4:沙海に夢む星見の賢者



 長いようで短かったホリデーバケーションが終わった。
 初日の登校はあっさりしたものだ。宿題の提出やら連絡やら色々あったけど、授業がないなら気楽なものである。
 まぁデュースがポムフィオーレの子を泣かしたりしたけど。ぶつかっただけだけど。
 ……あの子、よく話題に出るポムフィオーレの可愛い子、だよな。前にダイヤモンド先輩のマジカメのネタにされそうになってた子。確か、シェーンハイト先輩と一緒にいる所も何度か見たと思う。
 ………………シェーンハイト先輩なぁ。
 この間のデートの時、メガネはしていかなかったけど、アーシェングロット先輩がずっと一緒にいてくれたから、変な人に声をかけられる事は無かった。多分、ずっとカップルっぽく見えてただろうし。
 アーシェングロット先輩との話でも考えたけど、僕って自分の見た目に関わる事に目を背けすぎて、好きな事すら分からなくなってるんだと思う。似合うと褒められても、それが好きかと問われると、何とも思わないって感じ。
 正直、服を買いに行く話を回避できたのは助かった。好きな物をって言われても立ち尽くす羽目になってただろうし。
 いい加減向き合わないといけない。
 シェーンハイト先輩の言葉は辛辣だったけど、正しくもある。逃げていても良い事はない。正直言ってメガネあるの不便だし。
 認めないといけない。彼の正しさを。
 そう、これは必要な事なのだ。僕が前に進むために。
 脳内で言い聞かせながら、マジカメの検索窓に『ヴィル・シェーンハイト』と入力する。すぐにシェーンハイト先輩のアカウントが出てきた。聞いた通りの桁外れのフォロワー数。さすが世界的な有名人。
 ……別に、有名人のSNSを一般人がフォローするのは普通の事だし。
 妙に緊張し無駄に言い訳を脳内に連ねながらフォローボタンを押す。ボタンの色が変わったのをしばらく無言で見つめた。
 やってしまった、というよく分からない感覚は抱きつつ、そのまま投稿の内容を見る。先輩がコラボしたりイメージキャラクターになってるブランドや企業の宣伝の再投稿の合間に、先輩自身のオフショット的なものが挟まっていた。色んな企業や商品があるのに、どの投稿にもシェーンハイト先輩がいる。凄い。
「本当に、世界的な有名人なんだな……」
 独り言を呟きながら、更に過去の投稿へ遡る。ホリデー期間中のイベントレポートの再投稿が目に留まった。コラボコスメの発表イベントで、イベントの様子やコスメの写真と一緒に、ホリデーカードに書かれたシェーンハイト先輩の手書きのメッセージの画像が添付されている。
 震える手で、ホリデーカードの画像を拡大した。心臓が早鐘みたいに鳴ってる。
 シェーンハイト先輩の字はとても綺麗だった。育ちが良さそうな上品な字。とても丁寧な言葉が綴られている。
 スマホをベッドの上に投げ出して、クローゼットに駆け寄った。底に置いてある箱を取り出し、中身をベッドの上にぶちまける。最初に貰った手紙の便箋を開いて、スマホに表示された画像の字と見比べる。
 同じだ。
 同じ字だ。
 使ってる言語も同じ。
 指が震える。冷や汗が止まらない。心臓の鼓動がやけに大きく聞こえた。

 じゃあ、ミスター・ロングレッグスの正体は。

 僕を助けてくれた、ポムフィオーレ寮生は。

 何で気づかなかったんだろう。
 後輩に見せるノートでさえ印刷文字だったから、先輩の手書きの字を見る機会が徹底的に無かった。
 ……今更になって思い出す。ハント先輩も言っていた。
『もし誰かに我々の寮の備品が横流しされていたとしたら、それはきっと管理する立場の誰かの仕業さ』
 上級生という意味だと思ってたけど、寮長なら監視の目なんてあったもんじゃない。
 マジフト大会の時だって、エキシビションの試合中なら差し入れを置く時間はあった。
 アクセサリーとお皿の事だって、シェーンハイト先輩は間近で僕が手に取ってるのを見てた。
 何より、これが一番間抜けだと自分でも思うんだけど。
『顔を隠して自分を隠しても、そのままで良い事なんか無いわよ』
『私の望みは、君が在りたい姿で日々を過ごす事』
 表現は違うけど、言ってる事が同じだ。
 ショックが落ち着いてくると、今度は現実的な話になる。
 つまり、お礼を言いたいとずっと言ってたワケだけど、どのタイミングで言うべきかという話。
 だって、僕は何も変われていない。
 彼の期待するものにはなれていない。
 そんな状態でお礼だけ言っていいのか、僕には分からない。
 頭の中がぐちゃぐちゃだ。今は考えても前に進まない。
 分かっているけど、頭から離れなかった。


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