5−1:冷然女王の白亜城


 ナイトレイブンカレッジでは、昼休みでも体育館でスポーツを楽しむ事が出来る。次の授業の妨げにならない事が前提条件だが、比較的揉め事は無いらしく細かな取り決めも無い。
 例の『VDC』のオーディションを目指すのであろう人の姿が、体育館でもそこかしこに見られた。音楽を流しながらスマホを見ながら、みんながダンスの練習をしている。実力は様々。
 普段は昼休みに体育館になど来る事がない。小競り合いも無く練習している姿はなんか意外だった。本気だから人に構っている余裕など無い、という事だろうか。
「全ての動きがドタバタしてて見苦しい。美しさがカケラも感じられない」
「百点満点中五点!ッカ~~~!!腹が立つんだゾ!」
 エースが昨日のシェーンハイト先輩を真似て言う。グリムがそれに続き、威嚇音と共に苛立ちを露わにした。
 昨晩は課題曲のダンス動画を見せてほしいとせがまれていろいろ見てたけど、結局どういう感じがいいのかイメージも固まらなかった。エースが今朝提案してくれて、どうにか参考にする振り付けが決まったような有様。
 さらに情報収集をしていたところ、『VDC』の出場者の選抜はシェーンハイト先輩が一任されている事が判った。そりゃ世界的インフルエンサーだもんな。使わない手は無いわ。オーディションの受付役がハント先輩なのも、ポムフィオーレ寮の副寮長で彼の右腕的な存在だからだろう。
「絶対にオーディションで華麗なダンスと歌を魅せつけて『代表選手になってくださいグリム様』って言わせてやるんだゾ!」
「おーよ」
 絶対言わないと思うけど、ツッコミを入れるのも野暮なので黙っておく。
「……で、デュース。お前もオーディション受けるって、どういう心境の変化?」
「僕だってああまで言われちゃ腹が立つ!」
 いつもの、拳で手の平を打つ仕草をしつつ、表情が曇る。
「それに……ちょっと、あいつの事が気になって」
「アイツって、エペルの事?」
 デュースは真剣な表情で頷いた。
「自分から『ボーカル&ダンスチャンピオンシップ』に参加希望しているようには見えなかった」
「寮長さんに怯えてる感じがしたよね」
「あいつ……僕とぶつかった時、泣いてたんだ。嫌なのに無理やりやらされているんだとしたら、優等生として無視はできない」
「自分で『優等生』って名乗っちゃってるとこが優等生じゃないとは思うけど」
 エースのツッコミに、デュースが痛い所を突かれた顔になる。それを無視してエースは続ける。
「確かにエペルって見るからに気が弱そうだし、渋々練習してんなら可哀想かもね」
 珍しく人を思いやる言葉を分かりやすく口にしたかと思えば、表情が意地悪い笑顔に変わる。
「だったら、オレらがエペルよりカッコいいパフォーマンス見せて、オーディションでアイツを落とせばよくね?『真剣にテッペン狙ってないヤツが冷やかしに行くべきじゃない』だろ?」
 昨日のデュースの言葉を借りて発破かけつつ、エースは笑みを深める。
「やる気ねーってんなら、その席、オレらがもらおうぜ」
 デュースは真剣な表情で頷いた。やる気十分で何より。
「よーし!じゃあまずはダンスの特訓から始めるんだゾ!」
 エースが選んできた振り付けの動画を全員で確認する。男性ボーカルのいかにもカッコいい曲で、振り付けも大きな動きの多いものだ。
 まずは通しで見て、それから小分けで振り付けを覚えていく。
 エースはすぐに振り付けをものにして形になっていたが、デュースやグリムはそう簡単にはいかない。
「ええっと……ここがこうで……こっちがこうなって……」
「ふな、い、今のトコもう一回見せろ!」
 まごまごしている間にもエースはどんどん進んでいく。ふと隣を見ると派手に吹き出した。
「デュース。お前、簡単なステップもマトモに踏めてねぇじゃん」
「なっ……しょうがねーだろ。ダンスなんかやった事ねぇんだから!」
 確かに経験の差とかセンスの差とか、そういうものを感じる。二人とも運動神経は良い方だと思うんだけど。
 良くも悪くもデュースは真っ直ぐで、エースは柔軟、みたいな。普段がそういう感じだし。
「ぐぬぬぅ~。手と足が同時に出ちまうんだゾ~」
「練習、頑張らなきゃだね」
 普段しない動きにグリムは苦戦している様子。これは練習あるのみ、だろうな。マジフトの時もなんとかなったから大丈夫だとは思うけど。
 とはいえ自主練習だと限界がある気がする。僕は歌もダンスもアドバイス出来ないし、こういうのって鏡がある部屋とかでやると捗るんだっけ?自分の姿が見えれば、どう動いてるか解って改善しやすい、みたいな。
「おっ?お前らもダンスかぁ?オレたちも混ぜてくれよ」
 明るく声をかけられて振り返れば、満面の笑顔のアジーム先輩が駆け寄ってくる所だった。後ろからバイパー先輩も追いかけてきている。
「ふなっ、スカラビアのギクシャクコンビ」
「変なコンビ名をつけるな。それに、別にギクシャクはしてない」
 バイパー先輩が律儀にツッコミを入れる。苦笑して流しつつ、エースは明るく話題を変える。
「もしかして、カリム先輩とジャミル先輩も『VDC』のオーディション受けるんスか?」
「おう!だって、でかい祭りなんだろ?せっかくなら踊りたいじゃないか」
 何とも明るく、そして気安い。人生をかけて挑む人もいれば、こういう手合いもいるのが幅広いオーディションならでは、と言うのもなんだけど。
「オレもジャミルもダンスと歌は得意だし。な、ジャミル!」
「俺は目立つ事はあまりしたくないんだがな……」
 何か言いたげな顔で言いつつ、溜息を吐く。そんな相方の事を気にせず、アジーム先輩は笑顔のままだ。
「しかし、後ろから見てたけどお前ら本当にヘッタクソだな~!ゾウが二本足でどすどす慌ててるみたいだったぜ!」
 そして明るく大笑いする。
 特段スキルの無い人間が練習を始めた初日なのだからそりゃ褒められたものではないけど、正直すぎないか。
「踊りだけでおぼつかないのに、本番じゃ歌わないといけないだろ。大丈夫か?」
「……悪気がない分、逆に刺さる」
「そうだ。ジャミル先輩、前にバスケ部でフロイド先輩にダンス教えてた事ありますよね」
 落ち込んだデュースを横目に、エースが明るい笑顔と猫なで声をバイパー先輩に向けた。
「こないだ見せてもらったダンスもすげーかっこよかったし。オレらにもダンスのコツ、教えてくださいよ」
「おう、いいぜ!ジャミルのコーチなら間違いない」
「なんでお前が返事をするんだ!」
 先にアジーム先輩が答えた事にバイパー先輩は律儀にツッコミを入れつつ、咳払いする。……ちらっとこっちを見た気がするけど多分気のせいだろう。
「……まあ、誰かに教えるのは自分の復習にもなるし、いいだろう」
 三人は無邪気に喜んでみせた。アジーム先輩も満足げに頷いている。
 バイパー先輩が先生役をしてくれるなら、ひとまず安心できそう。エースの言う通りダンスは凄く上手かったし、人にものを教えるのも慣れてそうだし。安心して気楽な見物客に徹する事が出来る。
「素人ならまずはアイソレーションからだな」
 いきなり専門用語出てきた。
 さっきまでの気安い雰囲気ではない。みんな真剣な表情で取り組んでいる。
 基礎として身体を動かす練習をしてから、振り付けに取り組んだ。
「デュース、もう少し肩の力を抜け。首と肩が一緒に動いてると全体がぎこちなく見えるぞ」
「か、肩と首を別々に動かすなんてどうやって!?」
「落ち着け。さっきそのための動きをやっただろう?」
 デュースは軽いパニック状態だ。あまり縁の無い動きだろうし無理もない。
 ここでもエースはスムーズにモノにしていた。元々器用にやってたのに、具体的なコツを教わったらもっと見栄えが良くなっている。
 意外なのはグリムで、バイパー先輩から身体の動かし方を教わるとそれなりに動けるようになってきた。もちろん人間とは手足の比率が違うからだいぶ独特ではあるんだけど、ダンスには見える。
 そんな二人の成長もデュースの焦りを強めてしまう。でも焦った所で上手くは進まない。
「考えてるうちに音に置いていかれる……!」
「ダンスは頭で理屈を考えても無駄だ。リズムに乗って、身体で覚えるしかない」
 それ怜ちゃんも言ってた。何も考えてないって。『何で悠は身体柔らかくて筋力もあるのにダンスになると運動神経切れるの?』って……知らんがな。
 僕が苦い思い出を忘れようとしている間も練習は進んでいく。デュースも段々と慣れてきたけど、エースとの差を埋めるのは大変そうだ。
 それだけ器用なエースと比べても、お手本として踊っているアジーム先輩は更に上手い。もちろんバイパー先輩も上手い。同じ振りでも重力を感じさせない軽やかなアジーム先輩と、重く鋭い動きでキレの良さを感じさせるバイパー先輩で雰囲気が違って見えた。表現者って感じがする。かっこいい。
 不意にどこからかアラームの音がした。バイパー先輩がポケットからスマホを取り出して、アラームを止める。あらかじめセットしていたらしい。
「もう午後の授業が始まる。ダンスの練習はここまでにしよう」
「ええ、もう?踊ってると時間があっという間だな~」
 気づけば他の人たちも片づけに入っている。アジーム先輩の言うとおり、本当にあっという間だった。
「……バイパー先輩、アジーム先輩、特訓あざっした!」
「さすがジャミル先輩。教え慣れてるっつーかなんつーか……たった何十分かで、デュースたちも少しは踊れるようになってきたじゃん」
 エースの言葉にバイパー先輩が頷く。
「リズム感はともかく、運動神経は悪くない。練習を重ねれば問題なく踊れるようになるんじゃないか?」
「押忍!アザッス!」
「グリムは上達したかどうかの判断に困るが……キレはある。と、思う。たぶん」
「踊るのって結構楽しいんだゾ。明日はもっとキレキレのダンスを見せてやる!」
 ひとまずの成果が出来て二人とも満足そうだ。が、バイパー先輩はしっかりと釘を刺す。
「だが、踊りだけに夢中になっていると歌の方がおろそかになる。どちらもバランス良くレッスンをしていかないとな」
「そうだった。まだまだ課題が山積みだな」
「なあ、お前たち。明日からも一緒に練習しないか?」
 アジーム先輩が無邪気な笑顔で後輩たちに提案する。三人とも表情が明るい。
「ジャミルは歌も上手いからさ。見てもらえよ」
「お前はまた勝手に……!」
「いいじゃねーか。歌と踊りと宴は人数が多い方が楽しいだろ?」
「よろしくお願いしまーす!」
「おう!一緒に頑張ろうな!」
 後輩たちが声を揃えて言うと、アジーム先輩がまたも勝手に応えた。その様子を見てバイパー先輩は溜息を吐く。
「ったく、調子のいい奴らだ……まあ、いいだろう。ただし、優しい教え方は期待するなよ」
「余裕でしょ。スパルタにはウチの寮長で慣れてるし」
「ビシバシオネシャス!」
 エースは笑顔で調子よく返し、デュースがびしっと頭を下げる。後輩力が高い。
 先輩もそれに応える。
「それじゃあ、引き上げる前に使ったフロアの整備だ。倉庫からモップを取ってこい」
「はーい」
「カリム、お前はしなくていい……」
 バイパー先輩の呟きは無視された。とはいえ楽しそうにフロアを掃除している。危険も無いだろうと思ったのか、それ以上の指摘もしなかった。
 僕は掃除の邪魔にならないよう隅っこに移動する。バイパー先輩がそれに気づいて近づいてきた。
「グリムのお守りも大変だな」
「まぁ、二人で一人の生徒ですし。別に用事があるわけじゃないので」
 バイパー先輩は意味ありげに僕を見る。視線に気づかないフリをして愛想笑いを続けた。
「……リズム感が無くてもある程度は動けるものだと思うが、君は本当にやらなくていいのか?」
「いやいや、だって歌もあるでしょう?僕じゃマイナス要素にしかなりませんよ」
 別にやりたくもないし。エースに煽られたらムカついて殴っちゃいそうだもん。デュースはよく我慢出来てるよ。
「ああ、よかった。ここにいらしたんですね、ジャミルさん」
 バイパー先輩が口を開きかけた時、遮るように声がかかった。振り返るとアーシェングロット先輩がこちらに歩いてきている。僕にも笑顔で挨拶してくれた。
「アズール?何の用だ」
「クラスメイト相手にそんな嫌そうな顔をしなくてもいいでしょう」
 露骨に嫌な顔をしたバイパー先輩に対し、アーシェングロット先輩は軽薄に心外そうな顔で肩を竦めた。
「ジャミルさん、日直ですよね?午後の魔法史が自習になるそうです。職員室まで課題プリントを取りに来てほしいと、トレイン先生が」
「わかった。すぐ行く」
 バイパー先輩の返事に頷きつつ、アーシェングロット先輩は僕にも微笑みかける。
「ユウさんは……もしかして彼らと『VDC』のオーディションに?」
「いえ、友達の練習を見物してただけですよ」
「なりゆきで俺が歌とダンスの稽古をつけてやる事になってな」
 バイパー先輩がさりげなく隣に並んで肩を抱いてくる。アーシェングロット先輩の眉が動いた。気づかないフリをしつつバイパー先輩の手を肩からどける。
「おや、ジャミルさんも参加なさるのでしょう?後輩の面倒まで見ていてはご自身の練習に支障が出るのでは?」
「そう大した手間でもない。人に教えて気づく事も少なくないし、練習の一部と言っても過言ではないさ」
 二人の間に火花が見える。さりげなく距離を取った。
「副寮長としての業務もあるでしょうに、ずいぶん余裕なんですね」
「今更だろ。まぁ、あとは完成度を高めていくだけだから、余裕なのは否定しないがな」
「……そういえば、寮の方はあの後、大丈夫でした?」
 別段騒動になったとか噂は聞いていないが、スカラビアの生徒は『熟慮』がモットーだから気軽に揉め事を外に漏らしたりしないだろう。単純な興味だけど、結局内紛になってたらあの場にいた一人として申し訳ないしなぁ。何が出来るわけでもないけど。
「ああ。今の所は元通りだよ。心配には及ばない」
「実にスカラビアらしい。みなさん、とんでもなく面の皮が厚くていらっしゃる」
 すかさずアーシェングロット先輩が入ってくる。
「あんな事があったのに、よく一緒にダンスなど踊れるものだ」
 後半はちらりと、モップを手にくるくる回ってるアジーム先輩を見てから言った。グリムが振り回されてるモップにしがみついていて、エーデュースがそれを止めようと慌てふためいている。
「何とでも言え」
 バイパー先輩は淡泊に返した。少しだけ物憂げに目を伏せる。
「俺の場合、オーバーブロットの件で寮内外からの評価が地に落ちてるからな」
 魔法士としては不名誉な現象。悪行の末の自業自得とはいえ、命すら関わる事態だというのに世間は冷ややかだ。無論、被害者意識丸出しでいたらそれはそれでおかしいけども。
 そんな客観的な評価を、バイパー先輩は嫌と言うほど理解しているのだろう。
「スカラビア内外での地位向上のために、しばらくは大人しくカリムに従っておくつもりだよ」
「きっと寮生たちは虎視眈々とあなたの席を狙っているんでしょうね」
 砂漠の魔術師の『熟慮』の精神をモットーとするスカラビア寮。
 騒動の直後は状況に気圧され咄嗟の判断が出来なかっただろうが、時間が経てばそういう意識も芽生えてきて不自然はない。
 もっとも、そんな素質の持ち主がいるならアジーム先輩が暴君と化した時にあんな状況にはなってなかっただろうけど。
「性格の不一致さえなければ、カリムさんは仕えるのにこれ以上ない、魅力的な主だ。いずれ彼が継承するであろう『数々の財宝』、それは現代社会において、魔法よりもよほど万能に近いパワーを持っていますから」
 アーシェングロット先輩は下世話な、しかし真実であろう事を笑顔で語る。まぁ、素直な割に制御が難しいという彼の欠点を補ってあまりある魅力なのは間違いない。そんなものに惹かれる奴に、その裏にある責任まで抱えきれるとは思えないけど。
「願望を持つだけなら気安いものだな」
 バイパー先輩も似たような事を思ったのかもしれない。そして、その冷ややかな眼差しを閉ざして少し考え込む。
「……ホリデーの計画は俺にとって一世一代の勝負だったし、失敗して人生全部ダメになったと思った」
 十七歳の少年が背負うにはあまりに重い責任だ。子どものささやかな抵抗……と言うにはだいぶ洒落にならない感じだったが、とにかく彼の反抗は願いの代償に失うモノが大きすぎる。
 そんなに大きなものを失うかもしれなくても、得たいものが彼にはあった。
「でも、結局そんなに変わっていない。……ありがたい事にな」
 オーバーブロットの理由は別の内容を実家に説明した、と話には聞いている。それに納得したかは僕たちが知りようのない事だ。
 でも、彼は強制的に従者を辞めさせられる事は無く、学園に残されている。代わりを用意するのが難しいとか、そういう大人の都合ではあるだろう。
 アジーム先輩がそうさせないように働きかけたか、……バイパー先輩のこれまでの働きを正しくアジーム家が評価し信頼している、という可能性もある。
 もし後者であればきっと、バイパー先輩が悲観するほど状況は悪くないのかもしれない。あくまでも、裏にそんな気持ちがある可能性が残ってる、ぐらいの状況だけど。
 バイパー先輩は不敵に笑う。
「カリムに解雇されない限りは、俺は従者の席に居座り続ける。せいぜい俺の有能な働きぶりを周りの奴らに見せつけ続けてやるさ。カリムにも、寮生にも、両親にも、アジーム家にも……お前らにもな」
「そうでなくてはね」
 あんなにバリバリの敵意を込めて睨まれているのに、アーシェングロット先輩は嬉しそうだった。取り繕った上辺の愛想だけで話されるより、本音を出してくれる事が嬉しいのかもしれない。……それを暴いたのが自分、という事実があるから余計に。
「カリムさんに解雇されたらいつでもオクタヴィネルへどうぞ。ジャミルさんほど有能な方なら大歓迎だ」
「それはどうも。何があってもオクタヴィネルにだけは絶対に転寮しないけどな」
 つっけんどんに返しつつ、視線を僕に向ける。
「オンボロ寮なら好きに過ごせそうだが」
「勘弁してください」
「おや。オンボロ寮は今、モストロ・ラウンジ二号店のテナント契約の交渉中ですよ。あ、スタッフになりたいとの事でしたら歓迎しますが」
「お断りだ」
「冗談じゃないです」
「悪い話じゃないと思うんですがね……?」
「そりゃ、部屋の片づけは進んできましたけど、僕とグリムがいる間はちょっと」
 グリムはイソギンチャクを生やされてた間の事がすっかりトラウマみたいだし。接客業はトラブルもつきまとうし。
 何より寮同士の縄張り意識が強いこの学校で、テナントとはいえオクタヴィネルが校舎のあるエリアに拠点を構えるのは良い顔されないだろう。抗争の舞台にされるのは御免だ。
「他の寮よりは小規模、更にゴーストの手伝いがあるとはいえ、あれだけの建物を掃除するのは大変だっただろう」
「ゴーストの皆さんがほとんどやったようなものですよ。おかげさまで僕とグリムは頻繁にトラブルに巻き込まれるので」
 ははは、と先輩たちは声を揃えて笑う。顔を見合わせて同時にそっぽ向いた。
「おーい、お前ら~。もうそろそろ行かないと午後の授業遅れるぜ!」
 アジーム先輩が笑顔で駆け寄ってくる。気づけば体育館に残っている人はほとんどいない。
「カリムさんに急かされるとは……ですが確かにその通りですね」
「アズールなんかと話している場合じゃなかった。早く課題のプリントを取りに行かないと」
 バイパー先輩は僕を振り返る。
「それじゃあ、また明日な」
「はい、お疲れさまでした」
「ユウさん、苦手を克服したいと思ったなら、僕でよければ相談に乗りますよ」
「歌やダンスが下手なのは僕の個性なんで、余計なお世話です」
 自分でも驚くほど冷たい声が出た。アーシェングロット先輩から息を飲んだみたいな音がする。
「あ、違、すみません。そんなつもりじゃ……」
「ほらアズール。早く行かないと授業に遅れるぞ」
「ああああ、ちが、べ、弁解させてくださいぃぃぃ……!!」
 にやにや笑いのバイパー先輩がアーシェングロット先輩を引きずっていく。アジーム先輩まで面白がって一緒に引きずっていった。
 ……ちょっと冷たく当たりすぎたかな。近いうちにモストロ・ラウンジに顔を出しておこう。
「……なんか、大丈夫なのか?アレ」
 掃除を終えた三人が歩いてくる。
「……まぁ、後でフォローはしとくよ。悪気は本当に無かったんだろうし」
「つか、オレらも急ごうぜ。次の移動教室、西校舎で遠いじゃん」
「そうだった!走らないと間に合わないぞ!」
 言うが早いかデュースが駆け出す。本気を出すな陸上部。エースもへいへいとか言いながら追いかけていった。グリムも慌てて走り出す。僕をそれを追いかけて走り出した。

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