5−2:泥濘へ堕ちる美貌の毒華



 開演が近い事もあり、東校舎の楽屋は結構慌ただしい空気だった。音合わせをする楽器の音も聞こえてくる。一通り見回った限りトラブルは無さそうで、ローズハート先輩はほっとしていた。
「あっ、トレイくん、リドルく~ん!ユウちゃんにグリちゃんも、やほやほ~♪」
 廊下を出たところで明るい声が聞こえた。ダイヤモンド先輩が笑顔で駆け寄ってくる。その後ろからヴァンルージュ先輩も歩いてきていた。二人は式典服に身を包み楽器を抱えている。ダイヤモンド先輩は軽音部だっけ。今日のステージ衣装、という事だろうか。
「あれ?ユウちゃん、今日は眼鏡どうしたの?」
「お試しで一日外してます」
「え~そうなんだ!いいじゃんいいじゃん!記念に一枚撮らせて!リドルくんもおいで!」
 ローズハート先輩も一緒にまとめられ写真を撮られる。
「えへへやった、ラッキー♪」
 先輩がスマホを操作してるのを見て、シュラウド先輩の『忠告』が頭を過ったけど、まぁ今更だな。今日は女装してないし大丈夫だろう。
「あ、さっきリドルくんのハートの首輪ぶらさげてるヤツら見かけたよ。今日も絶好調だねぇ」
 ダイヤモンド先輩の軽口に対し、ローズハート先輩は憮然としてる。褒められてる気はしないみたい。そんな心情を察したらしいクローバー先輩が苦笑している。
「開場早々まいったよ。ケイトとリリアはこれから軽音部の発表か?」
「ああ。『VDC』の派手さには負けるが、軽音部のステージもあるでな。わしらはそれに出るんじゃ」
 ヴァンルージュ先輩の説明に、ダイヤモンド先輩はあからさまに肩を落とす。
「トレイくんはリドルくんにとられちゃうし、カリムくんはヴィルくんにとられちゃうし……けーくん、寂しい~」
「とられたって……俺は歌や踊りは苦手なんだって言っただろ?」
 まぁ、クローバー先輩は目立つ事が好きじゃなさそうな雰囲気あるな。目立つ人間の横でサポートしている方が割と想像つきやすい。いや裏方仕事の中心人物とかだとこれ以上ないくらいの嵌まり役に見えるから、決してリーダーシップに欠けるワケではないんだけど。
 ダイヤモンド先輩の様子を見て、ヴァンルージュ先輩が可愛らしく頬を膨らませる。
「なんじゃ。わしと二人では不満か?ケイト」
「まさかぁ!一緒にがんばろ、リリアちゃん」
 すかさず肩を抱いて頬を寄せる。でもアドリブはほどほどにしてよね、と小声で付け加えていたが。
「……ああ、そうじゃ。そこの……ユウ」
 ダイヤモンド先輩のスキンシップに満足げだったヴァンルージュ先輩は、思い出したという顔で僕を呼んだ。
「お主、ホリデーカードのお礼にと、『VDC』の招待状をあやつに贈ってくれたそうだな」
 あやつ、というのはツノ太郎の事か。思いつくのにちょっと時間がかかった。
 そういえば、ツノ太郎のホリデーカードを届けてくれたのはこの人だったな。
「はい。僕が失礼をしたようなので、お詫びになればと思って」
「言葉には出さんが、とても喜んでおった。わしからも礼を言う。誘ってくれてありがとう」
 そう言って、花が綻ぶような愛らしい笑顔を見せた。心から嬉しそう。口調というか、言ってる事が親みたいでちぐはぐな気もするけど、こっちも思わず笑顔になってしまった。
「なになに?なんの話?ユウちゃんって、ディアソムニアにも友達いるの?」
「へぇ、初耳だ」
「あー……友達って言っていいのかな……不思議な雰囲気の人なんで、仲良くなったとか実感なくて……」
「互いを気遣う気持ちがあるなら、それはもう友であろう?」
「そ、そうなんですかね?」
 まぁ、この人が言うなら大丈夫……なのかなぁ。
「えー、どんな子?同じクラス?」
「あ、いえ。クラスとか全然知らなくて。名前も教えてくれないからホリデーカードも返せなくて」
「……名前を知らない?」
 ローズハート先輩が訝しげな顔になった。クローバー先輩とダイヤモンド先輩は顔を見合わせている。
「なぁ、それって例の『ツノ太郎』の事か?」
「あー、うん、そうそう。髪が黒くて背の高い綺麗な人で、頭にこういう感じで黒いツノが生えてる人なんですけど」
 何とか雰囲気を伝えようと手でツノを真似してみたりしたが、先輩たちの雰囲気は依然として険しい。
「…………えーっと、それって……」
「……ツノがあるって、まさか……」
「ボクは一人しか思い当たらないけれど……」
「おっと!ケイト。そろそろステージにいかぬと出番に遅れるぞ」
 先輩たちの呟きを、ヴァンルージュ先輩の声が遮る。ダイヤモンド先輩は反射的にスマホを見て目を見開いた。
「あっ、ホントだ」
「それでは、わしらはここで失礼する。ユウ、『VDC』の成功祈っておるぞ」
「あ、はい。お二人も頑張ってください!」
 二人は手を振りながら外に向かっていった。ローズハート先輩はため息をひとつ吐いて、僕たちを振り返る。
「ユウたちも『VDC』のリハーサルに向かわないといけないんじゃないかい?そろそろ十二時だよ」
「ふなっ!そうだった。遅刻したらヴィルに呪いのジュースを飲まされるんだゾ!」
「そんな事言ってないから」
 思わずツッコミを入れてしまったが、とはいえ遅れてしまった場合は何らかのお仕置きは覚悟した方がいいかも知れない。
「俺たちもエースたちにチケットをもらっているんだ。応援しに行くから、頑張れよ」
「うちの一年生たちに『無様を晒したら首をはねてしまうよ』と伝えておいてくれ」
「伝えておきます!」
 口調は冗談めかしているのに、細めた目と薄い微笑みがとても怖い。言ってる内容は更に怖い。
 元気に返事はしたものの、下手すると余計に萎縮しそうだ。デュースは特に。

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