5−1:冷然女王の白亜城


 合宿は続く。歌とダンス、それぞれを一通りしっかりと身につけた所で、両者を同時に練習する機会も増えていった。
 バレエレッスンしていた二人も昨日から合流しており、遅れを取り戻そうと四苦八苦している。それでもやっぱり身体の動かし方を覚えたのは多少影響があったみたいで、前よりは動きがスムーズになっていた。
 デュースは生真面目な性格が動きに出てる感じがして、硬さも個性に見えてくる。元々声はハッキリ前に出るタイプだから、振り付けと音程さえ覚えてしまえば意外と難は少ないかもしれない。
 ……問題はエペルの方だ。まだやっぱり迷ってるような印象が強い。
 エペル自身の運動神経はかなり良さそうだし、筋力も無いとは言えない。むしろ走り回ったりする事には慣れてそうな雰囲気がある。持久力も恐らく問題ない。
 だからこの練習についていけない理由があるとすれば、それは精神的なものなのだろう。
 ……それも当然か。オーディションを受けたのだって嫌々だったように見えたし、メインボーカルも辞退しようとして意見を無視されていた。
 気持ちが伴わなければ、当然パフォーマンスにもそれは出てしまう。そして肥えた目を持つ人ほど、その粗は歴然と視えてしまう。
「ああもう、ダメ、ダメ!いったん音止めて」
 停止ボタンを押す。隣でグリムがしっぽを後ろ足の間に挟んでいた。
「どうしたんだい、ヴィル」
「エペル!!!!」
「は、はいっ……!」
 どうして止めたのか解っていそうなハント先輩を無視して、シェーンハイト先輩はエペルを鋭く睨んだ。メンバーからの同情の視線も注がれている。
「アンタ、バレエのレッスンで何を学んだの?固定観念を捨てなさいとは言ったけど、ヤケクソになれとは言ってない」
 的確な指摘だ。多分、デュースが伸びてきてるから余計に目立つ。
「歌詞の意味を理解しないまま歌わないで。これは誰かに媚びを売るための歌じゃないの」
「でも、これが、僕のできる精一杯の愛らしさで……」
「愛らしさとぶりっこは別物よ」
 反論を叩きのめす。エペルが唇を噛むのが見えた。
「そんな事で、あのネージュを仕留められると思ってるの?」
 だめ押しの一言でエペルが俯いた。握りしめた拳を震わせている。
「俺は、っ……俺は、可愛くなんかなりたくないっ!」
「……は?」
 僕に指示を出そうとしていたシェーンハイト先輩が、一層冷たい声を出しながら振り返る。正面から食らったら一瞬で前言撤回したくなりそうな鋭さだ。
 でもエペルは引かない。可愛らしい顔を怒りに染めて、シェーンハイト先輩を正面から睨んでいた。
「ポムフィオーレなんかに入りたくなかったし、『ボーカル&ダンスチャンピオンシップ』にだって出たくねえ!」
 愛らしさとは縁遠い、怒りと苛立ちに染まった敵意の声だ。そんな声を正面から受けても、シェーンハイト先輩は全く戸惑った様子はない。むしろどんどん表情が冷たくなっている気がする。
「俺は、こんなお遊戯するためじゃなく、強くなるためにナイトレイブンカレッジに来たんだ!俺がなりてぇのは、なよっちい男でなぐで、たげでがぐで、たげ強ぐで、たげ逞すい男だ!!」
 最後の方は訛ってて何を言ってるかわからないけど、何となく言いたい事は解った。シェーンハイト先輩の求める『愛らしさ』はエペルの求めるものではないって事なんだろう。気持ちは解る。
「呆れた。思い通りにならないからって癇癪を起こしていいのは、三歳児までじゃなくって?」
 同情はない。冷徹に、訴える少年をただ見下ろす。
「アンタは『愛らしい』と『強い』が別物のように話すけど、その二つはどちらも等しく『力』よ。それが解らないようじゃ、いつまで経ってもアンタはアタシに勝てない」
「うるさいっ!」
 エペルはシェーンハイト先輩を鋭く睨んだ。
「もういい。もうやめる。俺は、このチームを抜ける!!!!」
「……あら、そう。いいでしょう。じゃあ『いつもの』を始めましょうか」
 いつもの?と面々が首を傾げる中で、ハント先輩が場違いなくらい穏やかに笑いかける。
「大丈夫だよ。これは喧嘩ではないから」
「どう見ても一触即発の空気ですが……」
「まあ、見ておいで」
 そう言われて視線を戻せば、シェーンハイト先輩がマジカルペンを構えていた。
「さあ、マジカルペンをとりなさい、エペル」
 言われたエペルも手元にマジカルペンを取り出して構える。真っ直ぐにシェーンハイト先輩を睨んだ。
「……今日こそは、絶対勝ってやる!」
「……って、やっぱ喧嘩じゃないですか!?」
 デュースのツッコミとほぼ同時に二人が魔法を繰り出す。正面から突っ込むようなエペルの攻撃を、シェーンハイト先輩は最小限の防壁で悠々と受け止めていた。フェイントも混ぜているけど、全て読み切られている。割とすぐにエペルの表情が焦りに変わった。多分、いつもと流れが変わらないのだろう。ハント先輩も特に焦ってないし。
 エペルは悔しそうな表情で、目眩ましの魔法を展開した。煙と燐光で距離感をごまかしたりする効果がある。あっという間にボールルームを覆ったけど、程なく風の魔法で全て吹き飛ばされた。魔法に身を隠して後ろに回っていたエペルの姿が露わになる。目眩ましの煙を巻き込んだ風の魔法はそのままシェーンハイト先輩の傍で渦を巻き、攻撃姿勢に入っていたエペルを捕らえて壁に叩きつけた。
「ぐはっ!」
 咳き込みながらも起きあがろうとするエペルの喉元に、シェーンハイト先輩はマジカルペンを突きつけた。
「はい、今日もアタシの勝ち」
 エペルはシェーンハイト先輩を睨みつけながら、また反論できずに唇を噛む。
「今のアンタは可愛くも強くもない毒を持たないただの林檎ちゃん。そんな事じゃ、いつまで経ってもアタシに傷一つつけられないわよ」
「うわ、きっつ……」
「ポムフィオーレって、実はサバナクローより体育会系なんだゾ……」
 エースとグリムは怯えた顔で二人を見ていた。見かねたアジーム先輩が前に出る。
「おいおい、ヴィル。エペルはまだ一年生だろ?少しは手加減してやれよ。お前に勝てるヤツなんて、この学園でもそうそういないんだし」
「カリム。アンタは黙ってて」
 シェーンハイト先輩は鋭く彼を睨んだ。気圧されて黙ったのを見て、再びエペルに視線を戻す。
「いいこと、エペル。初めて会った日にも言ったけど……自分の思うままに振る舞いたいなら強く、美しくなりなさい。子どもじみた駄々をこねるのはやめて、レッスンに戻るのよ」
「……本当は、俺じゃなかったのに」
 疑問符を浮かべるシェーンハイト先輩をエペルは睨みつける。
「本当は、俺じゃなくてユウを使うつもりだったんだろ!!音痴だかなんだか知らねえけど、俺じゃなくてアンタにも従順なあっちを使えばいいじゃねえか!!」
 いきなりこっちに飛び火してきたんだが。
 エーデュースを見たら視線を逸らされた。やめてひとりにしないで。
「今度は他人に責任転嫁?見下げ果てた『男らしさ』だこと」
 対するシェーンハイト先輩は全く動揺した様子がない。
「でも、そうね。アンタを使うより、あの子の音痴をごまかす方がマシなパフォーマンスになるでしょう」
「えっ……」
「だって、アンタよりユウの方が何倍も『強い』もの」
 さらりと言い放つ。エペルは予想外の答えだったのか、少し動揺しているように見えた。
「アンタとは『顔が可愛い』しか共通点が無いわ。度胸も、根性も、礼儀も、何より自分自身への理解も、比べたら失礼なぐらい歴然とした差がある」
「ば、馬鹿にするな!俺だって……!!」
「アタシにも勝てないアンタが、魔力も無いのに寮長クラスと渡り合ってきたあの子より優れてるなんて思ってるの?度が過ぎた自惚れは滑稽通り越して不愉快よ」
 自分が思ったより高い評価を受けている事が嬉しい反面、引き合いに出された居心地の悪さで落ち着かない。
 エペルは心底悔しそうに俯いていた。握りしめた拳がずっと震えている。
「……じ、じぐじょお……っ!!俺は、俺は……っ!」
 そして、弾かれたように立ち上がって、ボールルームを飛び出してしまった。
「エペルっ!」
「放っておきなさい。これくらいで挫けるようならそんなメンバーはこっちからお断り」
 思わず追いかけそうになったデュースを、シェーンハイト先輩が止める。むっとした顔でデュースが振り返った。
「……その言い方はないんじゃないですか?あいつはあいつなりに、歌も踊りも頑張ってました。なのに……」
「努力すれば報われるだなんて、甘えないで!!」
 シェーンハイト先輩が厳しい声で一喝する。デュースだけでなく、全員が身を竦めた。先輩は苛立たしげにデュースを睨む。
「だいたい新ジャガ二号。アンタは他人を心配してる余裕があるの?」
 デュースがぐっと息を呑む。
「ダンスも歌も他のメンバーにかなり遅れをとってる。同じ時期にダンスを始めた新ジャガ一号に比べても差は歴然。自分が足を引っ張ってる自覚、無いとは言わせないわよ」
「それは……っ」
 反論が出来るワケもない。他でもないデュース自身が一番感じている事だろう。
「チームきってのお荷物が、一丁前な口をきかないで」
「……すんません」
 シェーンハイト先輩のトドメの一撃に、デュースは俯きながらも引っ込んだ。意気消沈して戻ってくるデュースの頭をエースが小突く。
「あーあー、怒られた。だから余計な首突っ込むのやめとけっていつも言ってるじゃん。お前、バカだし要領よくないんだからさぁ」
 いつもの調子の軽口だが、デュースの目は怒りに燃えてエースを睨んだ。
「……うるせぇな!!わかってんだよ、そんな事はッ!!!!」
「えっ、なんで急にキレてんの」
「『要領がいい』お前には、わかんねぇよ!」
 そう叫ぶと、デュースもボールルームを飛び出してしまった。エースは慌てるでもなく憮然としている。
「はぁ~~?なんだよあれ、意味わかんね」
「エース、オメーもうちょっと相手の気持ち考えた方がいいんだゾ」
「それ、グリムにだけは言われたくねーんだけど?」
「グリムでも解るぐらい無神経な言い方だったって事だよ」
 ぐ、とエースが言葉に詰まった。お決まりのように拗ねた顔になる。
「つーか、なんで出来てる方が足引っ張ってるヤツに気を使わないといけないわけ?同じだけレッスンしてんだし、出来ない方が悪いじゃん」
「ペースは人によって違うからね。そんな事言ってあぐらかいてると、今に追い抜かれて足下掬われるよ」
「オレが?アイツに?ないない」
 ダメだこりゃ。
 素直に謝れないのはいつもの事だが、デュースが関わるとどうもそれに拍車がかかってる気がする。
 バイパー先輩があからさまな溜息を吐いた。
「……これじゃ練習にならないな。先輩方、少し休憩にしませんか?」
 提案に、先輩たちが同調を示す。
「ジャミルくんに賛成だ。ブレイクタイムにしようじゃないか」
「おう!一休みして気持ち切り替えていこうぜ」
 まだ厳しい表情で黙っていたシェーンハイト先輩も、これには諦めたように表情を緩めた。
「はぁ、仕方ないわね……」
 それを了解と受け取り、クーラーボックスに駆け寄る。それぞれに飲み物のボトルを手渡しつつ、残った二本を抱える。
「デュースとエペルにも渡してきますね」
 シェーンハイト先輩の分を渡しながら伝えると、小さく頷いた。
「……手間かけさせるわね」
「マネージャーですから」
 僕が微笑むと、シェーンハイト先輩も少しだけ笑ってくれた。

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