5−1:冷然女王の白亜城
道中で食堂に立ち寄り作ってもらった副菜を預かって、オンボロ寮に戻った。副菜の量は人数分にしても多く感じるけど、先輩なりに考えもある事だろう。多分。
「料理もらってきました」
「ご苦労様。それじゃあ、一旦冷蔵庫にしまって野菜を洗うのを手伝って頂戴」
「はーい」
黙々と手際よく洗っているバイパー先輩の隣に並んだ。どの野菜も元の世界で見慣れた物より少し大きい気がする。地面に接していたであろう部分に泥がついているものも多いので、いわゆる『産地直送新鮮野菜』的なものなんだろう。
料理ごとに野菜を仕分けして、指定された形に切っていく。やがてバイパー先輩は加熱調理に入り、シェーンハイト先輩はサラダのドレッシングを作り、僕はサラダを準備したり貰ってきた副菜を盛りつけたり別行動になっていった。食べる人数が多いのもあって結構な作業量がある。
僕の料理経験を聞かなかった所を見るに、シェーンハイト先輩はもしかしてほとんど自分でやる気だったんじゃなかろうか。今となってはバイパー先輩が申し出てくれてよかった。
バイパー先輩の作った料理を味見して、シェーンハイト先輩は満足そうに頷く。
「さすがね。申し出てくれて助かったわ」
「お褒めに与り光栄です」
丁度玄関の辺りが騒がしくなる。覗きこめば、グリムとエースがこちらに歩いてくる所だった。
「おかえり、掃除お疲れさま」
「ただいまなんだゾ」
「腹減った~。もうメシ出来てるの?」
「すぐに食べられるけど、アンタたちはまず手を洗ってらっしゃい」
「は、は~い……」
僕の後ろから顔を出したシェーンハイト先輩に諫められ、二人は洗面所の方に歩いていく。振り返るとにっこり微笑まれた。
「それじゃ、テーブルセッティングをしましょうか」
「ダイニングじゃ席が足りないから、談話室ですよね?……テーブル足ります?」
「抜かりないわ。一時的にソファを端に寄せて簡易のテーブルとイスを使うの。さっき搬入しておいたから並べるのを手伝いなさい」
「い、いつの間に……」
確かに何度かキッチンを抜けてたけど、その時だろうか。手際が良すぎる。
言われるがままに談話室に向かった。ソファやテーブルを窓際に寄せて、壁際に置かれていた折り畳み式のテーブルとイスを並べていく。テーブルクロスまで用意されているんだからポムフィオーレのこだわりって凄い。
あとは料理を並べて、食べる人が揃うのを待つだけ。
メインはささみのソテー。味付けは塩。バイパー先輩は使う塩の量まで指定されてた。あとは蒸しもの炒めもの和えものスープに至るまでほとんど野菜。隙間無く野菜。たまにキノコ。味付けはそれぞれ違うしボリュームもあるけど、芋類の気配はほとんど無い。デザートのフルーツは彩りも豊か。ただし柑橘類がメイン。ここまで徹底的な糖質制限メニューが並んでいると、申し訳程度に一人一個与えられているパンも、間違いなく糖質が抑えられた特殊なものだと想像がつく。
「……引き締めるどころか、すっごい本格的な糖質制限では?」
「当たり前でしょ。初日だもの」
「初日だからこそ緩めから入るものじゃないんですか?」
「これを半永久的に継続するならそうでしょうけど、アタシたちの共同生活はたった四週間よ。糖質制限の効果が出る期間には個人差も大きい。正直ギリギリなの」
太りやすいものを制限するのが目的とはいえ、糖分も油分も生きていくためには不可欠なものだ。極端すぎる制限は生活に支障を来す。
「その上で、今日は各自で朝食と昼食に好きな物を食べてる。極端なメニューでも栄養上の問題はないわ。それに……」
「それに?」
「……初日に一番厳しいのを見せておけば、後のメニューがマシに思えてくるでしょ?」
凄く意地の悪い笑顔だ。その通りなんだけど本当に容赦がない。
「さ、食べたらお風呂に入って、ストレッチとスキンケアもしないと。のんびりしている時間はないわよ。アンタにもね」
背筋を寒いものが駆けた。僕はもしかしてとんでもない状況に追い込まれているのかもしれない。今更遅いけど。