5−1:冷然女王の白亜城


 午前もみっちりしごかれたであろう面々のぐったりした顔はそのままに、午後の練習が始まった。
「全員、歌は頭に叩き込んできたわね?」
 返事は揃わないが、おおむね同意が返ってきた。まぁ合宿の初めの方から何度も聴いてるワケだし、早ければモノにしている人もいそう。
「マネージャー、曲をかけて」
「はい」
 機材を操作してボーカルの入っていない音源を流す。音が流れ出した時点で、シェーンハイト先輩の顔つきが変わった。
 迫力のある伸びやかな声が、静かな曲の始まりから盛り上がりを導いていく。
 そこからコーラスが加わって音が豊かになった。エースもデュースも真剣に歌っている。ハント先輩やアジーム先輩がこなれた雰囲気だから、うまく調和が取れていて違和感も無い。
 音の波が引けば、シェーンハイト先輩の声は最初と違って蠱惑的な雰囲気を帯びる。歌詞の雰囲気を全く崩す事がない、完璧な歌声。
 そこにバイパー先輩とエペルが加わっていく。エペルの歌声は少し固くて何かに迷ってる雰囲気はあるけれど、でもちゃんと聞こえてきた。やっぱりメインに選ばれるだけの事はある。
 まだ覚束ない部分はあるけど、練習二日目にして素晴らしい出来だと僕には思えた。全力で拍手する。
「お……おおお……おお~~~~~~~~っ!!!!」
 アジーム先輩が目を輝かせて大声を上げた。なんなら歌ってる時より声が大きい気がする。
「やべー!メインボーカルチームの歌声に聞き惚れちまっていつのまにかコーラス忘れてたぜ!」
「おい、それじゃダメだろう」
「それくらい良いって事だよ。身体が自然に踊り出しちまう!」
 バイパー先輩に咎められてもアジーム先輩はご機嫌だ。ハント先輩も嬉しそうな顔で同調する。
「トレヴィアン!素晴らしいハーモニーだったね」
「はい!スゲーアツかったっす!」
 デュースも感激を露わに頷いていた。多分、ハーモニーの一員として自分がいる事もこの表情の理由なのだろう。
 初めてにしては上出来、を明るく肯定する僕たちをシェーンハイト先輩は厳しい目で見つつ釘を刺した。
「このくらいで騒がないで」
 一気に全員の表情が引き締まる。
「まだまだメインもコーラスもガチャガチャ。メインも音を外してたし、コーラスは前に出過ぎ」
「せっかく頑張ってんのに前に出ちゃだめ?コーラスって想像より難しいな」
 オレもメインボーカルがよかった、と口を尖らせるエースにシェーンハイト先輩の視線が向く。
「新ジャガ一号」
 もうすっかりこの呼び名が定着している。エースも怒られ慣れてきた雰囲気があった。
「コーラスの重要性が解ってないようじゃ、メインボーカルへの道は七つの輝く丘の彼方より遠いわよ」
 冷静な言葉だけに重い。普段から軽口の多いエースを諫める意図もあるのだろうけど、何せ一番上手い人の言葉なので効果は絶大だ。
「メインとコーラス、どっちが調和を乱しても美しく聞こえない。心しなさい」
「うぃーっす。頑張りまーす」
 相変わらず態度は悪いけど、指摘は納得してるみたいだから、エース自身は意外と実力の不足を感じているのかもしれない。
 現実的に彼が交代するならエペルかバイパー先輩のパートだけど、エペルの持ってるちょっと危うげな雰囲気を出せるかは微妙だし、バイパー先輩ほどしっかり支え役が出来るタイプでもない。いやまぁ本気で取り組めばどっちも出来るだろうけど、今の感じだと『実力を上げて奪ってやろう』という程の気概は感じられなかった。
 エースって器用だし察しも良いし割と何でも出来るけど、何かを死ぬ気で手にしよう、みたいな雰囲気はあまりない気がする。
 悪知恵が働く割に妙に詰めが甘い所があるけど、そういう場数を踏んでるのか追いつめられてからの悪足掻きは恐ろしいぐらい強い。その一方で勝ちに行こうとかやり返そうとか言う時でさえ、究極の部分でどこか一歩引いてる気がする。
 だからこそ冷静な視点を持てるって側面もあるから、善し悪しの話ではないんだけど。スロースターターの割に熱が上がりやすくて突っ走りがちなデュースとは良いコンビだと思うし。
 器用だからこそ難しい、みたいな事もあるんだろうな。多分。
「本番では踊りながらの歌唱になる。難易度はぐんと上がるわ」
 全員の目を順番に見ながらシェーンハイト先輩が言う。不安げな視線を返したり当然という顔だったり反応は様々だが、それぞれにわざわざ言及はしない。
「さあ、次はダンスのレッスンよ。始めましょう」
 ボールルームにはダンスの練習に使いやすい大きな鏡とともに、高さ調節が出来る自立式の手すりがある。これがいわゆるバレエのバーレッスンに使われるものらしい。デュースとエペルは壁際に移動して、他のメンバーは真ん中を大きく使ってダンスの練習に入る。バレエの指導役はポムフィオーレ寮生がマンツーマンでやってくれるみたいで、端っこの方からたまにしんどそうな呻き声が聞こえた。
「あくまでもバーは支えの補助。体は真っ直ぐに、上下の動きは腰回りの重心を意識して」
「動かす時は柔らかく。恥ずかしがらずに同じ動きをしてくれたまえ」
 優雅で優しい指導の合間に、この世のものとは思えない悲鳴が挟まる。相当苦労するな、アレ。
「小ジャガ」
「はい」
「一回頭から通すわ。曲お願い」
「分かりました。仮歌入ってる方でいいですか?」
「そうね。まだ歌は合わせられないからそっちで」
「了解です。いきますよー」
 曲がかかるとみんなの顔つきが変わった。真剣な表情で踊っている。一糸乱れぬ、というには足りないけど、昨日より確実に完成に近づいていた。
 メインボーカルの二人は既に歌を入れる事を意識しているのか、自分のパートの部分で口も動かしている。ダンスの完成度もひとつ抜けて高く見えた。
 コーラス隊もダンスはかなり入ってきている。完成度の差はあれどそれぞれ動きに個性があるから、これを消してしまうのだとしたらちょっと残念な気がした。
 音楽が終わると、シェーンハイト先輩は録画のために設置していたスマホを回収して、すぐさま動画を確認する。覗きこむ面々も真剣な表情だ。
 角度を揃える部分、揃えない部分。ポジション移動のタイミング。自己解釈してはいけない部分の振り付けの修正。そういった事を確認しあい、打ち合わせた部分を重点的に練習して完成させていく。
 五人はこうしている間にも前に進んでいた。更なる上達に必要な事とはいえ、踊れない二人がどんどん置き去りにされていく。
 上達した面々が指導やアドバイスに回れるから、決して悪い事ばかりではないだろう。ただほんの少しだけ、胸の奥に不安があった。

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