5−2:泥濘へ堕ちる美貌の毒華
道すがら、今日の展示内容について話が及ぶ。
開催校であるナイトレイブンカレッジでは、文化部全般と四年生の研究や調査の成果が展示されている。運動部は設営や監視業務を割り当てられているので、実質全員参加だ。これに対し他校からは希望制あるいは選抜制でゲスト扱いの展示が行われる。初日は開場までに展示が終わりきらない参加校もあるとかで、他校の展示については見回りも後回しのようだ。
「そういや、クルーウェルが文化祭には四年生が戻ってくるとか言ってたんだゾ。普段は学園で姿を見ねぇけど、どこにいるんだ?」
「四年制の魔法士養成学校なら、ほとんどの場合四年目は学外へ実習に出ることになる。俺も来年はどこかに派遣されて、ごくたまにしか学園には戻ってこなくなるはずだ」
つまり、今いる三年生の先輩たちはみんな、来年には学校に在籍しているだけでいなくなってしまう、という事だ。そこにはシェーンハイト先輩も含まれる。
僕が元の世界に帰る日と進級と、どちらが早く訪れるだろう。
正直あまり考えたくはないんだけど。
「ジッシューって?どんな事するんだゾ?」
「行政組織内にある特殊チームでの実習を希望する人もいるし、遺跡の発掘や調査、古文書の解読などを希望する人もいる。一般の魔法関連企業のインターンに出る場合もあるよ」
「いろんな実習先があるんですね」
「特殊チームってなんなんだ?なんかちょっとかっこよさそうな響きなんだゾ」
「行政組織……消防や警察には、魔法士だけで構成されたチームがあるんだ。ちょっとしたエリート扱いさ」
この世界でも消防や警察の役割や扱いはだいたい変わらない。しかし魔法がある世界だけに、こうした仕事に魔法を組み込むための魔法士も存在する、という事らしい。
「その中でも一際優秀な魔法士を集め、様々な要請で任務につく国際機関『魔法機動隊』は、小さい頃から憧れているヤツが多いイメージだな」
「エリート!!オレ様も大魔法士になればその魔法機動隊ってのになれんのか?」
「モンスターが入隊したという話は聞いた事がないけれど、多様性の時代だからね……努力によっては、可能性があるかもしれない」
頭ごなしに否定しないでくれるのは有り難い。
将来、かぁ。
「いろいろな職業があるんですね」
「現代の魔法使いは箒で空を飛べるだけじゃダメだという事さ。キミたちも将来の事を考えて、規律を守ってしっかり勉学に励む事だね」
「うへぇ、オメー本当に二言目にはそればっかなんだゾ~」
「質問をしておいてなんなんだい、その言い草は。失礼な」
「ははっ、一年生のうちは、将来の事なんて言われても実感わかないよな」
それはそうだろうな。僕だって高校一年生の時は何も考えてなかった。今もろくに考えていないと言われたら否定できないけど。
こうして世界の常識の違いを知るほどに、自分が異物であると自覚させられる。早く帰らなければ、と思うのにその方法はろくに見つけられない。頼みの綱であるミッキーもなかなか会う事が出来ないし。
シェーンハイト先輩の言葉が脳裏に蘇る。
『だから約束して。アタシたちが世界一になったその時は、あなたも自分の夢にもう一度向き合うって』
きっと彼らは世界一になる。
先輩自身もそれを確信しているからこそ出した、勝利の確定した賭けみたいなものだ。
あの言葉に『どこで』は含まれていない。
シェーンハイト先輩もレッスン先ぐらいは紹介してやるって言ってたし、きっとこっちの世界でも同じ夢を追う事は出来る。
向こうの大好きな人たちに会えなくなる代わりに、こちらの大好きな人たちとは離れなくて済む。グリムの大魔法士になる夢も見届けられる。
選ぶべきなのかもしれない。諦める事も。
「文化祭では研究発表のような堅い展示だけじゃなく、気軽に入れるブースもたくさんあるぞ」
クローバー先輩の声で我に返る。幸いにも考え事をしていた事は気づかれずに済んだようだ。表情には出さずほっとする。
「俺の所属するサイエンス部は『観葉植物カフェ』をやるんだ。少し見ていかないか?」
「カフェ!食い物もあるのか?いくいく!」
「開場前だから食べられないってば」
「まあまあ。二人は実質明日しか遊べないんだから、リサーチは大事だろ?是非検討しておいてくれよ」
「売り上げはブース運営の諸経費を除いて部活動費に計上されるんだ。過度な客引きは禁止されてるけどね」
「……なるほど、そういう事でしたか……」
「そんな冷たい目で見ないでくれよ。そこそこ良いものは出してるからさ」
そんな軽口を叩きながら植物園に向かう。
園内の過酷な環境を再現しているエリアを除き、通路幅に余裕のある所や授業の際に作業場として使われるスペースにたくさんのテーブルセットが並んでいた。シンプルな銀色のテーブルと椅子は屋外にも設置できる金属製。かなり多くの客が入れるようになっている。
「あっ、トレイ先輩!」
「おつかれさまです!」
クローバー先輩を見つけた生徒たちが走ってくる。みんな魔法薬学の実習でも使う白衣を着ていた。
「おつかれ。開店準備、手伝えなくて悪いな」
「いえ、昨日はカフェメニューの仕込みを遅くまで手伝ってもらったので」
「ルーク先輩なんか、トレイ先輩の淀みない手際を讃えて詩を詠んでいるだけでしたし」
「あいつは、サイエンス部より文芸部に向いてる気がするよ」
その光景が目に浮かぶようだ。クローバー先輩も苦笑いしてるし。
「まぁでも、ルークは我が校代表として『VDC』に出場する身だ。部活仲間として応援してやってくれ」
「はい!」
部員たちは元気よく素直に返事していた。ここでもクローバー先輩は慕われているらしい。
「サイエンス部からカフェの申請があったときには『なぜ?』と思ったけれど……植物園を使えば、かなり広いカフェスペースが設けられるのか。考えたものだね」
「ああ。人が集まる行事では、いくつ休憩場所があっても良い。植物園は温かいし、野外の特設ステージで冷えた身体を温めるにも最適だろ?広くて収容人数も多いから、売り上げも見込める」
「サイドストリートの屋台の飲食スペースって、グラウンドですもんね」
「そういう事。まぁ、あっちはあっちでグラウンドのステージの音が食事しながらタダで聴けるっていう利点もあるけどな」
サイドストリートの屋台に近いグラウンドの一部には、申し訳程度の風除けを施しベンチとテーブルを並べた飲食スペースが設置されている。屋台の利用者は、ほぼこちらに流れるだろう。食べ歩きを前提としたメニューが多いとはいえ、食べる時ぐらい腰を落ち着けたい人はいるだろう。必然の流れだ。
グラウンドはこのために広いスペースを分割する必要が生じ、コロシアムが最大のステージを担う事となったワケだ。もっとも、コロシアムは観客を迎える設備が最初から整っているというのも理由としては大きいんだろうけど。グラウンドは客席や機材の設置位置を区切ったら結局狭くなりそうだし。
「……でもなんか、植物園でカフェやっても『サイエンス』は全然関係なくねぇか?」
「いや、そんな事はないぞ。サイエンス部が研究対象として育てた希少な観葉植物を見ながら休憩をしてもらえる。それに料理は科学とも言うし、調理は実験の一環とも言えるしな。これは立派な研究発表だ」
いかにもそれらしい事を真面目な顔で言い切った後、ニヤリと笑う。
「あと、給仕の時には白衣を着る。十分サイエンス部っぽいだろ?」
こちらは苦笑するしかない。
正直、最後のこれさえあれば仮に植物園の申請が通らなくてもカフェが出来てしまう気がする。この人ならやりかねない。
ごまかすように笑った後、メニューにも目を通した。
クローバー先輩が関わっているだけあり、内容はまともだ。各展示ゾーンに生えてるのと同種のフルーツを使った紅茶やケーキ、化学反応を売りにした色が変わるドリンクやデザート、更に部の菜園での収穫物を『一部』使用した料理と、『サイエンス部』の出し物としては隙がない。……研究成果の発表として妥当かと言われると肯定しきれないが。
「あっ、しまった。もう十時半を回ってしまう」
僕が中身の無い感想を口にする前に、ローズハート先輩が慌てたような声を上げた。僕はメニューを無言でテーブルに戻す。
「次は校内を確認しに行こう。十一時には一般客が入ってきてしまうからそれまでには一通り見回っておきたいからね」
「了解です」
サイエンス部の人たちに挨拶して、植物園を離れた。一歩外に出れば、寒さが身を刺す。
「子分、明日は屋台を回ったらここにも来ような!」
「食べる事ばっかりだね。別にいいけど」
「にゃっはー、楽しみなんだゾ!」
グリムは嬉しそうに飛び跳ねている。ローズハート先輩もクローバー先輩も笑っていた。