5−1:冷然女王の白亜城
「……夕食、なんか物足りなかったな」
浴室に向かう道すがら、エースが言葉通りの残念そうな顔で呟く。
量は申し分なかったけども、味気ないと言われてしまえば否定出来ない内容だった。もっともその意図を知っている僕としては否定も肯定も出来ずに苦笑いするしかないんだけど。
「わかる。まずくはなかったけど、全体的に辛さのパンチと油のコクが足りねえって感じだ」
アジーム先輩の普段の食生活を考えればもっともなご感想だ。一方、調理に加わっていたバイパー先輩はあまり文句は無さそう。
「量は十分だと思ったがな」
「確かに。痩せるためじゃなくて、引き締めのためのメニュー、と言ってましたね」
「でも野菜ばっかじゃ食った気がしねぇんだゾ」
デュースが肯定的に返す横で、グリムが憮然と呟く。
「オレ様とユウは大会に出ねぇんだから、肉と揚げ物食わせろってんだー!」
「はいはい、みんなのいないところでね」
うう、と不満げに呻くグリムを抱えあげる。尻尾が不機嫌にぺしぺし身体を叩いてきた。一日目にして先が思いやられるなこりゃ。
オンボロ寮の浴室は、元が寮なのでそこそこ広さはある。一人と一匹で使うには特に不自由も無かった。
七人増えても広さは問題ない。ただし設備はそうはいかない。
まず蛇口とシャワーの点検。毎日使う場所は無意識に固定していたので、他の蛇口が使えるか把握していなかった。ゴーストにも手伝ってもらって点検して、修理もギリギリ間に合ったので全員同時に入っても一人一カ所使える。
一方バスタブなんだけど、元々小さめのしか付いてなかったし、キングスカラー先輩が入れてくれたのも一人用程度の大きさだったので、複数人同時に入ったりは出来ない。それは前々から解っていた事なので、どうしても浴槽に浸かりたい時は各自の寮に帰って入浴する事、という感じで話がまとまった。
脱衣所は今回一番大きな改装が入った部分かもしれない。壁二面にそれぞれ設置されていた棚のうち片方を潰して、壁一面の洗面台にしてもらった。大きな横長の鏡に蛇口が四つ、歯ブラシも洗顔料も置けるちょっとした段差を設けている。給水が浴室と共通なので不安定ながらお湯も使える。以前エーデュースが泊まりに来た時なんかは、小さい鏡を取り合うように使ってたから、朝の混雑は最小限で済むだろう。
「おや、遅かったね」
入るなり声をかけられて身を竦める。ハント先輩が私服姿のまま脱衣所の隅に佇んでいた。
「遅かったって……食事の後かたづけ終わって結構すぐ来たんですけど」
オンボロ寮で食事する都合上、食器洗いは食べた人間がする事になった。キッチンの水道は同時に何人も横並びになれるほど広くはないので、必然的に席を立った順に片づける事になる。そしてグリムの分を手伝うために僕が自主的に最後になったのを、みんなが待っていてくれた。と、言っても最初と最後の時間差は三十分程度だが。
「いや、咎めるつもりはないよ。素晴らしい友情じゃないか」
その言葉を果たしてどこまで真に受けていいのやら。まぁでも時間がかかっているのは事実なので、笑って流しつつそれぞれが棚に自分の場所を確保して服を脱いでいく。
「時に、ユウくん」
「はい?」
「あそこに並んでいる空き瓶は何かのコレクションかい?」
ハント先輩が指さしたのは、棚の上に並んだシャンプーなどの空き瓶だ。今となっては懐かしい顔ぶれですらある。
「コレクションというか、貰い物なんですけど」
「空き瓶を?」
「まさか。貰った時は中身が入ってましたよ。オンボロ寮はこんな状態だから、不憫に思った人が生活必需品を分けてくださるんです」
下心があったりなかったりする場合もあるけれど、タダで貰っているからには文句はない。
「その恩を忘れたくなくて、使い終わっても捨てるに捨てられないんです」
「……そうなんだね」
ハント先輩の目は優しく細められていた。何かを探ろうとするような、嫌な気配は感じない。
「ちなみに今回の合宿のために、ポムフィオーレから一通りの入浴用品を提供している。自由に使っておくれ」
「おう、サンキューな!」
アジーム先輩が爽やかに笑って礼を言うと、ハント先輩も上機嫌で脱衣所を出ていった。
さて僕らもとっととシャワーを済ませよう、と思ったら浴室の扉が勢いよく開く。
「どぅうぉえ!?」
「え?な、なに?」
エースの悲鳴に驚いたのか、エペルも声を上げた。エースはすぐに我に返る。
「え、エペルか……そうだよな。お前しかいないわ」
「い、いったいどうしたの?」
「深い意味は無いよ、気にしないで」
僕が言うと何か察した顔になったけど、それ以上は追求せずに自分の荷物の方に向かっていった。
エペルと入れ違いに浴室に入り、いつもより華やかな匂いが漂う違和感に苦笑いする。見たところ誰もいない。
「シェーンハイト先輩は自分の寮で入るのかな」
「そうじゃね?見るからに長風呂そうじゃん、あの人」
「……確かに、美容のために半身浴とかしてそう……」
いつも通りの入浴手順で進めつつ、アジーム先輩が狭い風呂場と窮屈な浴槽に驚く声に苦笑する。
グリムも今や入浴には慣れたものだ。爪の加減もあるから自力でとはいかないけど、喚いて暴れた昔に比べれば大人しい。
「ったく、鼻がムズムズしやがる……ずっとこの調子かよ」
「まぁグリムはあんまりお風呂入らないんだから大丈夫でしょ」
まだ不満そうだったけど、耳を塞いでと頼めば指示に従ってくれるんだから可愛いものだ。
泡が流れると身体を振って水気を払い、それでいてエースたちの方にちょっかいを出しに行くのだから元気がいい。水が得意なワケではなさそうだけど、人がいるとそれを少し忘れられるみたいだ。
エーデュースが遊んでくれている間に自分の身繕いを済ませる。新しいシャンプーの匂い。ボディソープもリンスも、最初に貰ったポムフィオーレのものとは似ているようで違う。先輩たちの口振りからして、毎年変えているのだろう。
ほんの少しだけ、寂しい気持ちになった。