースが、頭を抱えて膝をつく。
「マーヴェラス!素晴らしいよ。見事に殻を破った姿を見せてくれたね、ムシュー・スペード」
 そんな後輩たちのやりとりを完全に無視して、ハント先輩はデュースを誉めたたえる。
「ごらん。ヴィルもキミの渾身の一撃にもう全身メロメロさ」
「全身ボロボロの間違いでしょう。あとアタシが食らったわけじゃないから」
 律儀にツッコミを入れてから、シェーンハイト先輩は満足そうな笑みを顔を上げたデュースに向けた。
「でも……確かに。アンタの最後の一撃、いい迫力だった。やるじゃない、デュース」
「……はいっ!!」
 デュースは素直に誉められた事を喜んでいるが、正気に戻っていたとはいえ、オーバーブロットしていたシェーンハイト先輩はどれぐらいあの瞬間の事を覚えているんだろう。
 ちらりと顔を見ると目が合った。悪戯っぽく笑って、唇を横に結ぶ。はい、分かりました黙ってます。
「というか、一度も成功した事がなかったのにあんな自信満々だったのか?発動したから良かったものの、正面からブロットの塊まで食らって不発だったらどうする気だったんだ」
 誉められて浮かれたデュースが、バイパー先輩の指摘でまた萎れる。
「まあまあ!成功したんだからいいじゃねーか!」
「……まったく、いきあたりばったりなヤツの考えは理解できない」
 すっかり小さくなってしまったデュースとバイパー先輩の間に入り、アジーム先輩は屈託無く笑った。バイパー先輩もその笑顔に毒気を抜かれたようで、不満そうながら怒りを引っ込める。
 一方、一年生たちは落ちこぼれ寄りの成績であるデュースに先を越された事にショックを受けていた。いや、エペルは最初の修得の瞬間を見ていたからか、余裕の表情だが。
「デュースがオレより先にユニーク魔法覚えるなんて……マジかよ~……?」
「オレ様、絶対にデュースにだけは先を越されないと思ってたんだゾ」
「僕たちも頑張らないと、かな!」

19/28ページ