4:沙海に夢む星見の賢者
着こなしはエースに写真見てもらってオッケーもらったし、髪もゴーストが整えてくれたから変ではない、はず。ゴーストも太鼓判押してくれたし。
でもこんな、ちゃんとしたお洒落なんてずっと縁が無かったから、やっぱり緊張する。
待ち合わせ場所の正門には既に人の姿があった。特徴的な銀髪が見える。スマホで時間を見たら今は待ち合わせ十分前なんだけど、一体いつからいたんだろう。
「先輩、お待たせしました」
「ひゃいっっ!!」
アーシェングロット先輩がこちらを振り返る。大人っぽいコートに、フォーマルとカジュアルの中間みたいな服装。高校生っぽくないけど、凄く似合ってる。違和感はない。
「き、今日は眼鏡はしていないんですね」
「先輩いらっしゃるなら大丈夫かなと思って」
一応、デートだしね。そういう雰囲気を出す努力は必要でしょう、という事で。
「では、少し早いですが行きましょうか」
「はい」
先輩の隣について歩き出す。
「麓の街には行った事はありますか?」
「数えるぐらいです。エースたちと遊びに行ったりとか」
「そうですか」
「先輩は結構行ってますよね」
「それなりに。やはり学校の生徒がよく行く場所ですからね。トレンドは押さえておかないといけませんから」
「さすがですね」
バスに乗って街の中心部まで移動する。学校から闇の鏡以外で移動する時の数少ない交通手段だ。ホリデーバケーション中は本数が激減するので、一本逃すと次は昼とかになる。まぁ余裕で間に合った。
「ある程度行く場所はこちらで決めてきましたが、他にご希望などはありますか?」
「そうですね。……グリムに何かおいしいおみやげを買ってあげられるお店があれば……」
「バッチリ入れてあるので大丈夫です。では時間が空いたら、ウインドウショッピングでも楽しみましょうか」
「そうですね。楽しみです」
程なくバスは市街地に入る。
麓の街は大きな魔法士養成学校が近いという事もあり、文房具店や本屋は年季の入った店が根強く残っていた。若者の街と呼ぶには店のラインナップが微妙な所もあるが、逆に若者向けと区切らなければ、不自由を感じない程度に店は揃っている印象がある。欲しいものは探せばあるけど、よりどりみどりというほどではない、みたいな感じ。
「朝ご飯食べましたか?」
「まだです!」
「じゃあ、予定通り話題のカフェから行きましょう」
「はーい!」
連れて行かれたのは、ちょっとレトロな雰囲気のカフェだ。子どもだけだと入りづらい外観。でも外のサンプルケースには色とりどりのクリームソーダがあるし、パンケーキも大きくておいしそうだから若者が来ても楽しめそう。
先輩の指定したメニューが食べられるか確認し、写真撮影と食レポに協力。先輩はカロリーの都合上、食べれるメニューが限られるので、人気だけどカロリーが高いメニューは僕の出番、というわけだ。
早速、頼んだピンクのクリームソーダと鉄鍋のホットケーキが届く。先輩は野菜多めのサンドイッチと紅茶だ。
撮影を終えて、挨拶をして食べ始める。
「いかがですか?」
「……罪の味がします」
「大体わかりますがもう少し具体的にいただけると助かります」
「バターの風味がほんのりあって程良く甘い、生地はふわっしゅわって感じの食感です。溶けたバターとメープルシロップをがっつり吸ってるのでじゅわって感じの所もあります。あと端っこのカリッとしてる感じも良いですね」
「いいですね。ありがとうございます」
クリームソーダはベリーのソーダに濃厚なバニラアイスが乗っている。ベリーのソーダはキリッと酸っぱいけど、バニラアイスと一緒にすると丁度良い。甘いものと食べても、これだけで飲んでも楽しめる味。
「世の女の子はこういうのが好きなんでしょうね……」
「男も意外と好きですよ」
「マジですか」
「イデアさんとか『推しのカラーのメニュー探しちゃうよね』って言ってました」
「確か、あの人滅多に外に出ませんよね?」
「まぁでも、イデアさんほど重症じゃなくても、アイドルが好きな人は割とそこらじゅうにいますし。試してみる価値はあると思います」
シュラウド先輩の扱い、結構酷いな。
程々に会話と食事を楽しんで外に出る。
「お店の雰囲気も良かったですね」
「落ち着いた空間、というのはモストロ・ラウンジとも共通しています。内装の参考にもなりました」
他愛もない雑談をしながら、先輩について歩いていく。
雑貨屋が立ち並ぶ通りに入った。個人の小さな店がたくさん並んでいる。
「初めて入りました、この通り」
「エースさんたちには縁遠いかもしれませんね」
アーシェングロット先輩は苦笑する。
「ここは個人経営の店が多く、各店の店主が独自のルートで仕入れた商品が並んでいるんです。作家手作りの一点物や滅多に見られない家具などの掘り出し物が結構あるんですよ」
「ふえー……それは凄い……」
先輩は色んな事を知ってるんだなぁ。店先の雰囲気を見て、気になる所は中まで見せてもらったりしながら、通りのお店を楽しむ。
「……あら、珍しい組み合わせね」
後ろから聞こえた声に思わず身を竦めた。振り返ると、シェーンハイト先輩とハント先輩がそこにいる。
「おや、ヴィルさん。お早いお戻りですね」
「ええ、撮影が予定より早く終わったから。戻るついでだし、掘り出し物のアクセサリーでも無いかと思って」
アーシェングロット先輩がにこやかに挨拶する。シェーンハイト先輩やハント先輩もこの辺りをよく利用する一人、という事らしい。
「やあ、ユウくん。今日は一段と愛らしい姿だね」
「あはは、ありがとうございます」
「本当ね。よく似合ってるじゃない」
「友達が選んでくれました」
シェーンハイト先輩は上から下まで僕の服装を見てから、細かく服のよれやら髪の乱れを素早く直していく。
「……これを選んだ子は、アンタの事をよく見てるのね」
「ハーツラビュルのエースって奴です。普段からセンスが良くて、何でも器用にこなしちゃうんですよ」
「……ふぅん?」
シェーンハイト先輩は意味ありげに笑った。そしてアーシェングロット先輩を見る。
「この子に贈るなら服よりアクセサリーがいいわよ。全然持ってないらしいから」
「ぐっ!……さ、参考にします」
「それじゃあ、また学校で」
「楽しいデートになるといいね!」
「はい、お疲れさまです」
人混みの方に歩いていく後ろ姿を見送る。同じ方向を向きながら、悔しそうに唇を噛んでいる先輩の袖を引っ張った。
「はっ!す、すいません」
「他に見るお店あります?」
「ええ、オススメのお店があるので、ご案内します」
アーシェングロット先輩はすぐに調子を取り戻す。雑貨を見るポイントやこだわりなどの話を聞きながら、通りを端まで楽しんだ。