1:癇癪女王の迷路庭園
二時限目は魔法史。クラスにあてがわれた教室での授業だ。
『おやぁ、君』
教室に入った瞬間、壁に掛けられた紳士の絵画が大きな声を上げる。また自分に注目が集まってしまった。気にしないように努めて、絵画の正面まで近づき挨拶した。
「おはようございます。昨日はありがとうございました」
『礼には及ばないよ。今日から生徒だと聞いた時は眉唾だったが、本当だったんだね』
「はい、学園長の温情もありまして」
『気を使わなくていい。……どうせ面倒を押しつけられたんだろ?』
訳知り顔の言葉を苦笑で流す。否定も肯定もしないが吉。
『とはいえ、生徒となったのは事実だ。しっかりと勉学に励むように』
「ありがとうございます」
深々とお辞儀をして離れた。他の絵画からも注目されている気がするが、頑張って気にしないようにする。
教室でも特に指定席とかは無いらしい。この辺りの文化は日本と全然違う。エースとデュースが席に座って手招きしてた。
「なに話してたんだよ」
「昨日のお礼をね。エースの行き先を教えてくれたから」
「あー……なるほど」
「ユウって、変なものに好かれるんだな。ゴーストといい、絵画といい」
「魔法の使えない人間が珍しいんじゃない?」
そんな話を遮るようにチャイムが響いた。同時にトレイン先生が資料とルチウスを抱えて入ってくる。……授業中も一緒なんだ。
先生は僕とグリムを一瞥してから、テキストを開くよう指示を出す。
トレイン先生のしゃべり方はひどく平坦だ。板書も最低限。逆を言えば、板書の内容は『教科書に書いていない』事だけ。こういう先生は絶対に、この板書の内容をテストに出してくる。相変わらず慣れない文字列に苦戦しつつ、これまでの学校の授業と同じようにノートを取った。
奇しくも内容は、昨日足を運んだドワーフ鉱山の話でもあった。
元々ドワーフ鉱山は宝石の採掘場で、そこで魔法石が採掘された事が魔法の歴史の中で大きな出来事なのだという。魔法という技術が生まれた後に見つかった魔法石という存在は、人間にとっては限られた者にしか使う事の出来ない技術だった『魔法』をあらゆる人の生活を助けられるものへと進化させた。この偉大な発見を記念して、後にこの年が魔法元年と呼ばれるようになり、現在まで魔法の歴史を語る上での起点として扱われる事となる。
物語として聞くならば、耳慣れない言葉がたまにあっても面白く感じられる。ここ数日で多少知識を得た事が興味の引っかかりになってくれた。
この世界の魔法の事はほとんど何も知らないけど、元の世界でだってフィクションで『魔法』を扱う物語はある。全く知らないと言うほどでもない。その差を埋める知識として興味深く聞く事ができた。……これが今後も持続するかと言われると、自信はあまりないんだけど。
「う~……もっとバーン!って魔法使える授業がいいんだゾ~……」
グリムが気怠げに愚痴る。両隣のエースとデュースも眠そうだ。デュースに至っては先生の説明の間に挟まるルチウスの声まで復唱しながらノートを書いてる。大丈夫かこいつ。
不意に、ルチウスの視線がこちらを向く。正確には膝の上のグリムを見ている。グリムは明らかに緊張し、ルチウスの視線が逸れるまで真面目に聞くフリをする。その応酬を何回かやった所で、授業は終わった。
「ねっむ……」
「ユウ、よく眠くならなかったな……」
「僕にとっては知らない話だからね。……知らなさすぎると僕も眠くなりそう」
「レキシとかどうでもいいんだゾ~……」
「偉大な魔法使いは教養もあるんじゃない?歴史の質問にさっと答えられたらきっとかっこいいよ」
「うぐ……そう言うなら頑張ってみてもいいんだゾ!」
「現金な奴……」
エースが呆れた顔でコメントしていたが、幸いにもグリムには聞こえてなかった。