5−2:泥濘へ堕ちる美貌の毒華



「ついに『ボーカル&ダンスチャンピオンシップ』まで一週間を切ったわ」
 もはや見慣れたポムフィオーレのボールルームに集ったNRCトライブの面々は、真剣な表情でリーダーを見つめていた。
 シェーンハイト先輩の言う通り総合文化祭は次の週末。今日からは衣装を着て、本番を意識した練習となる。
「本番の衣装って、学園の制服なんすか?」
「そうとも。なにせ我々は学園の代表として舞台に上がるのだからね」
「それにフレッシュさを感じるボーイズグループの衣装としても、制服はベストな選択」
 分かりやすい記号、というワケだ。幸いにもと言うべきか、みんな結構着こなしに差があるので、統一感がありつつそれぞれの個性が分かりやすい。
「もちろんダンス用にストレッチをきかせた特別製よ。手配してくれた学園長に感謝しなさい」
「これくらいお安い御用ですよ。学園PRへの投資……えー、私としても皆さんには全力でのびのび踊っていただきたいですから」
 隠されない本音にツッコミを入れるのも面倒だ。
「オレはもっと派手な衣装が良かったんだけどなあ」
「決まりなんだ。仕方ないだろ」
 ぼやく声を高らかに手を叩く音が遮った。
「おしゃべりはそこまで。それじゃあ、一曲、最後まで通すわよ」
 応える声は真っ直ぐで清々しい。それぞれが自分のポジションに立ったのを確認して、シェーンハイト先輩と目を合わせる。小さく頷いたのを見て、再生ボタンを押した。
 練習用のカウントの後、音楽と共にシェーンハイト先輩の歌声が響く。何度も練習を重ねたダンスが始まり、そこに歌が乗る。それぞれが個性を活かしながら、決して調和は崩さない。美しくも鋭く、愛らしくも毒を帯びて、見る者を圧倒する。
 高校生の文化祭の出し物としては高すぎる完成度だ。テレビでパフォーマンスしていても違和感が無いんじゃないかと思う。
 曲が終わっても、誰も微動だにしない。その数秒の静寂が、完成度を高める事を今は皆が知っている。
「おお……おおお~~~~っ!」
 静寂を打ち破ったのは学園長の声だった。喜色に満ちた豊かな声を響かせ一人でも十分すぎるくらいの音量の拍手をしながら、七人の正面に歩み寄っていく。
「素晴らしい!なんて息がピッタリなパフォーマンス!」
 みんな正面から褒められて照れくさそうにはしているが、無邪気にはしゃぐ様子は無い。そんな様子も成長を感じて微笑ましく思えた。
「やはりプロデュースをシェーンハイトくんに任せたのは正解でした。流行の最先端の曲、キレのあるダンス、高い歌唱力で表現される、メッセージ性溢れる歌詞。どれをとっても一流です!」
「……当然よ。アタシを誰だと思っているの?」
「さすがは世界的人気タレント……いえ、さすがは我が校一の歴史を持つ美しき寮、ポムフィオーレの寮長です」
 学園長の賛辞に対し、シェーンハイト先輩は当然と返しながら誇らしげに胸を張る。
「『VDC』で他校がどんな曲をチョイスしてくるかは、当日まで伏せられますが……この仕上がりは、確実に優勝を狙えるクオリティです」
 シェーンハイト先輩曰く、オリジナル曲を用意してくるのがもはや慣習となりつつあるらしいが、もちろんそうじゃない学校もあるようだ。衣装や選曲を含めたプロデュースも加点に関わる以上、気になる要素ではある。ただ、他校がどうだろうとこの完成度を否定する要素にはならないはずだ。
「シェーンハイトくん、NRCトライブの皆さん。必ずやロイヤルソードアカデミーに打ち勝ち、世界中にその美しさを示してください!」
 学園長がいつにも増して力強く激励すれば、応える側にも自ずと力が入った。
「……なんか、今日の学園長やたら熱入ってねぇ?」
「あの人のことだ。俺たちが優勝すれば学園の宣伝になるとでも思ってるんだろ」
 そんなスカラビアの二人のひそひそ話は耳に入らなかったようで、学園長は上機嫌で声を上げた。
「皆さんにこれをお渡ししておきます」
 学園長が魔法で取り出したのは、黒い紙の束だった。凄まじい早さでメンバーに配られ、僕にも手渡される。
 滑らかな手触りの紙の表面には金色のインクで『ボーカル&ダンスチャンピオンシップ』と印刷されていた。
「『VDC』の観客席は、毎年大人気のプレミアチケット。開催校の特権で、関係者席をわずかばかりご用意しています。お友達やご家族にどうぞ」
「僕ももらっていいんですか?」
「もちろんです。ただまぁ、そこにグリムくんの分も含まれてますから、そのつもりで」
 枚数は全員同じだと思ったが、僕とグリムはマネージャーだから実質半分、という事らしい。
「オレ様別に招待したい奴なんかいねぇんだゾ」
「まぁ、貰えるものは貰っておこう」
 と言っても、僕も渡せるほど親しい相手っていないなぁ。下手な人に渡すとトラブルになりそうだし。
「おお~ありがとな、学園長!」
 アジーム先輩がいつものように明るくお礼を言うと、他のメンバーも口々に感謝を述べた。
「ウチのとーちゃんとかーちゃんは、地元の映画館を何件か貸し切ったって言ってた。使用人や親戚を集めて、生中継を一緒に見るんだとさ」
 テレビの生中継を見るのに映画館を貸し切る……金持ちはやる事が違う。違いすぎる。
「総合文化祭には遊びに来ると言ってたし、妹にでもやるかな。身内が見ていると思うと、少し落ち着かないが」
 みんなそれなりにチケットの引き取り先には心当たりがあるようで、そんな雑談にも花が咲く。楽しそうな彼らを見て学園長は何度も満足そうに頷いていた。
「さて、練習の邪魔にならないよう私はこのへんで。皆さん、頑張ってくださいね」
 返事を待たずに学園長は去っていく。丁度それが雑談の切れ目にもなって、シェーンハイト先輩がみんなを見回した。
「さ、それじゃあ練習を再開するわよ」
「ハイ!」
 もう後はひたすら練習して、動きを完璧に覚えて仕上げていく作業だ。何度も反復しなくては身につかない事はある。結構細かい変更を繰り返している所もあるし、当日混乱しないためにも練習を繰り返すしかない。
 でも合宿が始まる前は『時間が足りない』と感じていたのに、今は少し余裕さえ出てきたように思う。それで油断するワケにはいかないんだけど、そんな事はシェーンハイト先輩もみんなもよく分かっている事だろう。
 グリムは目を輝かせて彼らのパフォーマンスを見ていた。
「なんか、最初の頃のちぐはぐ具合が嘘みてぇなんだゾ」
「本番が楽しみだね」
 感慨深げな言葉に相槌を打ちながら、僕も同じような気持ちで彼らを見守っていた。

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