4:沙海に夢む星見の賢者



「監督生」
 岸辺に座って水に足を浸してぼんやりしていると、バイパー先輩に声をかけられた。周りにはあまり人がいない。エーデュースとグリムはアジーム先輩とダンスしている。
「お疲れさまです、バイパー先輩」
「隣、いいかな」
「どうぞ」
 バイパー先輩もサンダルを脱いで腰掛ける。
 何も言わない。遠くの喧噪を聴いてる。若干気まずい。
「……すまなかったな、巻き込んで」
 こちらを見ない。
「本当にクソ大迷惑でした」
「君、それが素か?普段は随分大層な猫を被ってるんだな」
「先輩に言われたくないです」
「俺はもう我慢するのはやめたから」
「そうでしたね、そういえば」
 再び沈黙が戻る。足を動かすと水音がする。
「君が異世界から来たというのは、本当か?」
「……はい」
「君を帰す手段を学園長が探してる、というのも」
「はい」
「……そうか」
 また沈黙が流れる。悩んでいる様子だ。
「俺は、カリムが寮長に選ばれた時、学園長に抗議した事がある」
 アジーム先輩は、他の二年生の寮長と比べて大きく実力が劣る。荷が重いと考えるのは間違った事ではない。指摘は正しい。
「……もちろん、聞き入れられなかった。アジーム家の多額の寄付金が、学校の運営には重要な役割を果たしていたから」
「あの人なら言いかねませんね」
「君から見てもそうか」
「はい」
 足先で水を叩いて鳴らす。
「……先輩は、僕を学園長の手先だと思ってらっしゃったかもしれませんけど。多分、正しくは使い捨ての駒です。本当は生きても死んでも、あの人にとっては大した事じゃない」
「……君は、不思議だな」
「そうですか?」
「世間知らずで甘いのに、時々、人を殺した事がある人間みたいな顔になる」
 背中を冷たいものが這った。一生懸命表情を取り繕う。
「まさか。僕はただの一般市民ですから」
「君は特別な人間だ」
「今度は何を企んでるんですか」
「君の事がもっと知りたい」
 バイパー先輩の顔を見ると、いつになく優しく微笑んでいた。思わず身を引くと、片手を握られる。
「アーシェングロット先輩への当てつけならやめた方が良いかと思いますがっ!」
「興味を持つのは悪い事じゃないだろう?」
「無用なトラブルに巻き込まれたくないんですよこっちは!早く家に帰りたいんですっ!」
「帰りたくても帰れないなら、時間はあるじゃないか」
「だからその間は平和に過ごしたいんですってば!」
「俺に守ってほしいって事かな?」
「ちーがーいーまーすー!」
 だんだん笑みがあくどくなってきた。楽しんでるコイツ。
「君の事が知りたいのは本当だ。俺は君の事を知らなさすぎる。どっかの誰かさんと違ってプロフィールや噂を調べる趣味はないからな」
「ご安心ください、知らなくても何も問題ないです!」
「仲良くしたいって言ってるのに。つれないな」
「いきなり近づいてこられると逃げたくなる性格なので!!」
「……そう言われては仕方ないな」
 やっとバイパー先輩が手を離した。と、同時に奥の方から飛んできた水が先輩の顔にかかる。飛んできた方向を見ると、フロイド先輩が手を水鉄砲の形に構えていた。何も言わずに沈んで逃げていく。
「…………待てフロイドーーーーーッッッ!!!!!!」
 先輩が水に飛び込んでいった。相手人魚なのに、そもそも病み上がりなのに大丈夫かあの人。
「……お前、また犠牲者増やしてんの?」
 振り返ると、エースがコップを片手に歩いてきていた。さっきまでバイパー先輩がいた所にしゃがむ。
「犠牲者って」
「トラブルに巻き込まれる度に誰かに惚れられてるじゃん」
「何でだろうねホント。……いやでも、バイパー先輩のアレは多分、アーシェングロット先輩への当てつけだよ」
「はー。なるほど。アズール先輩がお前を助けに来たからめちゃくちゃになったってワケね」
「そう……なるかな」
 とはいえ、アーシェングロット先輩が助けてくれたから、スカラビア寮の革命劇は未遂に終わって無事にこうして過ごしているわけで。そこまで悪い結果ではないはず。……多分。
 エースの顔を見ていて、ふと思い出す。
「エース、今の話に……関係あるっちゃあるけどあんまない話なんだけどさ」
「なんだそのまどろっこしい説明。何?」
「あのさ、デートに着ていく服、コーディネートしてくれない?」


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