5−1:冷然女王の白亜城
最初は覚束なかった素人丸出しのダンスも、優秀な指導者のおかげで形になってきた。オーディションまであまり時間が無いから出来る事は限られるけど、素人目にも目覚ましい成長だ。
特にデュースは放課後も熱心に練習していたみたい。合わせる度に動きが良くなっていた。バイパー先輩の厳しめの指導とも相性が良かったのか、三日前とは別人みたいに見える。
「さっすがジャミル先輩。物覚えの悪いヤツらがこの短期間でパフォーマンスをモノにできるなんて」
「だろだろ~?ジャミルの教え方、すげーわかりやすいよな!オレも昔から世話になってんだ」
「俺の話はいいから……」
褒められて謙遜するのが癖になってるのか、アジーム先輩の純粋すぎる褒め言葉が恥ずかしいのか、あるいはその両方か。
いずれにしてもバイパー先輩は咳払いしていつもの調子を取り戻す。
「これで一通りの基礎は教えられたはずだ。後は各自で練習してオーディションに挑んでくれ」
「当日はライバルって事になるな。でも、お前たちの健闘、祈ってるぜ!」
「まぁ、負ける気はしないけどな」
「先輩たち余裕じゃないっすか」
余裕の笑顔の先輩たちに、エースが苦笑する。そして負けないくらい自信たっぷりの笑顔を浮かべた。
「ま、オレも落ちる気ないんで」
「うっとりする歌声とキレキレのダンスで審査員を魅了してやるんだゾ!」
「バイパー先輩、アジーム先輩、世話んなりました!押忍!」
後輩たちの意気込みを受けてアジーム先輩は嬉しそうに頷いていたが、バイパー先輩は真面目な顔になった。
「そうだ。もうオーディション参加の申し込みはしたのか?」
「え?なんだソレ?」
「そういえば……エースたちはもう申し込みした?」
二人を振り返ると首を横に振る。僕も忘れてたつもりはなかったけど、参加表明以前に歌とダンスの事で頭いっぱいだったもんなぁ。
「やれやれ、君たちもうっかりしていそうなタイプだし、もしやと思っていたが……確認しておいて正解だった」
「あっはっは!さすがジャミル。よくそんな事気づくよなぁ」
「日頃からどこかの誰かさんのおかげで慣れっこだからな」
バイパー先輩は呆れた顔だ。なんだか申し訳ない。
「申し込み締め切りはオーディションの前日だ。早めに申し込んでおくといいぞ」
この口振りだとバイパー先輩はアジーム先輩と一緒に申し込み済み、なんだろうな。
「じゃあ、明日の休み時間にでも行こうか」
「そうだな」
「異議なし」
エーデュースと意思確認も出来た所で、まだもう少し時間が残っている。
「じゃあ、最後に一回通すとしようか」
「よっしゃ!一緒に踊ろうぜ!」
エースが軽く、デュースが真面目に返事をする。グリムも元気に飛び跳ねていた。
別に立ち位置があるわけでもないけど、五人は何となくそれっぽく並んでいた。世間で人気のカッコいい曲に併せて、少年たちが歌って踊る。
エースは最初から結構踊れていたけど、指導を受けた後はやっぱり違って見えた。振り付けの見せ場を上手く掴んでいて、ウインクする余裕まである。
デュースはまだ少し辿々しいけど、ちゃんと音楽に遅れずについてきていた。声も動きも固く感じるけど、声は真っ直ぐに出ているし、身体は縮こまっていないので見栄えが良い。
グリムは体格を生かしたアレンジはしつつ、音楽に合わせてうまく動いているように見えた。歌声の声量もみんなに負けていない。
アジーム先輩は相変わらず動きが軽やかだ。何より凄く楽しそうに踊る。見ているこっちが楽しくなってしまう魅力があった。
バイパー先輩は抜群の安定感だ。歌もアジーム先輩に合わせてハモりとか入れている気がする。本当にカッコいい。
曲が終わり、思わず拍手する。グリムが誇らしげに胸を張った。
「かっこよかった!三日前とは大違いだよ!」
「へへん。トーゼンなんだゾ」
「そりゃ三日前と変わってなかったらヤバいって」
「まだまだ課題は多いけど……ひとまず、振りは一度もミスらずに済んだ」
デュースが安堵した様子で笑う。少し自信がついたなら良かったな。
「ユウが笑顔になれたなら大丈夫だな!」
「アジーム先輩も、バイパー先輩もかっこよかったです!」
「へへ、ありがとう!ユウが楽しそうに笑ってくれてるのがこっちからも見えたぜ!」
「観客がいるというのも悪くないな」
「オーディション受かったら、すっごい大観衆の前に出るんですよね。テレビ中継するぐらいだし」
「だ、大観衆……」
デュースが緊張した感じの呟きを漏らしたが、アジーム先輩はそれに気づく事なく笑顔を浮かべた。
「おう、張り合いがあるよな!!今からわくわくしてるんだ!」
強すぎる。
だって人生を左右されるような、テレビ中継まで入るような大きな大会だっていうのに。
と、思ったけどそういえばこの人世界有数の大富豪の跡取りなんだっけ。ある意味、それぐらいの度胸試しの機会には事欠かないのかもしれないなぁ。
「さ、午後の授業が始まる前に片づけを終わらせるぞ」
バイパー先輩の号令でみんなが掃除を始める。もはや慣れたものだ。
体育館で練習をする人は日に日に増えている。中には遊び半分っぽい人もいるけど、ほとんどの人は真剣に見えた。
スターになる夢。
誰もが一度は憧れる業界だ。学校単位でその機会を得られるなんてそうそう無いだろう。目指す人たちからは前向きなエネルギーを感じられた。
それを意識した瞬間に、凄まじい疎外感が全身を襲う。普段は認識する事さえほとんどない他人との違いを自覚する。
自覚した所で、何も変わる事なんて無いのに。
「無理に練習についてくる事なかったんじゃないか」
横から声が聞こえて我に返る。バイパー先輩が訝しげな顔で僕を見ていた。
「グリムをほっとくわけにもいかないですから」
「あの二人がついてればそうそう変な事にはならないだろ」
「そうでもないです。むしろ三倍ヤバい事になったりするんで」
「……そ、そうなのか」
バイパー先輩は困った顔になる。慌てて咳払いしつつ、改めて僕を見る。
「元の世界に帰る手段は見つかりそうか?」
「学園長からは何も」
「……そうか」
期待なんかもうしていない。自分で探さなくてはいけない、と思い始めている。……諦めなくてはいけないのかもしれない、とも。
「こんな事を言うべきではないのだろうけど」
「はい」
「俺は君がここにいてくれる事を嬉しく思う」
バイパー先輩が柔らかく微笑んだ。
「……今度は何を企んでるんですか」
「純粋な好意を口にしただけなのに酷いな」
「学園長の弱みとか僕は握ってないですよ」
「まぁ君自身が、学園の不手際の証拠みたいなものだろ」
魔法の使えない異世界の人間が、学園に入学者を連れてくる黒い馬車に乗せられて運ばれてきた事実。
本来は出るとこ出れば問題に出来る事だとは知っている。
「学園長は君をグリムと入学させる事で、『入学者じゃない人間』を『入学者』にして難を逃れたワケだ」
「悪知恵の働く人ですよね、ホント」
「でも君が魔法を使えない事実や、ここに来た経緯は消えないからな」
あくまでも表面上の隠蔽に過ぎない。問題はもっと根深い。
……本当に、どうしてこんな所に来てしまったんだろう。黒い馬車に乗る直前にどうしていたか、全く思い出せなかった。
自分のプロフィールや家族構成、日常の些細な事、それから魔法少女をやってた頃の事なんかは思い出せるのに、魔法少女を辞めた後の詳細な時系列がどうにも整理できない。
こみ上げてくる不気味な恐怖を腹の奥に押し込む。
「人の不幸の悪用はご遠慮くださーい」
「そう言うなよ。糾弾するなら俺たちはいつでも力になるってだけの話さ。なぁ、カリム?」
「うん?おう!もちろん!」
掃除を終えて戻ってきたアジーム先輩が元気に応えた。多分、『いつでも力になる』って部分しか聞こえてなかっただろうな。思わずため息をつく。
「ダメですよ、そんな安請け合いしたら……」
「うーん、でも、悪い事をしてなくて、ジャミルが助けるって言うなら俺だって助ける。一人より二人の方が力になれるもんな!」
アジーム先輩は悩み考えて答え、でも結局は太陽のように笑う。まぶしい。
「ジャミルの変わりようもやべーけど、カリムは変わってなさすぎるんだゾ」
肩に登ってきたグリムが呆れた声で呟いた。