5−2:泥濘へ堕ちる美貌の毒華
今朝見たばかりのステージは、細部まで設備が整い完成していた。
中央の花道に客席の高さまで降りられる階段、出演者を映す大型モニターを備えたコンサート向けのステージ。屋外の開放感はありながら、照明などの設備は急拵えとは思えないほど整っている。魔法の世界だから、というだけではなさそうだけど詳しい事はさすがに分からない。
スポンサーのテレビ局が用意した何台ものカメラがステージに向けて設置されており、撮影された映像はテレビやネットを通して全国中継される。この辺りはプロが担当しているらしく、見慣れない大人が何人も機材の近くにいた。それ以外のメディア関係者は、大会が始まった後に生徒たちが座る席のエリアに待機している。
基本的な流れとして、司会の紹介アナウンス後から持ち時間の消費が開始され、時間内にステージ上からの退場まで済ませるルールとなっている。
厳密にはステージから降りる場所はモニターを挟んで上手と下手にひとつずつ、合計二箇所設置されているが、楽屋、つまりコロシアムの建物内に続く出入り口はひとつしかない。これは構造上仕方ないのでスタッフがぶつからないように誘導する事になる。
出入り口間の隙間の部分には目隠しとなる構造物が作られ、ステージ上のモニターと同じ映像を映す特大のスクリーンが設置された。これによって本来はステージの背面となり観客の入る意味がない部分が見切れ席として扱われ、その分安いとはいえ入場料を発生させられている。
抜け目がない。
何が巧いって、構造物は建物の出入り口からステージへの入り口の間の全てを覆っているワケではないので、この背面の席からはステージ正面からは見えない入退場の様子が見える事があるのだ。ファンにとっては下手な正面スタンド席より価値のある特等席、というわけである。
スタッフの誘導でNRCトライブの面々がステージへと上がっていく。各校のパフォーマンスには花道と階段は使われない。終了後の表彰やアンコールステージで使われるものらしい。
入場待機場所でグリムを抱えてモニターを見守った。練習通りに全員が並び、舞台上が静かになる。
音楽と共に止まった時間が動き出す。シェーンハイト先輩の伸びやかな歌声が、人のほとんどいない会場を完全に支配した。練習とは違う照明がステージを照らし、彼らを強く輝かせる。
音響も照明もいつもと違う。本番だからこその迫力。
しかしそれに気圧される事は一切無く、誰もが自分の仕事をやりきっていた。プレッシャーしかないだろうに、誰の目にも迷いや焦りは見られない。
『いま自分たちは、世界で一番美しい』
そう言わんばかりの、自信に満ちあふれたパフォーマンスだ。作業していた人たちでさえモニターに釘付けになるくらい、濃密な時間。五分も無いその時間は一瞬のように過ぎたのに、瞼に永遠に焼きつくのではないかと思うほど目映い。
思わず深く息を吐く。会場の方からは少なくない拍手の音が聞こえた。
退場を見計らって顔を覗かせると、アジーム先輩がこちらを見るなりぱっと笑顔になった。
「ユウ、グリム!どうだった?オレたちのパフォーマンス!」
「格好よかったです!」
即答するとみんなも嬉しそうな顔だ。デュースは胸を撫で下ろしている。
「舞台の上、レッスン室に比べて凄く広くて……でも、のびのび踊れて気持ちよかった、かな」
「君も言うようになったじゃないか」
バイパー先輩に言われて、エペルが困ったように笑う。でもそう思えたのなら本当に良かった。リハーサルから緊張している方が問題だし。
一仕事終えてほっとしている面々を余所に、シェーンハイト先輩は表情を崩さない。
「今の映像、すぐに確認したいわ。正面じゃなく、舞台横からの見え方が知りたい」
「リハーサルから録画ってされてるんですか?」
「メディアが宣伝映像を出すでしょうから。少なくともウチと、ロイヤルソードアカデミーは、ね」
「シェーンハイト先輩にデータをメールで送ってもらうようにお願いすればいいですか?」
「そうね。録画データは放送室で管理してると思うわ」
「じゃあ行ってきます。グリムはマネージャーとしてみんなと一緒にいてね」
「まかせとけ!」
精密機械がある所にグリムを連れてはいけない。厳密にはステージ傍も音響や照明の機械があるので危なくはあるけど、抑止できる戦力が多いのでこちらの方が安全だろう。
「ヴィルくん、取材の時間をもらえるかな」
「ええ、構わないわ」
そんな会話が聞こえてくるのを背に放送室へ向かう。
放送室は元からあるコロシアム内への放送を管理する部屋だ。マジフト大会等のスポーツ大会の実況席もここにある。ちょっと高い場所にあって移動が面倒だし、そもそも普段は鍵がかけられてて、普通の生徒には縁の薄い場所だ。
だから普段の雰囲気もろくに知らないが、こちらはこちらで慌ただしく殺気立っている。リアルタイムで中継と配信を行うのだからまぁそうなるだろうという話だが。
一人で来たのは失敗だったかも、と思いつつ辺りを見回す。指示を出してる人の手が空いた瞬間を見計らって近づいた。
「すみません、ナイトレイブンカレッジの者ですが」
「あぁ?……ああ、ごめんね。何の用かな?」
「ヴィル・シェーンハイトさんからのお願いで、舞台側面からの録画映像を至急送ってほしいとの事なんですが」
「あーはいはいヴィルくんね。ちょっと待ってて」
テレビ局の人らしい男性は最初こそ苛立たしげな顔をしていたが、僕がナイトレイブンカレッジの生徒であると気づいて表情を緩め、更にシェーンハイト先輩の名前を出すと態度が軟化した。露骨。
男性はモニターがいくつも並んでいる所に向かい、パソコンに向かっている人たちに何事か話しかけていた。邪魔にならないよう壁際で大人しく待つ。
ステージ上を映したモニターを見ていると、シェーンハイト先輩の取材が丁度終わった所のようだ。先輩が出入り口に引っ込んでいく。
「ああ、ごめんね、キミ」
「はい?」
「ちょっとプロモーション映像の編集に手間取ってね。次はロイヤルソードアカデミーの映像を撮らないとなんで、もうちょっと待っててもらえるかな?」
「あ、えーとはい。大丈夫です。じゃあシェーンハイト先輩に伝えて……」
「あー、いや、えっとね。万が一って事もあるから、作業終わるまでちょっとここで待っててくれるかい?」
「……わかりました」
大人にそう言われては子どもは逆らえないものだ。機械の事は何もわからないし。
やむを得ずまた壁際に立つ。モニターが見える位置で良かった。
舞台上にネージュ・リュバンシェが立つ。ここからは本番と同じ動きのはずだ。
果たしてどんなパフォーマンスをしてくるのだろう。
『みんな~っ、出ておいで~!』
『はーいっ!』
ネージュが声を張り上げると、入場口から小柄な人物が七人、ステージ上に飛び出してきた。多分、全員がドワーフ族。揃ってロイヤルソードアカデミーの制服を着ているが、髪色も立ち姿も様々だ。その中には、さっきメインストリートでローズハート先輩が助けた子たちもいる。
『会場のみなさん、はじめまして!僕はロイヤルソードアカデミーの、ネージュ・リュバンシェですっ』
舞台の上でも変わらない、人なつっこい笑顔で喋る。本番用であろう口上をリハーサルの場でも違和感なく言い切ってみせた。
『さあ、みんな。ご挨拶は?』
前に並ぶドワーフ族の生徒たちに自己紹介を促す。真面目だったりとぼけていたり、誰一人同じ無難な挨拶のない個性豊かな面々だ。会場のメディア関係者が笑う声が遠くに聞こえている。
『みなさんに楽しんでもらいたくてたくさん練習してきました。聞いてください。「みんなでヤッホー」!』
ネージュが曲名を言ったのを合図に音楽が流れ出す。軽やかで明るい、親しみやすい音楽。子ども向け番組で流れてきそうな曲だ。
「へぇ、童謡のアレンジか。考えたなぁ」
そんな声がテレビ局のスタッフから聞こえたので、童謡が原曲らしい。
メインボーカルはネージュ、周囲がコーラスという配役のようだが、ダンスは簡単なものであまり揃っていない。曲の時間は短く感じるぐらいだ。
画面に目を引きつけられながらも、血の気が引くような思いだった。ヤバい、と思ったのも多分、間違いじゃない。
現に周囲のテレビ局のスタッフは、作業も忘れてモニターに見入ってる様子だった。これは尋常じゃない。
パフォーマンスの精度だけで言えば、NRCトライブの足下にも及ばない。もしかしたら他校の出場者にも劣るかもしれない。
だけどこの『ボーカル&ダンスチャンピオンシップ』は完全実力主義の大会じゃない。高校生以上の実力を持つシェーンハイト先輩が学内で条件無しのオーディションを行っておきながら、実力以外でメンバー選出を行ったのが何よりの証拠だ。
勝敗を決めるのは一般入場者たちの投票だ。おそらく、物語を感じさせるような演出も加点要素になりうる。
だからネージュ・リュバンシェへの対抗要素であるエペルと、選抜から現在までの成長が劇的なデュース、その対として象徴的なエースも選ばれている。ある程度の個性を残す振り付けもそれらを活かす意図があっての事だ。
そしてリーダーとなるシェーンハイト先輩に合わせて、クールな演出を徹底している。そのため前後に挨拶や自己紹介の類を入れておらず、パフォーマンス外で個性が出る所は出入りの移動時間に限られる。手法としては別に間違った事はしていないだろう。制服の細かな着こなしの違いのような、個性を強調しないからこそ際立つものもある。楽曲の雰囲気を考えれば順当だ。
そう、面白味がないほど順当、正当派だ。
対するロイヤルソードアカデミー。センターが世界的な人気者である事はNRCトライブと同じだ。
大会のためのオリジナル曲の制作が珍しくない状況で、子どもから大人まで親しみやすい童謡のアレンジを選んだ。まずこれが大会の中で大きく目立つだろう。
オリジナル曲は熱意を強調できるが、大会の性質上、本番に初めて聴く事になるし、好まれるかは人による。対して有名な童謡なら、好き嫌いに関係なく誰でも聴いた覚えがあり、フレーズも単純で耳に残りやすい。
その上に楽曲自体が短いので、持ち時間が限られる中、前後の演出を凝る事が出来る。この空き時間をネージュの愛嬌とドワーフの子たちの個性の強調に振り、それぞれの印象を強め親しみを感じさせた。
通常、男子高校生が童謡のアレンジを可愛らしく歌ったところでギャップが大きくて共感票は集められない。これをドワーフ族という外見が子どものメンバーを揃える事でクリアしている。先の個性の強調も手伝って、揃わない振り付けやミスさえ微笑ましく映る。実際にそんな雰囲気だった。
更にネージュ・リュバンシェならではの特性である、愛らしく親しみやすいキャラクターと全く矛盾しない。下手に流行の歌を歌うより、『らしい』かもしれない。
何もかもが完璧な演出に思えた。
オリジナル曲に限定されていれば、NRCトライブはきっと優勝する。まず間違いない。
だけど『VDC』のルールはそうではないのだ。
そして今、ロイヤルソードアカデミーの選曲と戦略を知った所で、出来る事は何もない。パフォーマンスは完成してしまった。否、ロイヤルソードアカデミーと同じ事をした所で、シェーンハイト先輩ではイメージが合わなさすぎる。
自分たちを信じてパフォーマンスを研ぐ事しか出来ない。
「……ちょっと、キミ?」
横から声をかけられて我に返る。モニターに映るステージ上には、もうネージュたちの姿は無かった。
「すみません、考え事をしてました」
「ヴィルくんに動画を送っておいたよ」
「ありがとうございます。お手数おかけしました」
「いや、こちらこそ遅くなって悪いね、それでなんだけど」
頭を下げて、ん?と思いながら顔を上げると男性と目が合う。嫌な予感がした。
「キミ、ヴィルくんの付き人してるの?」
「あ、ええと。大会中はチームのお手伝いをさせていただいてます」
「じゃあ、同じ事務所に?」
「いえ、事務所とかは別に……」
「ふぅん。そうか」
上から下まで見られてる感じが居心地悪い。うまく話を切り上げて戻らないと。
「モデルとか興味ない?タレントとか」
「あー、いえ全然全くさっぱり」
「そう言わないで。良かったら話だけでも聞いてよ」
「いえ、本当に結構です」
「またまた。ヴィルくんの付き人やってるのってそういう下心があるからでしょ?ウチならもっと近道させてあげられるよ」
逃げようとしたら腕を掴まれた。振り払おうとして機材が目に入り思いとどまる。こういうの弁償とかさせられたくない。
「まずは次の休みにでも学校の外で」
「おつかれさまでーっす!」
男性の言葉を遮るように、後ろからクソでかい声が聞こえた。子どもの声が後に続く。
振り返れば、ネージュがドワーフ族の子たちと一緒にこちらに歩いてくる所だった。男性が慌てた様子で僕の腕から手を離す。
「ね、ネージュくん、どうしたんだい?」
「事務所の人から、データを送ってもらうように頼みなさいって言われましたので、お願いに来ました!」
「え、データはもう送りましたよ?」
「あ、そうだったんですね。行き違いになっちゃった。ありがとうございます!」
ありがとうございます、とドワーフたちの声が続く。スタッフの皆さんはすっかり癒されてる様子だ。男性もばつが悪そうな顔をしている。
「ユウくん、用事終わった?」
「え、あ、はい。まぁ」
「じゃあ楽屋まで一緒に戻ろ?」
さっきまで掴まれていた腕を、今度はネージュに取られる。壁際から引き離されると、ドワーフ族の子たちに囲まれた。
「リハおつかれさまでした!本番もよろしくお願いしまーす」
「よろしくお願いしまーす!」
テレビ局の人たちの暖かい視線を浴びながら放送室を後にする。入場待機場所の辺りまで来ると、ようやくネージュが足を止めた。
「……ちょっと強引だったかな?」
「え?」
「あの人、話長いんだよね。遊びに行こうって何度も誘われるし、マネージャーさんが来るまでずっと話しかけられちゃうの」
「そ……そうなんですか」
ネージュも『被害者』だったらしい。……そういう顔が好みの人なんだろうな、多分。
ネージュの言い方に、ドワーフたちの何人かは溜息をつく。
「いくらなんでもネージュは警戒心が無さすぎると思います」
「あんなヤツぶっとばしちまえばいいんだ!ケッ」
「グランは極端すぎます」
「でもなんか、ちょっとイヤだよね……へぷちっ」
何人かが小さく頷いている。いや一人は寝てるから頭が揺れてるだけだった。
「ともかく、助かりました。ありがとうございます」
「どういたしまして!」
素直に頭を下げれば、満点の笑顔がこちらに向けられた。眩しいしなんか所在ない。
「じゃ、リハーサルも終わったし、文化祭の展示を見に行こう!」
『さんせーい!』
金髪の子が高らかに言うと、他の子たちが飛び跳ねて意思を示し、寝ていた子も起きた。
今度はネージュが呆れた顔になる。
「さっきも迷子になったのに、また行くの?」
「もう道は覚えただろ」
「はい、今度はここに戻ってくればいいんですし、はぐれないように気をつけます」
「見たい所がいっぱいあるし……へぷちっ」
「お昼ご飯の時間なら、展示も空いてると思うし……人がいっぱいいると恥ずかしくてゆっくり見られないぃ……」
「すぴー……」
「ん?で、何しに行くの?」
「文化祭に遊びに行こう!」
「やったー!」
「ちょっとちょっと!お弁当はどうするの?」
「ちゃんと戻ってきたら食べるよー!」
「一時間くらいで戻ってくるから……」
話がどんどん進んでいる。ネージュはどうやって説得しようか考えている様子だ。
さっきまではネージュという保護者に従順に見えたのに、今はなんだか勝手気ままに振る舞っている。よくよく考えたらドワーフ族の彼らもネージュとは同世代って事だから、この態度は当たり前かもしれない。
でもなんか子どもに振り回されているみたいで、見てて面白い。
「あ、でもネージュはひとりで出てくるなよ。また変なヤツに絡まれたら大変だからな!」
「楽屋にも不用意に人を招かないように。変なパパラッチが来ないとも限りませんから」
「わ、わかってるよ」
「おみやげ買ってくるからね」
「それじゃ、文化祭にしゅっぱーつ!」
「しゅっぱーつ!」
ドワーフ族たちは声を揃えて、戸惑うネージュを置き去りに行ってしまった。ネージュは珍しく困った顔をしている。
「もう……ちっともじっとしてないんだから……」
「楽しそうでいいですね」
思わず呟くと、きょとんとした顔になった。そしてまたあからさまに眉尻を下げる。
「いつもこうなんですよ。困っちゃう」
「でも、我が儘が言えるのも仲が良い、って事じゃないですか?」
いい事だと思いますよ、と適当に言う。ネージュは少し驚いた顔をして、そしていつもより優しい笑みを浮かべた。
「僕にとっては、みんなは家族みたいなものなんです」
「家族……」
幼い頃からの付き合い、って事なのだろうか。幼なじみとか。それならそう言うか。
余計な事を考えていて、ふと気づけばネージュはいつもの微笑みに戻っている。
「ねえ、ユウくんのつけてる香水なんだけど」
「香水?」
「つけてるよね?さっきから気になってたんだ」
そう言われてやっと、午前中の出来事を思い出す。
「あー、そういえばチェーニャさんになんかスプレーされましたね。首の後ろに」
「そうなの?」
「だから銘柄とか全然わかんないです。すいません」
「あ、ううん、そうじゃなくて。僕も好きな匂いだから、名前は知ってるんだ」
首を傾げる。銘柄を知ってるなら何でわざわざ話題にしたんだろ。
「『ガラスの靴』っていう名前の香水だよ。うちの学校でも結構好きな人いるんだ」
「そうなんですか」
「うん。『身につけて出かけると運命の人に出会える』っていう魔法がかかってるんだって」
おまじない程度だけどね、と続ける。女子高生とかが好きそうな話だ。女性人気が高いとこういう事にも敏感になるのかな。全く興味ない。
「へー、凄いんですね」
「おーい、ユウ!」
適当に相槌を打った所で、後ろから耳慣れた声がかかる。振り返るとエースたちがこちらに向かってきていた。
「あ、ごめんね。時間とらせて」
「いえ、お気になさらず」
「それじゃあ、僕は楽屋に戻るから。またね。ユウくん」
「はい、お疲れさまです」
ネージュは微笑んで手を振り、通路に消えていく。行きがけに声かけられたら大変そうだけど、大丈夫かな。まぁいいか。
そこでやっと問題を思い出す。
「なに、仲良くなっちゃった感じ?」
エースは面白くなさそうな顔をしている。デュースやエペル、グリムも同じく。
「ファン対応の延長みたいなもんだと思うよ」
「そうかなぁ~?」
エースは言いながらネージュが歩いていった通路を睨んでいる。なんか意外だな。こういう時、『向こうは興味ねーから勘違いすんなよ』とか言いそうなのに。
それはそれとして。
「そうだ、先輩たちは?」
「昼飯食ってこいっつって解散したから、屋台にでも行ってるんじゃねえの?」
「僕たちも屋台でお昼ご飯買ってこようかなって。ばっちゃが新しく差し入れしてくれた林檎ジュースも楽屋にあるし」
「シェーンハイト先輩が十四時まで自由行動、って言ってくれて。僕たちはユウを探してたんだ」
「そのシェーンハイト先輩はどこに」
「解散した時は楽屋に戻る、って言ってたけど。もしかしたらもうお昼に出てるかも」
嫌な予感がする。
今朝の夢が頭を過る。老婆が毒林檎を手にする、あの瞬間のイメージが浮かんだまま消えてくれない。
もし先輩が僕と同じ事を、ロイヤルソードアカデミーの有利を感じていたら?
僕たちではこれ以上何も出来ない。手段がない。
でも先輩は、ポムフィオーレ寮の寮長だ。在寮生の中で最も苛烈な毒薬を作り、その冠を得た実績がある。
邪魔者を消す、直接的な手段を持ってる。
「オレ様もう腹ぺこなんだゾ。早くメシ食いに行こうぜ!」
「……ごめん、グリム。ご飯はエースたちと一緒に行ってきて」
「え?ユウはどうすんだ?」
「ちょっとやる事思い出した。終わったら合流するから」
グリムを強引にエースに押しつけて、止める声も聞かずに走り出す。
それだけはダメだ。絶対に止めなくちゃ。
例え一時の気の迷いでも、最悪の結末ではなかったとしても、実行した先輩自身が傷ついてしまう。
そんな事をさせてはいけない。絶対に!