5−2:泥濘へ堕ちる美貌の毒華
「みんな、集まってるわね」
朝食を終えて後片づけも済ませた所で、一同は談話室に集まっていた。みんな真剣な表情でシェーンハイト先輩の顔を見つめている。
「本日午後三時、コロシアムに設置されたパープルステージで、ついに『ボーカル&ダンスチャンピオンシップ』が幕を開けるわ」
大会の様子はテレビやネットで世界中に中継される。高校生の文化祭のイベント、という位置づけには収まらない注目度だ。
「アタシたちが磨き上げてきた美しさを、世界に見せつける時よ!覚悟はできてるわね?」
「はい!」
全員の声と気勢が揃う。シェーンハイト先輩は満足そうな顔で頷いた。
「リハーサルは十二時からスタート。チームメンバーはリハ前に最終調整をするわ」
約三時間程度の最終練習、という事になるだろうか。
「オレ様たちは見てる事しか出来なくてソワソワしちまうんだゾ」
グリムが毛を震わせながら言うと、シェーンハイト先輩が呆れた顔で僕たちを見た。
「確かに、グリムとマネージャーがいても何の役にも立たない」
「えっ」
「そばでソワソワされると気が散るわ。文化祭の様子でも見てきたら?」
「そうしようぜ!なっ、ユウ!」
いきなり出鼻をくじかれてしまった。しかしやる事がない、というのもその通りだ。マネージャーの仕事っぽい出番のタイミングとか段取りは結局会場に入ってからだし。
「関係者パスを渡しておくから、会場に入るときには着けて頂戴。ただし、十二時からのリハの時間にはコロシアムに集合よ。いいわね」
「は、はい……」
いかにもそれらしいカードケースを手渡される。一目見ただけでイベントの関係者だと判るデザインで無駄もない。
「えー、いいな。オレも文化祭回りたい」
「オレも、オレも!」
「アンタたちはダメに決まってんでしょ!」
すかさず先輩のストップがかかる。軽口だったエースはともかく、アジーム先輩は割と本気だったような気がする。とはいえ怒られて引っ込んでも反省の調子は軽い。
「文化祭は二日間あるんだから、遊ぶのは二日目になさい。今は『VDC』のステージに集中して」
「じゃあ、またリハーサルで」
「お待ち」
話の流れで部屋を出ようとして、がしっと肩を掴まれた。
「……もしかして、今日は眼鏡ナシで過ごすつもりなの?」
「あ……はい、そう、なんですけど」
シェーンハイト先輩が目を見開いて固まる。みんなもちょっと驚いた顔になっていた。それだけあのメガネがトレードマークとして定着している、という事だろう。
「てっきりかけ忘れてるだけかと思ってた……」
「ユウはそれで大丈夫なのか?」
「うん。今日みたいに人がいっぱいいる日の方がうまく紛れられそうだから」
「なるほど、一理あるな」
「オレはそっちの方が良いと思うぜ!」
「同感だ。普段の蕾のような姿も悪くないが、綻ぶ花の愛らしさとは比べるべくもない」
心配そうなのはデュースだけで、あとは軒並み好評のようだ。否、エースだけは『オレは普段から外してほしいっつってんのに』って感じで不満げな顔をしている。
「……本当に大丈夫なの?」
そしてシェーンハイト先輩も心配そうな顔をしていた。安心させたくて笑顔で頷く。
「世界一美しいNRCトライブのマネージャーが、ダサい芋メガネでいるわけにはいきませんからね!」
「……そうね。全くもってその通りよ」
先輩が少し嬉しそうに微笑んだ。頭を撫でられる。
空気が和んだ所で、シェーンハイト先輩の表情が一気に引き締まった。
「さ、最終確認始めるわよ!」