5−1:冷然女王の白亜城
ホリデーボケも薄れてきた頃。いつものように昼食のために大食堂を目指して歩く。
美食同好会の研究発表については、これまでに提出した食レポ集を片隅に展示してもらう事になった。一緒に展示するメンバー紹介文と写真を別途用意するように、と言われている。面倒だけど、それだけで済むならまぁマシな方だろう。
「ふな~腹減った!午前中に体力育成がある日は昼休みまでが長く感じるんだゾ」
「体力育成があってもなくてもお前は毎日腹減らしてるじゃん……ん?」
「なんだ?食堂の壁際に人だかりができてるな」
デュースの言う通り、ビュッフェに並ぶのと別に壁際に行列が出来ていた。壁一面に何かのチラシが貼り出されていて、それをみんなが見ているらしい。
四人揃って人だかりに紛れ込む。
掲示されたポスターには大きく『全国魔法士養成学校総合文化祭・ボーカル&ダンスチャンピオンシップ出場メンバーオーディション』と書かれていた。長いな。
その長い文字を読み上げていたデュースがああ、と合点したような声を漏らす。
「総合文化祭で行われる音楽発表会の事か」
「毎年テレビで放映されてたからたまに見てたけど……選抜メンバーって、オーディションなんだ」
よくあるオーディションの告知ポスターだ。華やかな謳い文句と共に、参加資格や日程などが記されている。
「来たれ!歌自慢・ダンス自慢。プロデビューのチャンスあり!全国の高校生の頂点に立つのはキミだ!尚、大会で当校代表チームが優勝した場合……メンバーに優勝賞金の五百万マドルを山分けいたします!?」
「ご、五百万マドルを山分け!?」
エースが概要に書かれた内容を読み上げ、デュースがその内容に驚きを見せる。
「そうなんですよ~!豪華でしょう!?」
唐突に真後ろから大きな声が聞こえて、四人揃って飛び上がった。
「学園長、いつも思うけど急に出てくんのやめない!?」
「おや、失礼。脅かしているつもりはないんですが」
相変わらず怪しい仮面をかぶった学園長が、悪びれもせず返す。その表情はすぐさま得意げなものに変わった。
「この『ボーカル&ダンスチャンピオンシップ』に五百万マドルもの賞金が出る理由……それは、たくさんの企業がスポンサーとしてこの大会を支援しているからです」
ボーカル&ダンスチャンピオンシップ、通称『VDC』。
学生の行事でありながら、優勝チームには芸能事務所や音楽レーベルからデビューのオファーが殺到するという。エースの言葉通りならテレビで放映までされるぐらいだし、やはりマジフト大会と同様に、こちらも将来のかかるイベントのようだ。しかも学校対抗の行事だから、学校の看板まで背負う事になる。
「より多くの精鋭を集めるためにも、ご褒美は豪華でないとね」
「なるほど。スポンサーからすれば、ここからマドル箱スターが生まれるなら五百万マドルぐらい安いもんって事ね」
そんな大層な大会が学校行事の延長にあるというのも不思議な感じだなぁ。さすが名門校、なのだろうか。
グリムはポスターを見つめて目を輝かせている。
「五百万マドルあれば、ひとつ三百マドルの高級ツナ缶がいっぱい買えるんだゾ!」
「待て待て、賞金はチームメンバーで山分けだって書いてあるだろ。たとえばチームが四人だとすると、ひとり…………」
「百二十五万マドル。三百マドルのツナ缶なら四千個以上買える」
デュースがまごついていると、エースが助け船を出した。桁外れの数字にグリムが歓声を上げて飛び跳ねる。
「なあなあ、ユウ!オレ様この大会に出たいんだゾ!」
「まずオーディションに受からないと……っていうか、モンスターに出場資格あるのかな」
「ふなっ!?お、オレ様だってこの学校の生徒だゾ!」
「ユウとセットで、だけどな」
「もちろん、グリム君にもオーディションの参加資格はありますよ」
学園長はしれっと言い切った。……でもこの人テキトー言うんだよなぁ。大丈夫だろうか。
「学校によっては、合唱部や軽音部所属の生徒から代表を選ぶそうですが……我がナイトレイブンカレッジは全生徒からオーディションで代表を選びます」
「本気でぶつかりあって、一番強いヤツがテッペンに立つ、って事ッスね!」
「もちろん本気の生徒は、大会を見越して昨年から準備をしているとは思いますが……スターを夢見る権利はいつ、誰にでもあるかと思いましてね」
言葉は優しげだし本人も優しさを強調しているが、逆を言えば『勝つためなら長年努力してきた生徒も容赦なく蹴落とす』って事なんだよな。
でも多分これは、審査基準の問題でもある。完全実力主義なら、音楽を真面目にやってきた人間を全面的に採用した方が効率的だ。そうしないのは『音楽の実力以外』の部分が評価に入ってくるからだろう。つまり実力で劣っていても、何かのアピールポイントが審査員の琴線に引っかかればトップに立てるようになっている。
ぽっと出の凡人がトップに立つ物語は万人によくウケるものだ。そういうドラマが生まれやすい学生大会は、企業としても『美味しい』のだろう。
そのぽっと出の凡人が長続きするかなんてどうでもいい。実力が足りなければデビュー後に業界からフェードアウトさせればいいだけ。一生の成功の保証なんか誰もしない。
大人って汚い。
「在学生なら誰でもこのオーディションを受ける権利はありますよ。今年は誰が代表になるか、楽しみですねぇ~」
その汚い大人の代表格みたいな人が、楽しげにそう呟きながら去っていった。何しに来たんだあの人。
募集要項を読み込んでいたエースが、笑顔で振り返る。
「面白そうじゃん。オレらで試しに受けてみねぇ?……あ、いや、ユウはいいんだけど」
「解ってるからわざわざ言わなくていいよ」
いくら音楽以外の採点基準がありそうと言っても、リズム感ゼロのクソ音痴を採用する必要はないだろう。僕もわざわざ恥をかきたくない。
「今度の文化祭、オレら運動部は裏方作業ばっかで楽しくなさそうだし。受かったらそういうの手伝わなくても良さそうじゃん」
「優勝して臨時収入が入れば、家計が助かるかも……いや、しかし……運動は苦手じゃないが、歌と踊りは全然やったことがない」
「課題曲は去年めちゃ流行った曲だから、マジカメに踊り方の解説動画とかいっぱい上がってるじゃん。簡単なヤツならパパッと覚えられるでしょ」
こんな時でもデュースは家の事考えるんだな。真面目だなぁ。エースは明るく言うけど、それでもまだ表情は悩んでる感じ。
対するグリムはやる気満々だ。ぴょんぴょん飛び跳ねてやる気をアピールしている。
「よーし、オレ様も練習してオーディション受けてやるんだゾ!」
「グリムの踊りはある意味ウケそうだよね」
「……僕はやめておく。オーディションを受けた所で受かる気がしないしな」
「えー、ノリ悪っ」
「まず、真剣にテッペン狙ってないヤツが冷やかしに行くべきじゃない」
「オーディション受けるくらいそんな身構えなくてもいいと思うけど……」
エースはなんだかんだで道連れが欲しかったみたい。そんな思惑を知ってか知らずか、デュースはニヤリと意地悪く笑った。
「それに、お前らがオーディションに落ちた時の慰め役も必要だろ?」
「おいこら。落ちる前提で話すんな。見とけよ、ぜってー受かってやっから!」
「そうだゾ!賞金とツナ缶はオレ様のものだ!」
エースのは売り言葉に買い言葉だろうけど、グリムのその自信はどこから来るんだか。
「まぁ、ふたりとも頑張ってね」
「ユウ、お前のスマホで振り付け動画見せるんだゾ」
「はいはい、後でね」
そんな話をしつつ昼食の列に並ぶ。
「そういや通信量問題、解決したんだっけ?」
「アジーム先輩のおかげでね」
「トラブルに巻き込まれまくってるけど、なんだかんだで貰えるもんは貰ってるよな」
「そうだね」
「そういえば、マジカメでシェーンハイト先輩の事フォローしたんだな」
「あー、うん」
トレーを握りしめる。動揺を表に出さないように必死だった。デュースからすれば何気ない世間話のつもりだったのだろうけど。
「ヴィル先輩、ユウの事を気にかけてそうだったもんな。お前も気になった感じ?」
「うーん、まぁ……敵を知っておかないと怖いみたいな……感じ……」
「敵ってお前」
「だってあの人怖いもん」
「あーね。それこそ『美しき女王』みたいな人だよな。意識高くて美人で、ポムフィオーレの寮長なだけあるっていうか」
そう言われて、ふとこの間の話を思い出す。『美しき女王』が登場した夢の事。
あの人を見た時、誰かに似ていると思ったけど、そういえばシェーンハイト先輩にも似ている気がした。
いや、だから何という事も無いけど。
「案外、向こうからユウにスカウトが来たりしてな。芸能界入りの」
「無いよ。されても断る」
端的に答えつつパスタを盛る。ナスのミートソースは見逃せない。
「また『元の世界に帰るから』かよ?」
「そうじゃなくても断るよ」
「何で」
「やる気ないから」
これ以上触れるな、という雰囲気を出したつもりだった。エースは察したのかそれ以上何も言わない。
「今はお芝居するより食べる事の方が楽しいもんで」
「トーゼンなんだゾ」
トングを鳴らしてパンを威嚇する。おいおい、とデュースは笑ってくれたが、エースの表情は曖昧だった。