5−1:冷然女王の白亜城
鏡面が水面のように揺れる。
何も移さなかった闇色に、景色が映る。
鬱蒼と茂る森の中が映る。暗い景色の中に、絹を裂くような悲鳴が響いた。
木々をかき分けるように視界が動いて、すぐに人影が映った。
見覚えのある女の子と、知らない男性だ。
男性は女の子に跪き、ドレスの裾を摘まみ顔を伏せている。
『だめです私には出来ない。どうかご勘弁を……お許しを』
誰かに許しを求めるような言葉だった。雰囲気もそんな感じがする。
ただ、男のそんな態度を見ても、女の子は現状が理解できていない様子だった。
『姫君を妬んで亡き者にと……逃げなさい!』
助言だった。
それを受けた女の子の表情を知る前に、場面が切り替わる。
美しい女性が、手の中のグラスを見つめて忌々しげな顔をしていた。
……ああきっと、あのグラスの水鏡に、今の景色が映っていたのだろう。
『あの裏切り者め!』
怒りは男に向けられたものだとすぐに解った。
でも依然として、底にある憎しみは別の人に……あの女の子に向けられているようだった。
女王の感情の嵐を示すように、雷鳴が轟く。
魔法が女王の姿を、醜い老婆へと変えてしまった。
己の姿を見て女王は笑う。
『これなら誰にもわかるまい』
あの美しき女王とは似ても似つかない。
けれどその魂に染み着いた憎しみは、何も変わらない。
醜悪な老婆は楽しそうに笑った。
その笑顔には女王が追い求めたであろう美など無い。
『あの子の命をもらうには……どんな方法がよかろうか?』
一番でなくても、美しい事に変わりはない。
でもそれは、あなたの望むものではないのでしょう。
だから誰の声も届かない。
鏡面が揺れる。
映っていたものが溶けて消えていく。