5−2:泥濘へ堕ちる美貌の毒華
「おはよう、ユウサン、グリムクン」
「おはよう」
「おう、エペル!」
朝食の準備に向かう道すがらでバッタリと出くわした。晴れやかな表情で不調は無さそう。
「ついに『ボーカル&ダンスチャンピオンシップ』当日だな!オレ様のツナ缶富豪の夢のためにもぜって~優勝するんだゾ!」
「うん、そうだね!絶対優勝してみせるよ」
エペルは頼もしく頷いてみせた。でもほんの少しだけ、表情が陰る。
「でも……今日で合宿が最後だと思うとちょっとだけ寂しい……かな」
最初は憂鬱そうだったのに、人は変わるものだ。
「ずっと合宿場所を提供してくれて、ありがと」
照れ臭そうに笑う顔は、いつもよりずっと無邪気で可愛い。いや普段から可愛いんだけど、無表情な時の砂糖細工みたいな柔らかく繊細で綺麗な感じじゃなくて、もっと力強さを持った可愛さだった。
可愛いっていろいろあるなぁ、と思いつつ笑いかける。
「今度また、エースやデュースも泊まりで遊びに来るだろうから、エペルも誘うよ」
「いいの?」
「もちろん。今度はジャンクフード祭りしようとか話してたし」
「やった~!楽しみにしてるね!」
エペルは心底嬉しそうだ。誘ってみるもんだなぁ。
「おはよう、ユウ、エペル、グリム!」
「おはようございます、アジーム先輩、バイパー先輩」
声に振り返れば、スカラビア寮の二人が歩いてくるところだった。バイパー先輩は食事の準備の手伝いに来たとして、アジーム先輩が朝練も無いのに一緒に起きてきているのはちょっと意外。
「昨日はよく眠れたか?オレはなんだかワクワクしちまってさ。なかなか寝付けなくてジャミルに怒られちまったぜ!」
「ったく……遠足前日の子どもじゃあるまいし」
バイパー先輩が呆れた口調で言えば、アジーム先輩が爽やかに笑い飛ばす。僕らは苦笑いするしかない。
「ユウは朝食の準備に来てるんだろうが……エペルはどうした?」
「僕も目が覚めたので、何かお手伝いしようかなって。……でも、ジャミルサンもいるならキッチンは手が足りてるか。談話室のセッティングをしようかな」
「お、じゃあオレもエペルと一緒に準備するよ!どうせ談話室で待ってるつもりだったしな!」
「い、いや待て」
アジーム先輩の提案に、バイパー先輩の顔が強ばる。エペルとアジーム先輩は首を傾げた。
「一緒にいるのがエペル一人じゃ流石に心配だ。……せめてエースが起きてこないか……」
「ボンジュール!おはよう!ご機嫌いかがかな、皆様方」
悩むバイパー先輩の声を吹き飛ばすように、朗々とした挨拶の声が二階の方から聞こえた。ハント先輩が相変わらず底の見えない笑顔で軽やかに階段を下りてくる。声が大きいせいもあって解りづらいが、あのボロい階段を一段も飛ばさず踏みしめているのに全く足音がしない。いっそ怖い。
そんな僕の不思議な気持ちは一切関係なく、バイパー先輩の表情が明るくなった。
「おはようございます、ルーク先輩」
「ここに集っているからには、これから朝食の準備の手伝いに向かうところかな?」
「ええ、二手に分かれようかと。ルーク先輩は談話室のセッティングを見ていただけますか?」
「順当な役割分担だ。もちろん引き受けるよ」
バイパー先輩が明らかにほっとした。これで安全なテーブルセッティングが保証されたと言えるだろう。いつもの涼しい顔になって、バイパー先輩は僕を見る。
「じゃあ、俺たちはキッチンを手伝いに行こう」
「はい」
それぞれが役目を果たすべく歩き出す。
オンボロ寮で揃っての朝食も今日で終わり。昼食はリハーサルの前後に文化祭の出し物とかで済ませる事になるだろうし、『VDC』が終わればみんな寮に戻る。
一時的に入れている家具も、今日中に設備管理課が回収に来る。文化祭の片付けが本格的に始まるとどこも忙しくなるから、先に片付けるそうだ。そうしたら合宿が始まる前の、いつものオンボロ寮に戻る。
長いようで短い、あっという間の四週間だったなぁ。