5−2:泥濘へ堕ちる美貌の毒華



 鏡面が水面のように揺れる。
 何も映さなかった闇色に、景色が映る。


 水の気配が濃い、暗い石造りの部屋。
 カビ臭くて空気が淀んでいる。暗さも相俟って気味が悪かった。

 数多の書物と実験器具が所狭しと並んだその部屋に、醜い老婆がいた。大釜を炊く炎に照らされたその顔は、醜悪な笑みを浮かべている。

『リンゴを液にたっぷり浸し、食べれば誰でもこのような姿に』

 煮えた大釜の中に林檎を入れる。取り出した林檎が纏っていた液体は、髑髏を描いて滑り落ちていった。

『あの白雪姫が思わず食べたくなるように』

 老婆が呟いた瞬間に、液体がすべて落ちて毒々しいほど赤く、艶めいた林檎となった。
 課程を知らなければ美味しそうに見えるだろう。一部始終を見守っていたカラスは飛び退いて避けたが。

 老婆は書物を広げる。
 殺害計画を確かなものとするために、呪いの解き方を確かめていた。

『恋人のキスかい……バカな!』

 その罵倒が何に向けられたものかは分からない。馬鹿げた手段に対してか、解呪の方法が存在する事実に対してか。
 ただ、老婆はそれを大きな問題とは思わなかったようだ。

『心配いらない。あの子を死んだと思い生きたまま埋めるじゃろう』

 弔われたものを掘り起こして口づける恋人などいない。
 死したものへ抱く希望など、か弱く虚ろなものだと言わんばかりの様子だった。

 老婆は林檎がたくさん入った手提げかごを持って小舟に乗った。櫂を操り小舟を進ませ、石造りの水路に気味の悪い声を響かせていく。
 色の目立たない世界で、手提げかごの中の赤々とした毒林檎だけが鮮やかに際だっていた。


 鏡面が揺れる。
 映っていたものが溶けて消えていく。


4/28ページ