1:癇癪女王の迷路庭園




『起きて、起きて。学園長から荷物が届いたよ』
 肩を揺さぶられ、ゴーストの声で起こされる。埃まみれのソファと違って快適な寝心地だった。ボロボロの窓から差す朝日さえ心地良い。
 洗面所で顔を洗って、談話室に顔を出す。ソファではエースがまだ寝ているが、ゴーストたちはテーブルに届いた学用品を広げて確認しているらしい。
『おはよう、ユウ~。よく眠れた~?』
「おはよう、みんな。凄く寝心地良かった。本当にありがとう」
『それは良かった。頑張った甲斐があったというものじゃ』
 ゴーストの一人が荷物を抱えて飛んでくる。綺麗なビニールに包まれた洋服らしい。
『指定の制服だ。ベストと腕章は所属寮に応じて用意されるものだからここには無いが、これだけでも生徒らしく見えるじゃろ』
『とりあえず今日必要な物は揃ってたから、鞄にしまっておくね~。ゴーストカメラもケースごと入れておくから~』
「うん、ありがとう!着替えてくるね」
 二階に上がり、ベッドの上に制服を広げた。ワイシャツにジャケット、脇にラインの入ったズボン。ネクタイと靴下に、革の手袋までついてる。どれも皺一つ無い新品だ。袖を通せばどれもサイズがぴったり。……パジャマといい、いつの間に測ったんだろう。
 暖炉の上に置いてあった恐らく新品のヘアブラシで髪を整える。同じく暖炉の上に、昨日のメイド服についていたメガネが置かれていた。誰かが綺麗にしてくれたらしくピカピカに磨かれている。有り難く思いつつ着用。形が元の世界でしていたものに似ているので、実はちょっと気に入ってたりする。デザインが可愛いとかでなく物理的に、動く時の違和感が少ないので気が楽だ。
 そんな事をしていると、玄関の方が騒がしくなってきた。グリムも起きたので、抱えて一階に降りる。
「おはよう、エース、デュース」
「おはようなんだゾ」
「おはよう、ユウ、グリム。……こうして見ると不思議な気分だな」
「おはよ。……そのメガネまだすんの?」
 デュースは爽やかに笑っているが、エースはうんざりって感じの顔だった。ゴーストが持ってきてくれた首輪のリボンを受け取り、抱えていたグリムを下ろす。
「もう七年ぐらいかけてるから、無いと落ち着かないんだよ。ここに来た時は持ってなかったから、あの服についてたのはラッキーだったかも」
「視力には問題ないのか?」
「うん、めちゃくちゃ健康」
「じゃあかける必要なくね?」
「これをかけてると変質者との遭遇率が体感八割減る」
「それは……凄い効果だ……」
 デュースは素直に納得してくれたが、エースはやっぱり訝しげだ。
「もったいねーなー。顔見たら気分上がりそうなのに」
「ところで、デュースはどうしたの?エースを迎えに来たとか?」
 話を振ってやっと、デュースは我に返る。本来の目的を思い出したらしい。
「朝になって話を聞いて、ユウに迷惑をかけてるんじゃないかと思って」
「大当たりなんだゾ」
 リボンを巻いたグリムがよじ登ってくる。首元にはちゃんと昨日貰った魔法石がきらめいていた。
「……寮長、まだ怒ってた?」
「そうでもない。起床時間を守れなかった奴が三人ほどお前と同じ目に遭ってたくらいだ」
「全然そうでもなくねえじゃん!」
 寝坊で、盗み食いと同じ処罰がなされる寮長、かぁ。
「これは……謝ったぐらいで許してもらえるのかな……?」
「どうだろう。さすがに入学二日でそこまでは……」
「グリムの時はどうだった?その首輪すぐに外れたの?」
「学校から追い出されてしばらくしたら勝手に外れたけど……何でかはわかんねぇ」
「あー、でも一晩経っても外れてないから時間経過って事はないか。距離かな」
「つまり、学校の外に出たりしない限り外れない、って事か……」
「それも憶測だからね。つまみ出されたタイミングで解除されただけって可能性もある」
 今の状況では判断材料は多くない。やっぱり素直に謝って外して貰うのが最短の近道だろう。
 それを理解したらしいエースもうんざりとした顔だ。
「まだ授業まで時間があるし、とっとと謝ってこいよ」
「朝飯ぐらい食わせろよ。っていうか、そういやお前らメシどうしてんの?」
「ゴーストの連中が食堂から貰ってきてたゾ」
「普通の寮はどうしてるの?」
「人による感じだな。僕は大食堂まで食べに行ったけど、先輩たちの中には寮のダイニングで自分で用意して食べてる人もいた」
「結構自由なんだね。僕らもこれからは大食堂に食べに行った方がよさそう」
「ええ……そのために早起きするって事かぁ?」
「みんなに毎日迷惑かけるわけにはいかないよ。一応生徒になったから、食堂も大手振って使えるワケだし」
『うう……今日もユウは優しいねえ……』
 バスケットを携えたゴーストがいきなり現れたので、話していた全員がのけぞった。
『朝ご飯だよ~、サンドイッチに甘い紅茶、朝にピッタリ~』
『謝りに行くなら大食堂に行く時間が無くなるかもしれん。余分に貰ってきたから、ハートのトランプ兵も食べておいき』
「やったー!いただきまーす」
「のんびりするなよ、謝りに行くんだろ?」
「わかってるわかってる!」
 エースは軽い調子で返して、グリムと一緒に談話室に入っていく。デュースがそれに続こうとして、振り返る。
「ところで、その扉の足跡は……」
「その話はいいから!」

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