5−1:冷然女王の白亜城


 オーディションの結果は翌日の午後までに合格者に通知される。
 随分早いんだなぁと思ったけど、シェーンハイト先輩は大会まで日が無いって認識みたいだし、素人が混ざる可能性を考えたらそんなものなのかもしれない。
 大半の人間は、発表の場とか目標が決まる事で物事が加速度的に進む。時間が無ければ更に集中する。……無さ過ぎて突貫工事になる事が無いとは言わないが。
 まぁでも昨日聞いたキングスカラー先輩の評価の通りなら、シェーンハイト先輩がその辺の手を抜くとは思えない。きっと厳しいレッスンになるんだろうな。合格した人は大変そう。
 オーディションの所感などは何も聞いていない。いや、グリムだけは胸を張って良いパフォーマンスが出来たと満足げだった。真偽は定かではないけど、まぁ別にいいや。僕に善し悪しが分かるとも思えないし。
 昨日がどんなに劇的だったとしても、翌日はただの平日だ。結果が送られてくる、というだけの。
「はー、マジついてねー」
「アイツ、宿題を上乗せするために、オレ様たちを眠らせる魔法を使ってるに違いねぇんだゾ」
 次の授業への移動のためにだらだらと外廊下を歩きながら雑談する。さっきの魔法史の授業で居眠りが見つかり、エースとグリムの宿題が増やされたのだ。まぁ自業自得なのだけど、本人たちは憮然としている。
 僕とグリムは二人で一人の生徒扱いなのだけど、最近はグリムが我慢できるようになってきた事もあって、こういう罰は連帯責任で被らなくて良くなってきた。……まぁ宿題をやるように促さなきゃいけないので、それはそれで負荷はあるんだけど。
 グリムが一人の生徒として存在するにはいろいろと大変な部分はまだあるけど、それでも生徒として認めてくれる先生は増えたように思う。使える魔法が増えてその部分を補えるようになれば、グリムが一人でやっていけるようになる。そうしたら僕は必要なくなるわけで。
「僕は眠らないように手首に輪ゴムをつけてるぞ。眠くなったら引っ張って弾く」
「そこまでするかぁ?」
「シャーペン太股に刺すよりはいいんじゃない?」
「……お前そんな事してるの?」
「たまにね」
 とはいえ、最近も今までもそこまで眠くなる事が無い。魔法史は全く知らない世界の話だから興味を引かれる部分も多いし。最近は転移魔法の歴史やら伝記やらを調べてる事もあって、帰る方法のヒントが無いか気になって寝てる余裕は無い。
 どっちかっていうと魔法解析学とか占星術の方がヤバい。まぁその辺は他の生徒も寝てたりするから僕だけじゃないと思うけど。
 特に歩調も緩めず、さりとて立ち止まる事もなく僕たちは歩いていた。
 その鼻先を唐突に何かがかすめていった。グリム以外が軽く悲鳴を上げて立ち止まる。
「うわあぁ!?」
 思わず目で追って壁に刺さった矢を見る。矢が飛んできたであろう方に走った。中庭を越えて反対側の廊下に来たけど、通り過ぎる生徒に怪しい雰囲気はない。逃げていくような姿も見えない。
 中庭には木やら井戸やら障害物も多い。矢の来た方向にまっすぐ走ってこれたから延長線上に居たのは間違いないと思うんだけど、隠れる場所も無い。
 何より魔法を使えば、矢の軌道を変えるくらいは出来るか。そう思いつくと、走ってきたのも無駄足だったと恥ずかしく思えてくる。諦めて戻った。
「どうだった?」
 エースに尋ねられて首を横に振る。
「まさかオレ様たち、刺客から命を狙われてるんだゾ……!?」
「誰だよ刺客って」
 冷ややかなツッコミを入れつつ、エースは未だ壁に刺さったままの矢に目を向けた。
「……これ、手紙か?」
 言われてみれば、矢に畳んだ白い紙が結びつけられていた。デュースが矢を引き抜き、エースが解く。
「まさか果たし状か!?」
「お前、何でも喧嘩に直結させんのやめろよ」
 待ちきれないデュースの発言に、エースが呆れた溜息を吐く。程なく手紙は開かれ、長文の印刷文字が視界に入った。
『ボーカル&ダンスチャンピオンシップオーディションにご参加いただきありがとうございました』
 几帳面な文字並びと丁寧な文章、どう見ても事務連絡の書面だ。矢文で来なければただの書類である。
『厳正なる審査の結果、エース・トラッポラ。デュース・スペード。上記二名を合格とさせていただきます』
 手紙は、今日の放課後にポムフィオーレ寮のボールルームに来るように、と告げて締めくくられている。
 読み上げていたエースが黙る。僕たちも何も言えない。
「………………え?」
「…………………合格?」
 たっぷりと沈黙を挟んで、エーデュースが呟く。揃って特大の悲鳴を上げて、周囲の生徒が何事かという顔で僕たちを迷惑そうに睨んだ。慌てて頭を下げつつ、混乱している二人を見上げる。
「ご、ご、合格って事は、僕たちが選抜メンバーに選ばれたって事だよな?」
「それ以外あるかよ。よっしゃあ!これで寮長の手伝いしなくて済む!」
 まだ実感がない様子のデュースの隣で、エースは嬉しそうにはしゃいでいた。そんな二人を見てグリムは不満げな顔をする。
「ふなぁ~ッ!?オレ様はぁ!?あんなにキレキレのパフォーマンスを見せたのにぃ!」
「……普通に考えれば、組み込むのが難しかったんだろうね……」
「あ、待って。まだ手紙に続きがある」
 エースが紙の端に目をやった。読み上げている時は手に隠れて署名の類にしか見えなかったが、そこだけペンで書き加えた文章だったらしい。
「えーと、『追伸:オンボロ寮のユウ殿。お知らせがあるので放課後は上記二名と共にポムフィオーレまで来られたし』……だって」
「なんでユウが!?」
 グリムがさらにヒートアップする。こっちは嫌な予感がしてたまらない。
「ろくな事じゃなさそう……」
「どうする?歌は口パクでいいから出ろって言われたら」
「断固としてお断り。っていうかダンスも出来ないよ僕」
「まぁ、無理にとは言わないけど」
 エースはちょっと残念そうな顔だった。罪悪感がちくりと胸を刺す。
「とにかく、放課後はみんなでポムフィオーレに行ってみよう」
 デュースがまとめた。顔を見合わせて頷く。
「ふなぁ……オレ様のツナ缶四千個の夢がぁ……」
 その横で、グリムが落ち込んだ様子で呟いていた。

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