5−1:冷然女王の白亜城
朝食の席でシェーンハイト先輩から許可を貰い、宅配仕事のゴーストから借りた台車に林檎ジュースを二箱乗せて出発。
「何度でも忠告するけど、あの顔だけ男と二人きりにだけはならないようになさい。良いわね?」
朝食後にも念を押された。何というか、本当に嫌ってるみたい。ハント先輩の苦笑いに同情を感じた。
「ふなー、らくちんなんだゾ」
台車の隙間に座ったグリムはご満悦だ。こうして台車でグリムを運ぶのも久しぶりだなぁ。なんだか懐かしい。僕の姿はメイド服じゃなくてジャージだけど。
最初にサバナクローだ。鏡をくぐり抜け、少し暖かい空気に人心地つく。
寮の建物に入り談話室を覗くと、何人かの生徒が談笑していた。僕に気付いた数人が笑顔で駆け寄ってくる。
「ユウさんとグリムさんじゃないスか」
「今日はどうしたんすか?」
「レオナさんはマジフト部の練習でグラウンドに行ってますよ」
「今日はキングスカラー先輩に用事があるワケではないので」
そう答えると明らかにしょんぼりされた。ちょっと罪悪感。
「ジャックいます?」
「ジャックも陸上部のトレーニング行ってます」
「そうなんだ……」
参ったなどうしよう。普通に渡せばいいか。
「実は、エペルが林檎ジュースを実家から貰って余らせてて。日持ちしないものだから皆さんで飲んでくださいって」
台車から一つ箱を手渡すと、寮生たちは笑顔で受け取った。
「大事に飲みます!!」
「家宝にします!!」
「いや日持ちしないんで早く飲んでください。あとエペルからの差し入れなんで、お礼はエペルに言ってあげてください」
「はい!!」
寮生たちは尻尾を振りながら、上機嫌でキッチンの方に向かっていった。苦笑して見送っていると、ぱたぱたと軽い足音が近づいてくる。
「ハシバくん、グリムくんこんにちは」
「おう」
「こんにちは」
同じクラスの生徒だ。ふわふわした巻き毛に小柄な体格、メガネをかけていて見るからに『草食動物』という雰囲気がある。多分、羊の獣人属なのだろう。
「おやつにドーナツ作ったから一緒にどうかなって。いまみんなで食べてるんだ」
「ドーナツ!」
グリムが目を輝かせた。はっとした顔になって僕を見る。
「貰ってきなよ。呪われてる心配はなさそうだし」
「にゃっはー!オレ様も食べるー!」
「でもほどほどにね!仲良く分けるんだよ!」
「分かってるんだゾ!」
グリムは手招きしている生徒たちの方に駆け寄っていった。和気藹々としている。
「ハシバくんお母さんみたい」
「おっ…………まぁ、保護者みたいなもんだからね」
「ねぇねぇ、聞いてもいい?」
「何でしょう?」
同級生の少年は妙にキラキラした目で僕を見ていた。嫌な予感がする。
「レオナ寮長とはうまくいってる?」
唾を飲み損ねて咳きこんだ。
「う、うま……?」
「この間、植物園ですごーくいい雰囲気だったって聞いたから」
見てたヤツいたんだ。……いてもおかしくないか、ジェイド先輩も乱入してきたし。
「別にそういうのは……よく面倒は見ていただいてますけど、それ以上の事は何もないです」
「何も無いならキスする寸前まで密着しないでしょ?」
そこまで見られてるんかい。
彼はどこか遠くをうっとりと見つめながら呟く。
「いいなぁ。レオナ寮長。強い上に権力もある肉食獣なんて憧れちゃう」
「別に明確にそういう関係があるわけじゃないですし、アタックしてみたらいかがです?」
「ボクもう恋人いるもん。それにボクじゃ無理だよぅ。誰がどう見てもハシバくんにベタぼれで他は眼中に無いって感じだもん」
同級生の衝撃の事実を知って絶句する。脳の処理が追いつかない。
「ボクたち草食動物にとってはさ、この社会で肉食の庇護下に入る事もある種の生存戦略じゃない?」
「いや僕は草食動物じゃな」
「種族や身分の違いなんて気にしちゃダメ!」
真剣な表情で僕の両手を握ってくる。妙な迫力に押されて何も言えなくなった。
「ハシバくんは僕たち草食動物の憧れの的なんだよ。百獣の王に見初められるなんてなかなかある事じゃないんだから」
「はぁ……?」
「それぐらいにしとけよ。ハシバ困ってるだろ」
見覚えのある寮生が諫めるように小柄な彼の襟元を軽く摘まんだ。同じクラスの生徒で、種類は分からないけど肉食獣の獣人属っぽい。あまり話した事がないのでどういう人かよく知らない。
羊らしき獣人属の彼は不機嫌な顔で手を払う。ついでに僕の手も離してくれた。
すかさずドーナツを食べていた一団から野次が飛んでくる。
「彼氏が部活でいないからって他寮に迷惑かけんなよな」
「それ以前にクラスメイトだもん!」
「ほら、寮のマジフト練習場の掃除当番の時間だろ。さぼんなよ」
「むぐぐ~……それじゃ、またね!ハシバくん」
「ああ、うん。お疲れさま……」
憮然としつつも、少年は寮の玄関に向かって歩いていく。その背中を見送り、振り返ればグリムが戻ってくる所だった。
「美味しかった?」
「なかなかだったんだゾ。ラギーのまん丸のヤツもウメーけど、こっちはゴツゴツした見た目に反してサクフワでうまかった!」
「気に入ってもらえたなら良かった」
同級生がにこやかに笑う。こちらも笑顔を返しておいた。
「あの、ハシバ」
「はい?」
「その、実は映画のチケットが余ってて、こ、今度の休みに、一緒に……」
「あー、すいません。休みも『VDC』に出る人たちのお手伝いしてるんで無理です」
「………………………そっか。わかった」
「誘ってくれてありがとう」
「いや、手伝い頑張ってな」
「それじゃ、行こうかグリム」
「おう!」
座っていた所にしょんぼりと戻っていく彼を、友人らしき人たちが迎えて慰めていた。なるべく見ないようにしつつ寮を後にする。
あまり喋らないクラスメイトなのでいきなりの事に驚いたけど、まぁでもそういう感情とは限らないよなぁ。
サバナクロー寮生は大半がキングスカラー先輩を寮長として認め尊敬してるけど、そうではない派閥ももちろん存在する。彼らはキングスカラー先輩を出し抜く機会を狙っているはずだ。
キングスカラー先輩がご執心の僕と仲良くなる事で精神的なダメージを与えてやろうって考えてもおかしくない。まぁただの可能性の話で、純粋に好意を抱いてもらっている可能性だってあるんだけど。
やりづらいなぁ。あんまり意識しないようにしないと。
「次はオクタヴィネルだな」
「そうだね。ご飯食べられる?」
「ヨユーなんだゾ」
台車の上で寝そべったまま胸を張る。だらだらしてるのに自信満々なその姿が妙に愛らしい。
苦笑いしつつ、引き続き台車を押して鏡に向かった。