1:癇癪女王の迷路庭園
三時限目は体力育成。着替えて運動場に出ての授業だ。
あの首輪付いててエースはどう着替えるんだと思ったけど、何とかなったらしい。指定の運動着が凄いのかあの首輪が凄いのかは判らないが、深く考えるのはやめた。
あんなでっかい首輪付いてたら教員から苦言の一つもありそうだけど、着替えや授業に支障がないならそりゃ誰も何も言わないよな、と妙に納得させられる。
バルガス先生は相変わらず堂々とした姿だった。広い運動場に響きわたる大声で授業を始める。
「優秀な魔法士は健全な肉体から!見ろ、毎日生卵を飲んで鍛えたこの筋肉!」
ポージングで逞しい体躯を生徒たちにアピールするが、前評判通り、憧れの視線はあるものの冷ややかな視線もそこそこ多い。エースやグリムはうんざりした顔だった。
「魔法士たるもの、体力がないとな。そんなわけで、まずはグラウンド二十周、次に腕立て伏せ百回!走る前には準備運動も忘れずにな!」
うええ、と生徒の一部から悲鳴が上がる。
「運動は嫌いじゃねーけど、先生が超苦手なタイプ……」
「体力には自信がある」
めんどくさそうなエースとは対照的に、デュースは自信ありの顔だ。鉱山で見た限り二人とも足は僕より早い。僕も元の世界では世代の平均ぐらいだったけど、この世界ではどうなるかという不安は走ってみるまで拭えない。
この授業で魔法を使う事は無さそうだ。準備運動も、僕が知ってるのと同じものだった。この授業は気後れせずに済みそう。
「ぐるぐる走って何が楽しいんだぁ~?オレ様はハムスターじゃねえんだゾ!」
この世界ハムスターいるんだ……と思いつつ。
「別に楽しくはないよ」
「じゃあなんで走るんだ」
哲学かよ、というツッコミを飲み込んだ。
「走った量がわかりやすくて今の体力が計れるのと、体力をつけるには走るのが手っ取り早いから!」
「そう!良い答えだぞ、ユウ!でも私語はいかん!」
「ごめんなさい!」
「元気でよろしい!許す!」
バルガス先生は即行で許してくれた。そのまま走り終えて、ふと疑問が浮かぶ。
「グリム」
「うん?」
「腕立て伏せって……出来る?」
「何だそれ」
会話を聞いていたバルガス先生が衝撃を受けた顔になった。すかさずグリムの身体を触る。
「そうか……人間と身体の構造が違う……失念していた……!」
「じゃあオレ様は免除で」
「いや、それでは不平等だ。お前もユウも、他の生徒と平等に扱わねばならない」
「じゃ、オレ様の分までユウがやれ!」
「別に良いけど」
いいのぉ!?というエースの驚愕の声が後ろから聞こえた。バルガス先生は首を横に振る。
「それもダメだ。魔法を使うのはグリムだろう。ユウが鍛えても意味がない。よって、グリムは代わりにランニング十周追加!!」
「ふなぁっ!?」
「次の授業までに、グリムに適したプログラムを考えてきてやる。さぁ、今日は先生も一緒に走ってやろう」
「そ、そんなぁ~~~」
哀れっぽい声で嘆くグリムが先生に引きずられグラウンドを走り出す。それを見守りながら腕立て伏せを始めた。
「うわ早っ」
「そう?……普段一人でやってるからなぁ……」
「トレーニングのスピードは人それぞれだもんな」
「……ズルしてると思われたらやだから、もうちょっとゆっくりやろっかな」
少しスピードを緩めて、周囲を見る。やっぱり一挙手一投足を珍獣見るみたいに鑑賞されてる気がして気持ち悪い。仕方ないんだろうけどさ。
そんな視線にはエースたちも気づいてるらしい。ちょっと呆れた顔をしている。
「僕たちはユウが化け物に殴りかかる所を見たから、さっきのスピードでもさほど違和感はないけど」
「いやごめんオレ違和感バリバリある。着替えてる時も思ったけど、ユウって体格的にもムッキムキって感じじゃないじゃん。顔はそんなんだし」
「あー、うん。そうかもね」
「何かスポーツをやってたのか?」
「えーと、格闘技。走るの好きじゃないからランニングはしてないけど、筋トレは日常的にやってたかな」
「そうなのか。ちなみにどんな格闘技を?」
「うーんとね、打撃系。サブミッション系は得意じゃない」
「色々習ってたのか?」
「まぁ、体格に差があっても使える所は教わったかな」
「で、あと何回?」
「あと三十回」
「終わったからって邪魔するんじゃないぞエースー!」
バルガス先生が走りながら注意してくる。他の生徒も軒並み終わったようだ。グリムは走るの速いし、体力も有り余ってるからそろそろ終わるだろう。ちょうど同時に終わるくらいのつもりでスパートをかける。
百回目を深々と押し込み、引き上げてから膝を着き、身体を起こした。晴れた空と風が気持ちよくて、思わず伸びをする。ここ数日もじっとしていたワケじゃないけど、何も考えず身体を動かすのは気持ちがいい。
「はぁ……疲れた……」
「おつかれー」
戻ってきたグリムは顔が疲れていた。走った事そのものより、隣にひっついたバルガス先生の存在に気疲れした様子だ。
「次回は別の種目で体力測定だ。全員の能力を見てから、今後やる種目を調節していくぞ」
おざなりな返事でも先生は不満そうな顔はせず頷き、チャイムと同時に解散を宣言する。ぞろぞろと生徒が帰っていく中、バルガス先生は僕を呼び止めた。
「やはり体力は十分あるようだな。感心感心」
「ありがとうございます」
「飛行術の授業もオレの担当だが、これは魔法が使えないと出来る事がない。お前の分は個別のプログラムを組んでおくので安心して出席するように」
「お気遣いありがとうございます」
「なに、気にするな!お前も今や大事な生徒の一人だからな!」
また肩をバシバシ叩かれる。賛否あるのも理解は出来るが、こういう先生は気楽で好きなタイプだなぁ。体格も羨ましいし。体力育成と飛行術の授業は楽しみにしていいかもしれない。
「……あんな肩叩かれて微動だにしないって、どんだけだよ……」
「監督生、やはり相当鍛えてるんだな……負けられねえ……!」
「そこで対抗心燃やすか?フツー」