5−1:冷然女王の白亜城


 あからさまに落ち込んだグリムと一緒にいつも通りの授業をこなした。食欲はいつも通りなので、ひとしきり落ち込んで気が済んだらいつものように戻るだろうとは思っているけど。
「グリムはどうするんだ?呼ばれてないけど」
「でもコイツだけ放っておくわけにもいかないっしょ。どこでトラブル拾ってくるかわかんねえし」
「ふなっ!オレ様を問題児みたいに言うんじゃねえんだゾ!」
 充分問題児だよ。
 ツッコミは飲み込んでグリムを抱え上げる。
「グリムは僕の親分だから。子分のお知らせを聞く権利があるって事で」
「……にゃはは!その通りだ!って事でオレ様もついてってやる!」
「ユウがそれでいいならいいけど」
 言いながら、エースはちょっとほっとしたような顔をしていた。あんな事を言ってたけど、グリムだけ仲間外れにするのは気が引けると思ってたのかもしれない。
 結局いつものメンバーで鏡舎に向かう。ポムフィオーレのクジャクがあしらわれた派手なデザインの鏡を通り抜けた。
 いつ見ても壮麗という言葉が似合う白亜の城。冬に比べれば暖かな、それでいて爽やかな空気が漂っている。
「選抜メンバーに選ばれたからには、歌や踊りの特訓があるんだろうな」
「そりゃそーでしょ」
「ぐぬぬ……オマエらに負けたと思うとますます悔しいんだゾ」
「おーい、お前たち!」
 緊張感の薄い会話をしている僕たちに、後ろから声がかかった。振り返れば先日まで毎日顔を合わせていた二人が鏡の方から歩いてきている。
「カリムとジャミルじゃねぇか。どうしてポムフィオーレに?」
「俺たち二人は選抜メンバーオーディションに受かったんだ。もしや、お前たちも?」
「そーなんすよ!」
「じゃあ、あの日は上手くパフォーマンスできたんだな。良かったぜ!」
 アジーム先輩が屈託のない笑顔を向けてくるが、グリムはまた落ち込んだ顔になる。
「でもオレ様だけが落ちちまったんだ。悔しいんだゾ~」
「さすがのヴィル先輩も、君をチームに組み込むのは難しいと思ったんだろう……」
 やっぱそう思いますよね。
「元気出せよ、グリム。クラッカー食うか?」
「うっ、またそれか。いらねぇんだゾ」
 アジーム先輩が懐からクラッカーを差し出したが、グリムは断りつつこっちに逃げてきた。アジーム先輩は残念そうな顔でクラッカーをしまい、バイパー先輩が呆れた顔で溜息をついている。
 寮の正門は程なく見えてきた。ポムフィオーレ寮の独特なデザインの寮服を纏った生徒が二人、門の前に立っている。背筋を伸ばしたまっすぐな立ち姿はいかにもポムフィオーレ寮らしい雰囲気だ。
「そこの五人と一匹。止まりたまえ!」
 生徒の片方が声を張り上げた。思わず足を止める。
「僕たちの事か?」
「『VDC』選抜メンバーオーディションを通過した方々とお見受けする」
「おう!ヴィルに呼ばれてきたところだ。アイツのところまで案内してくれないか?」
 アジーム先輩が人なつっこい笑顔で答えた。うっかり絆されそうな善性丸出しの笑顔を前にして、ポムフィオーレ寮生の浮かべた笑顔は挑発的だった。
「……残念だったな。そうやすやすとここを通すわけにはいかない!!」
「えっ?」
「ポムフィオーレの門は、美と強さを兼ね備えた者のみが通る事を許されるのだ!」
 芝居がかった口調で、ゲームに出てくる王城か神殿の門番みたいな発言をする。……魔法のある世界に現実味もクソもありはしないが、浮き世離れしすぎててまた変な世界に迷い込んだのかと一瞬思った。
 ポムフィオーレ寮生は両者の中間ぐらいの位置に白手袋を投げつける。そして高らかに言った。
「さあ、私が投げた手袋を拾いたまえ!」
 静寂が訪れる。こちらは全員で顔を見合わせた。
「なんだ?アイツ手袋を投げつけてきたぞ。どうしたんだ?」
 アジーム先輩の無邪気な発言が聞こえたのかはわからないが、ポムフィオーレ寮生はマジカルペンを構えた。いち早く気づいたバイパー先輩が声を上げる。
「ボーッとするな、カリム。来るぞ!」
 防壁が光の球を防ぐ。誰も拾ってない手袋はいつの間にか消えていた。
「いやいやいやなんでそうなんの!?」
「言葉は不要。今はオーディションに合格した君たちの力を我々に示す時だ!」
「僕は連絡があるって言われて来ただけなんですけど!!」
「オレ様なんか呼ばれてすらねーんだゾ!!」
「同行者に例外は無い。ここを通りたくば力を示すが良い!」
「なんだそれー!」
 手袋を投げなかった方がマジカルペンをサーベルみたいに持つと、魔法石から実体の無い刃がすらりと伸びる。うわめっちゃかっこいいヤツじゃん。
 と思っているとこちらに踏み込んできた。グリムを後ろに投げつつ身を伏せる。頭上を刃が通り過ぎた。次の攻撃に入られる前に大きく後ろに下がる。
「ユウ!投げる時はなんか言え!」
「ゴメン暇がなかった!」
「ふ……反応は悪くないな」
 口振りから自信は感じられるけど、追ってこない所を見ると機動力はそこまでじゃないな。バイパー先輩なら詰めてくる距離感だもん。
「魔法が使えない身ながら学園長からの信頼も厚いオンボロ寮の監督生の力量、見極めさせていただく!」
「別に僕は信頼されてないですー!」
 叫んだ所で聞いちゃいねえ。
 とりあえず構えた。無力化が最優先。キレるのはそれからでもいいや。
 さっきの振りの鋭さはまぐれではなさそうだが、対峙してみると不自然な動きが目立つ。あまり実戦では戦い慣れてなさそう。
 魔力切れを狙ってみるのもアリだが、あんなに自信満々に使ってくるなら余裕があるかもだし、もうなんか面倒。
 何度目か知れない教科書的な連続斬りを振り抜いた所を狙ってマジカルペンを蹴る。
「あっ」
 誰の目から見ても明らかに集中が途切れた瞬間に、彼の頭上に大釜が落ちてきた。ガツン、と痛そうな音が響き、ポムフィオーレ寮生は目を回してぶっ倒れる。
 振り返れば、もう一人は既に膝をついていた。エースが頭に手を回して暇そうにしている所を見るに、バイパー先輩だけで片づいたのだろう。
「ありがとう、デュース」
「どういたしまして」
 後ろにぶん投げたグリムを回収する頃には、倒れた一人もどうにか起きあがっていた。
「くっ……なかなかやるじゃないか」
「だが、これで終わると思うなよ。真の美への道のりは遠く険しいものなのだ……」
 これまたいかにもな雑魚敵の台詞を吐く。頭に大釜を食らった方は若干呂律が回ってないけど。大丈夫かな。
「さぁ、我らを乗り越えて進め!美の探求者たちよ!!」
「勝手に変な称号つけないでもらえます?」
「いきなり襲いかかってきて、なんなんだ一体?」
「とにかく、ボールルームへ行ってみましょう」
「……で、ボールルームってどこにあるの?」
 誰も答えない。見かねたバイパー先輩が溜息を吐いた。
「こないだのオーディションの時に大体の内部構造は頭に入れてある。緊急時の離脱に必要だからな」
「さすがジャミル先輩!」
「頼りになります!」
「仕事が出来る従者の鑑!」
「よせ、騒いで他のヤツが来たらどうする」
 後輩たちから持ち上げられて満更でもなさそうな顔だったが、すぐに表情が引き締まった。
「一応最短距離を目指すが、無用な衝突は避けたい。基本的に俺の指示に従ってもらうぞ」
「はーい」
 同行者が声を揃えて同意を示すと、バイパー先輩は満足そうに頷いた。

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