4:沙海に夢む星見の賢者



「むにゃむにゃ……うぅーん、このターキーはオレ様のものなんだゾ……」
 グリムの寝言が聞こえる。ぼんやりとした視界に、部屋の鏡が映っていた。暗闇の中で、鏡面が少しずつ光を放ちはじめる。
「また鏡が……光ってる?」
 ゆっくりと起きあがる。手をついた拍子にグリムの尻尾を潰してしまったようだが、グリムは悲鳴を上げて文句を言いつつすぐに眠ってしまった。そのままにして、おぼつかない足取りで鏡の前に向かう。
 鏡の中には、また白い煙のようなものが漂っていた。向こう側は何も見えない。
 ……と思っていたら、軽い音と共に鏡が僅かに揺れた。鏡の向こう側から、誰かがこの鏡を叩いている。
 少しずつ、向こう側にいる何かの形がはっきりしていく。それは大きな耳がある。頭にふたつ、デフォルメされたネズミのような丸い耳。でも体は人の形に近い。細い首、その下の肩、繋がっている腕、胴体。
 鏡に手を触れる。向こう側の誰かの影がわずかに揺れた。
『そこに……誰かいるの?』
 前と同じ声が、同じ問いを投げかけてくる。今回は確信を持って、更に問いかけてきた。
『キミは誰?』
「……ユウ……羽柴、悠……」
 答えると、影が動いた。
『なんだか不思議で、素敵な響きだ』
 ちゃんと向こう側に聞こえている。一方通行じゃない。
「君こそ、誰?」
『僕はミッキー。ミッキーマウス』
 ミッキーは答えてから首を傾げた。
『僕、また夢を見てるのかな?でも僕、もう三回も同じ夢を見てる。生きたトランプも踊るミュージックボックスもいつも一緒……なのに』
 向こう側の光景は随分不思議なものだ。想像がつかない。
『キミの声だけが、だんだんはっきり聞こえてくる』
 彼自身は何かの確信に近づこうとしているらしい。再び影の注意がこちらを向く。
『もしかするとキミは、夢じゃない?』
 意味の分からない言葉だった。何て答えるのが正解かわからない。
『キミはどこにいるの?』
 それは答えられる。答えられるはず。閉ざされそうな瞼を必死に開いて、答えを口にする。
「ここは………ツイステッドワンダーランド……」



 スマホのアラームの電子音が高らかに鳴る。
 目を開けば辺りはすっかり明るい。しっかりベッドに寝ている。
 アラームを止めて起きあがった。鏡の前まで歩く。
 何の変化もない。いつもの自分の顔が映っている。
 また変な夢を見たみたい。
「ふぁ~……久々によく寝た気がするんだゾ」
「おはようグリム」
「おはようなんだゾ」
 ちょっと寝ぼけていたグリムが、ハッとした顔になる。
「昨日の夜、寝ぼけてオレ様の尻尾を踏んだだろ!ったく、気をつけろってんだ!」
「え、ああ。ゴメン、間違えて手ぇついちゃって……」
 言い掛けて、夢の事を思い出す。確かにグリムの尻尾を手で潰してしまう場面があった。
 ぞわりと、背筋に悪寒が駆ける。もう一度鏡を見る。やっぱり何も変わらない。でも。
「やっぱりアレは……ミッキーは夢じゃない」
「なんだぁ?びっくりした顔して、変なヤツなんだゾ」
 グリムはすぐに機嫌を直した。
「今日からまた暖炉の火の番をしに行くんだゾ。ついでにスカラビアにメシ食いに行こうぜ~!」
『こりゃ、グリ坊。今日はユウは用事があるんじゃぞ』
「用事ぃ?」
「ああ、うん、そう。暖炉の番は、今日はゴーストたちと行ってねって言ったじゃん」
『さ、着替えて着替えて!せっかく素敵に組み合わせてもらったんだから!』
『ほらグリ坊~。オイラと一緒に行こうぜ~』
「ちぇっ。絶対おみやげ買ってくるんだゾ!」
「おいしいの探してくるよ」
 グリムがゴーストと一緒に部屋を出て行く。
 クローゼットを開いて、分かりやすい所に置いておいた洋服のセットを引っ張りだしてベッドに置いた。今までも無難に着られそうなものは着ていたが、こんなにしっかりコーディネートするのは初めてだ。まぁ選んだのは僕じゃないけど。
「……いざちゃんと着るとなると緊張するなぁ」
『ほら、アラーム使った意味が無くなるよ。早く顔を洗っておいで』


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