5−1:冷然女王の白亜城
寮内は異様に静かだった。マジフト大会前に訪れた時は人の往来がそれなりにあって、そこかしこから穏やかな声が聞こえたものだけど、今は自分たちの足音しか聞こえない。
バイパー先輩が顔をしかめて、足音を殺しつつ歩みを進める。
「明らかに何かあるな」
「オーディションに通過しただけなのに、なんでこんな目に遭ってるんだか……」
「僕なんかオーディション受けてすらないよ」
「オレ様なんか落とされたのに巻き込まれてるんだゾ」
「映画のスパイみたいでわくわくするな~」
アジーム先輩の脳天気発言に一同がずっこける。まぁでもいっそ、これぐらいの気持ちでいてもいいのかもしれない。今は真似できそうにないけど。
バイパー先輩の足は淀みなく進み、談話室の横を通り過ぎる。
「止まれ!」
大きな声が聞こえて全員が身を竦めた。全員が足を止めると、進行方向の廊下の先から二人のポムフィオーレ寮生が現れる。更に談話室から二人、後ろにも三人。完全に囲まれた。
多分、談話室に潜んでいた二人は身を隠す魔法でも使っていたのだろう。バイパー先輩が忌々しげに舌打ちしている。
「貴様ら、オーディションを通過した者たちだな!」
「正門にいた寮生はやられたか。だが、所詮やつらは小手調べ」
「今度は私たちが相手だ。そう簡単に我らが寮長たちの許へたどり着けると思うなよ!」
「はあ~!?呼び出したのはそっちだろ」
「わけがわかんねぇんだゾ!」
こちらの怒りなど向こうは知ったこっちゃないという顔だ。
ただ、この状況はキツい。一斉掃射など食らおうものなら打つ手がない。
「ユウ」
バイパー先輩が僕を見る。耳を貸せ、というジェスチャーに素直に従った。
「俺はカリムを守る事を優先する。道案内を続けてほしいなら正面を開けてくれ」
「魔法使えない人間に無茶言わないでください」
「君なら魔法が使える人間相手でも充分戦えるだろう?」
にっこり笑って言いやがる。されたくない信頼だ。
非常に不本意だが、文句を言ってる時間もない。
「グリム」
「む?」
「前の二人を片づけるよ」
グリムはニヤリと笑って背中を登ってきた。
「天才と最強の出番って事だな!」
「うん、まぁ防御は任せるね。囮役よろしく」
「……おとりやく?」
肩に登ったグリムを掴む。
「という事で投げるから正面の二人よろしくねグリム!!」
「言えば投げて良いって事じゃねえんだゾふなななぁぁぁぁ~~~!!!!」
放物線を描いてグリムが進行方向の二人の方に飛んでいく。
慌てて攻撃魔法を放つ二人に正面から距離を詰める。マジカルペンを叩き落とし、それに戸惑う間に片方を投げ飛ばした。もう片方の顔面にグリムが着地している。バランスを崩して仰向けにひっくり返り、それっきり動かなくなった。大丈夫かな。
「グリム、ナイス着地」
「……あとで覚えてるんだゾ」
「高級ツナ缶がいい?」
「二つ」
「わかったわかった」
頭を撫でるといつものようににひっと笑ってみせた。
まぁ物につられてくれる間が花よね。
「に、逃がすな!」
談話室にいた片方が声を上げる。もう片方がこちらに駆け寄ろうとして、バイパー先輩に当て身を食らって倒れた。
「人の邪魔をするからにはそれなりの覚悟があるんだろう?こっちも手加減はしないぞ」
「くっ……!」
ポムフィオーレ寮生は悔しそうに呻きつつも、マジカルペンを懐にしまって構える。
「私とて美の探求者!魔法以外の道も修めている!魔法しか使えないと侮られるのは心外だ!」
キエェー、という奇声を上げてバイパー先輩に飛びかかり、流れるような動きで投げ飛ばされた。床に叩きつけられて動かなくなる。
「別に侮ったつもりはないが。より早い方法を取っただけだ」
「まぁ魔法で戦ってもジャミルには勝てないけどなー」
アジーム先輩の無邪気な言葉が一周回って冷たい。
「さぁ行くぞ、カリム」
「おう!」
「ま、待て!まだ私たちが……」
「おぉっと足下注意!」
エースが笑って言うと、風の魔法が後ろにいた三人の足下を掬った。綺麗に三人揃ってすっころぶ。
「ついでに頭上も注意だ!」
デュースが言った直後に、大釜が倒れた三人を押しつぶした。
「ぐえーっ!」
お手本のような悲鳴を上げて、ポムフィオーレ寮生たちはうなだれる。
「私はここまでのようだ。無念……」
「最後までお前たちと共に戦えた事、誇りに思う……」
「僕もさ……だが次こそは華々しい勝利を……」
大釜どかせば普通に動けそうだが、なぜか三人揃って芝居がかった台詞を吐いてから動かなくなった。何なんだ本当に。
「おいコラ!そっちから喧嘩ふっかけてきたくせに勝手に悲劇ぶんなよ!」
「ポムフィオーレって……ハント先輩といい、何を言ってるかよくわからない奴が多い気がする。これが、魂の資質の違いなのか……!?」
「魂と言うより、価値観や美意識の差だと思うが」
「あっはっは!ウチの学園っていろんなヤツがいて面白いよな~!」
のんきに喋っていると、また他の気配が近づいてくる。
「急ぎましょう、また来ますよ」
「ボールルームまでどれぐらいだ!?」
「ここを過ぎればもう七割を超えるくらいだ。あともう少し頑張ってくれ」
バイパー先輩がアジーム先輩を連れて走り出す。僕たちも追いかけた。
「いたぞ!選抜メンバーだ!」
「ポムフィオーレ寮生の誇りをかけて、ここは通さない!」
前方を塞ぐポムフィオーレ寮生が光の弾と水流で吹っ飛ばされた。だけど廊下の先からまだまだ走ってくる。恐らく後ろからも追いかけてきている事だろう。
「コレじゃキリがねぇんだゾ!」
「前に進む事を優先する!後ろは任せるぞ一年生!」
「あーもうめんどくせー!」
エースの心からの叫びが廊下に響きわたった。