4:沙海に夢む星見の賢者
夕食を終えて店を出れば、まだまだ街は活気に溢れていた。一方、こちらは帰りのバスの時間が迫っている。確か八時が最終便。あと一時間くらいだ。
「凄くおいしかったです。正装じゃないと入れないお店かと思いました」
「ちょっと隠れ家的なお店なんです。陸に来た人魚の間では話題だったので、来てみたくて」
この世界の住人であっても、人魚と人間の間では色々と違う事も多いらしい。そんな差を面白く思う事もあれば、でも意外と共通点も多いなと思ったりもする。
だから、異世界出身の自分だって、いても何も言われない。違和感は少しあっても、わりとすぐ受け入れてもらえている。それが嬉しいようで、どこか寂しくも感じている。
「……まだ少し時間がありますね。ちょっと寄り道しましょうか」
自然に、アーシェングロット先輩と歩き出す。
冬の夜の空気はどこか寂しくて、いろいろあったけど楽しい一日の終わりが近い事が切なく思えた。
大通りにはイルミネーションが輝いている。こっちの世界でもあるんだ。歩道橋の上に行くと、通りの端まで続く輝きが見渡せる。暗闇で深い青が揺らめいていた。人の往来の邪魔にならない所で足を止める。
「……今日はありがとうございました」
アーシェングロット先輩がこちらを見ずに言う。
「こちらこそ、ありがとうございます。とても楽しかったです」
「本当に?」
「もちろん」
笑顔で即答する。本当に楽しかった。食べ物はおいしかったし、雑談も途切れなかったし、気まずい時間も全然無かった。きっとたくさん気遣ってくれたのだろうと思う。
やっぱり凄い人だなぁ。
「その笑顔を見られただけで、頑張って考えた甲斐がありました」
何となく黙ってしまう。きらきら輝く街を見下ろしながら、時間だけが過ぎていく。
「ユウさん」
「はい」
「僕は、約束を違えるつもりはありません」
何の話か分からず首を傾げる。
「ちゃんと、あなたの帰る方法は探します。手を抜くつもりはありません」
青い光の向こうでも、先輩の頬が少し赤くなっているのが分かる。真剣な目が僕を見た。
「それでも、……あなたの一番になりたい、元の世界より僕を選んでほしいと、……思ってしまうんです」
手すりにかけたお互いの手がほんの少し触れ合う。明らかに震えている。
何て答えるべきか考えてしまう。どう答えても相手を傷つけてしまうのだけど。
と、思っていたら先輩の表情が明らかに鋭く変わった。人波をものともせず歩き、歩道橋の端にいた誰かを捕らえる。
「お~ま~え~ら~!!!!」
「おや、見つかってしまいました」
「見通し良いトコだから気をつけてっつったじゃーん」
「……ジェイド先輩、フロイド先輩……グリムまで」
「子分ばっかり美味いもん食ってずりーんだゾ!」
いったいいつから後をつけていたんだろう。いや多分最初からだろうな。そんな気がする。
「見つかってしまったなら仕方ありません。大人しく帰りましょう」
「帰ろ帰ろ。っつーかバス次が最後じゃん。一緒行こうよ」
「なぁ、おみやげ買ったんだろ!食わせろ!」
「オンボロ寮に帰ってからね」
アーシェングロット先輩は双子の後ろを歩きつつ、すんごい落ち込んだ溜息を吐いた。最後の最後で台無し、という気分だろう。
「グリム、リーチ先輩たちと先行ってて」
「なんでだ?」
「まだアーシェングロット先輩とお話あるから」
不承不承、という感じでグリムは前を歩く先輩たちの方に走っていった。
「さっきの話の事なんですけど」
横から視線を感じる。
「僕は正直、誰かを好きになるとかよくわかってない所がありまして。好きだって言われたり口説かれても、正面から受け止めきれないんです」
キングスカラー先輩もそうなんだけど、こんなに真剣に『僕』を見ていると思う言葉を向けられた事は、元の世界では無かった。戸惑う気持ちはある。でも友人とか知り合いとして、先輩たちの事を好ましいと思う気持ちもある。
「想っていただく事は光栄ですけど、でもやっぱり、元の世界に帰りたいと思う事もまだ諦めきれない」
「……そうでしょうね」
「ずるい答えになっちゃうと思うんですけど。……先輩の事を好きだって思うようになる可能性も、僕は否定しきれないです」
アーシェングロット先輩が目を見開く。
「友人として、頼れる先輩として、アーシェングロット先輩の事は、素敵な人だと思ってますから」
「……ユウさん」
「あまり期待はしないでもらった方が良いとは思いますけど、でも、これからも仲良くはしてほしいです。お嫌でなければ、ですけど」
「嫌なんて事はありません!!」
思わず大きな声になってしまったようで、慌てて口を閉ざす。何事かと振り向く双子たちに気にしないでと手振りで返した。
「……僕も少し、焦ってしまったのかもしれませんね。ジャミルさんまであんな行動に出るとは思ってませんでしたから」
「多分、先輩の嫌がる反応を面白がってるんでしょうね。あの人」
「くっ……」
悔しげに呻く。年齢相応な感じで僕は好きだけどなぁ。そういう所。
「……また、その。……誘ってもいいですか?」
「僕でお手伝いが出来るなら、喜んで」
笑顔で答えると、先輩は安堵した様子で微笑んでいた。