4:沙海に夢む星見の賢者
麓の街は若者向けと呼ぶにはぱっとしないけど、こだわらなければ時間をつぶせる場所がいっぱいある。
ゲームセンターとか元の世界と似ているようで細かく違う所もあって面白かった。教科書や参考書がいっぱいある古い本屋さんは建物がお屋敷みたいで迫力があった。文房具屋さんはいかにも魔法使いのお店っぽい雰囲気で、完全に観光客の気分になってしまった。
そんな感じで冷やかしながらうろうろしていると、携帯電話グッズのお店が目に留まる。
「そういえば、スマホ何もつけてないんですよね」
「見ていきましょうか。まだまだ時間に余裕はありますから」
お店の雰囲気は現代的というか、家電量販店みたいなシンプルで整理されつつ充実した感じ。シンプルなデザインから可愛らしいキャラグッズまで色々ある。
好みやら誰が何を使ってるやらと雑談に花が咲く。いろいろと話して、機種に対応した保護シートと手帳型のケースを購入。なんだかんだ言っても学校から貸与されているものなので、変なものは付けられない。色も無難な濃いめの灰色。とはいえ、グリムの毛の色に近いので個性は出せている、はず。
「良い買い物が出来ましたね」
「そうですね」
話も弾んで楽しい気分。ふたりしてほくほく笑顔になっていた、のだが。
「おーーーい、ユウ~~~~~!!!!」
店を出てすぐに、誰かの大声が聞こえた。いやここ数日よく聞いていた声ではあるけども。
声の方を振り返ると、アジーム先輩がこちらに走ってくる所だった。その後ろには当然という顔でバイパー先輩がついてきている。
「カリムさん、どうされたんですか?」
「お、アズールも一緒だったのか!楽しそうでいいな!」
アジーム先輩は僕たちの様子を全く気にしていなさそうだった。すぐに僕を見る。
「ほら、オレたち今回の事で迷惑かけちまっただろ。何かお詫びが出来ないかと思ってさ」
「え。いや、別にそんな」
「それで、ジャミルにどうしたらいいか相談したんだ。そうしたら、学校から支給されてるユウのスマホ、使い勝手が悪いらしいって聞いてさ!」
「そうなんですか?機種は比較的新しいものだと思いましたが……」
「通信プランが一番安い奴だし一応緊急時の連絡用なんで、速度制限を考えるとマジカメとかあんまり見られないんですよ」
「やっぱりそうなんだな!」
後ろのバイパー先輩が穏やかに微笑んでるのが地味に怖い。
「だから学園長に言って、一番使い勝手の良いプランに変えてもらったんだ!」
「変えてもらったんだ、って」
「だから、もう通信量の事は気にしなくていいぞ!あ、でも反映されるのに一週間ぐらいかかるってさ。それまでは注意してくれな!」
アジーム先輩は屈託無く笑っている。バイパー先輩も無言のまま穏やかに微笑んでいた。
ていうか、学園長、人の救援要請は無視かましたくせに、アジーム先輩の連絡にはすぐに応じたのかよ。人としてどうなんだマジで。
「そういう事だから、知らせるのは早い方がいいと思って!」
「………えーと、ありがとうございました」
「こちらこそ!今回はありがとうな、ユウ!」
「カリム、出てきたついでだ。二人も招いて食事でもしようか」
バイパー先輩がやっと口を開いたと思ったらこれである。アジーム先輩は表情がぱああっと明るくなった。
「良いな、それ!二人にお礼もしたいし、アズールとは料理の話もしたいしな!」
アジーム先輩はバイパー先輩の意図に気づく様子は全くなく、ただ無邪気に誘っているだけだ。そういう所は結局変わらないんだな、この二人。
「うちの料理長の弟子がやってる店が近くにあるんだ!めちゃくちゃ美味いんだぜ!」
「いえ、申し訳ありませんが、それはまたの機会に。今晩のディナーは予約済みでして」
アーシェングロット先輩が微笑みを崩さずやんわりと断る。アジーム先輩は少ししょんぼりした顔になったが、すぐに屈託のない笑みを取り戻した。
「そっか、じゃあしょうがないな。またうちの寮にも遊びに来てくれよ。とびっきりにもてなすからさ!」
アジーム先輩に見えない位置で、バイパー先輩が舌打ちでもしそうな感じの顔をしている。僕もアーシェングロット先輩も表情を崩さない。あくまでにこやかに対応する。
「ええ、楽しみにしています」
「ありがとうございました」
和やかに手を振って別れる。角を曲がった所で同時に立ち止まり、溜息を吐いた。
「こんなに人に遭う事になるとは思いませんでした」
「見知った顔が多すぎる気はしますけど」
「……その、楽しめていますか?」
アーシェングロット先輩が、ちょっと不安そうな顔になった。全力の笑顔で応える。
「もちろん、とても楽しいです」
「……よかったです」
先輩がほっとした顔になった。僕も内心ほっとする。
アーシェングロット先輩が楽しくないとお礼にならないもん。
「では、ディナーの前にグリムさんへのお土産を選びに行きましょうか。ディナーの店のすぐ近くなんです」
「お願いします!」
先輩と一緒に歩き出す。もうすっかり、お互いに一緒に歩くのに慣れていた。