4:沙海に夢む星見の賢者



「よおし、ジャミルの体調も回復したし、冬休みの課題も終わった!今日はみんなでホリデーの宴といこうじゃないか!」
「お前の宴好き、何とかならないのか?」
 はしゃいでいるアジーム先輩に、バイパー先輩がツッコミを入れる。本当に遠慮しなくなったらしい。でもそんな言葉もアジーム先輩はどこか嬉しそうだ。
 昨日の人事会議の内容はバイパー先輩に言わないようにと口止めされた。ただ、人事は現在の状態を継続する、オーバーブロットの原因は過労と報告するといった決定事項だけ伝えたらしい。
 もっともバイパー先輩の事だから、何があったかは大体想像がついているだろう。とはいえ結果に文句も言わなかった。
「まあまあ、いいじゃありませんか。賑やかなホリデーパーティーで嬉しい限りです」
 ニコニコ笑っているアーシェングロット先輩に対しても睨むだけで済ませている。こないだの嫌いっぷりからして追い出すぐらいしそうなんだけど、今回の件でのオクタヴィネルの先輩たちの働きについて、彼なりに思う所もあるのか強硬策には出なかった。
「ラクダにはたっぷりご馳走と飲み物も積み込みましたし……」
「オアシスで泳ぐために水着も持った!」
 今日の行進は今までより大行列だ。ラクダもどこにこんなにいたんだってくらい連れて、人が乗れる象も増やして、荷物持ちにならない動物まで一緒の大所帯。
 それでも集まったスカラビア寮生たちの表情は明るい。あれだけ詰められた後だというのに。細かい事は忘れて楽しもう、というぐらいに開き直ってるならいいけど。
 僕とグリム、オクタヴィネルの先輩たち、アジーム先輩とバイパー先輩でそれぞれ象に乗る。アジーム先輩は寮生たちを見回して、満面の笑みを浮かべ声を張り上げた。
「それじゃあ……象もクジャクもみんな連れて、オアシスまでパレードだ!」
「出発進行!なんだゾ~」
 行列が動き出す。一糸乱れぬ行進、ではないけど、前よりもずっと活気に満ちてみんなが楽しそうにしている。
「にゃは~、楽ちんなんだゾ」
「すごい眺めだね」
 砂漠は果てなくどこまでも続いていく。まばらに立っている旗はどこか寂しいのに、太陽に照らされた黄色い砂の海の先には何かある気がしてしまう。
 そういえば時空がどうとか結界がどうとか言ってたけど、アレって結局どういう事なんだろう。今度訊いてみよ。
 象の輿の天井から自動的に紙吹雪が吹き出し、人の波が流れていく。色とりどりの装飾がされたラクダたちも行列を彩っていた。後ろを振り返れば、アーシェングロット先輩たちが笑顔で手を振ってくれる。こちらも振り返した。
 乾いた風を受けながら、象に乗っていればオアシスまでの道のりはあっという間だ。先日の川下りの影響で、オアシスはまだ微妙に水の気配があり、木がわずかに色づいていた。
「ようし、オアシスまで競争だ!」
「ふな!負けねーぞ!」
 象から降りたアジーム先輩の提案に、グリムが乗っかる。二人はばたばたと走っていった。
「……元気だな、アイツら」
 バイパー先輩が呆れた顔で呟く。苦笑するしかなかった。
 オアシスをアジーム先輩が水で満たし、寮生たちが力を合わせて宴会の場所を準備する。砂を均して場所を作り、組み立て式のテーブルやイスを置いて、日除けのパラソルや砂除けのテントを設置した。ラクダに積み込んだたくさんのご馳走が並び、飲み物が全員に配られる。動物たちもオアシスの奥に誘導されると、勝手に水浴びを始めた。
「さあ、宴の準備は整った」
 その辺にあった岩に登って、アジーム先輩が声を張り上げる。
「みんな好きなだけ食って、歌って、踊って、今年の嫌な事全部忘れちまおう!」
 乾杯の声が揃う。魔法道具から音楽が流れ、楽しい雰囲気の中で早速みんな食べたり踊ったりしている。
「ほら、ジャミルもこっちで踊ろうぜ!」
「お、俺はいいから……!」
 アジーム先輩に引きずられて、バイパー先輩が開けた場所に出てきた。口笛や周りに乗せられて、アジーム先輩に合わせて踊り出す。ストリートダンスっぽい動きもあるけど、民族調の音楽にうまく合わせててめちゃくちゃかっこいい。怜ちゃんが喜びそうだな、こういうの。
「おふたりともお上手ですね。アズールも踊りを教えていただいては?」
「やめてください。人魚にはハードルが高すぎます」
「オレも踊る~!」
 人魚の一人が元気に輪に乱入していった。最初はちょっと拙かったけど、すぐに覚えて動けるようになってる。天性の勘もあるだろうけど、物怖じしないし動きが大きいから、手足の長さが際だって荒っぽさも含めてかっこよく見えた。やっぱ身長高いの良いなぁ。
 ピザを頬張りつつ、楽しそうな皆を眺めていると、誰かに呼ばれた気がした。寮の方を振り返る。
「子分、どうした?」
 揚げ饅頭を頬張っていたグリムが顔を上げる。僕が無言で砂漠の方に歩くと、黙ってついてきてくれる。背中をよじ登って、先を見てくれた。
「ン?砂漠の向こうから誰か走ってくるんだゾ」
 言われてすぐに、人の姿が近づいてくるのが見えた。見慣れた制服姿。見覚えのあるシルエット。
「お~い、ユウ~!グリム~!」
「お前たち、無事か!?」
「エース、デュース!?」
 驚きと共に思い出す。
 いろいろありすぎてスマホの存在を忘れていた。数ヶ月持たなかっただけでここまで存在を意識しなくなるなんて、と思ったけどそれどころじゃない。
 急いでテントの方に戻り、塩入のライチジュースを二人分持って、エーデュースの所に向かった。
「はあ、はあ……何ここ、めっちゃ暑い。真夏かよ!」
「大体そう。もうちょっと行ったらテントあるから、そこまで頑張って」
 ジュースを手渡すと、二人揃って一気に飲み干した。コップを受け取り、テントまで誘導する。
「助かった……まさかこんなに暑くなるとは」
「オマエら、なんでこんな所にいるんだ?」
「なんで、じゃねーっつの」
「『スカラビアに監禁されてる』なんてメッセージが届いたと思ったらメッセも通話も通じなくなって……」
「あ、そういえばコイツらにも連絡しとけって言ったっけ」
 グリムはやっと思い出したらしい。呆れた顔で二人を見る。
「役に立たないとは思ってたけど、本当に全部解決してから来たんだゾ」
「はぁ~!?こっちはなー、扉が開いてないから魔法でワープできなくて、公共の交通機関乗り継いで学園まで戻ってきたんだかんな!」
「よくわからないが……この楽しげな様子を見る限り、危機的状況ってわけじゃなさそうだ」
「いやあの……ホントその………マジでごめん……」
 頭を下げるしか出来ない。グリムは目を吊り上げる。
「オマエらがいない間、オレ様たちそりゃもう大変な目にあったんだゾ!グリム様の武勇伝を聞かせてやる!」
「はぁ?こっちは『助けて』なんて言われたから大急ぎで駆けつけたってのに」
「本当にその、あの時は心細くて……申し訳ない……」
「ユウが僕たちに助けを求めるなんてよっぽどの事だと思ったんだが、何があったんだ?」
「ご説明しましょうか!」
「うわぁぁぁぁなんか出た!?」
「お、オクタヴィネルの!?なんでここに!?」
 いきなり乱入してきたアーシェングロット先輩に二人が声を上げると、リーチ先輩たちやアジーム先輩、バイパー先輩もやってきていた。
「スカラビアの揉め事に巻き込まれ命からがら逃げ出したユウさんとグリムさんを、僕たちが救出しました!助けを求められた君たちじゃなくて!!僕たちが!!!!」
「アズール先輩なんでこんなテンション高いの?」
「マウントは取れる時に取っておきたいタイプなんです。気にしなくていいですよ」
「あ、それでオクタヴィネルの寮服を着せられてるのか」
「オレ様も決まってるだろ!」
「はいはい、決まってる決まってる。……オレら無駄足だったワケね」
 落胆したようなエースの声に、腹の奥に冷たいものを突き刺されたような気がした。うまく言葉が出てこない。
 いきなり、エースが帽子ごと頭をぐしゃぐしゃと撫でてくる。
「んな顔すんなって。怒ってねーよ」
「ああ。……二人とも無事で良かった」
 デュースも優しい顔で微笑んでくれた。
 鼻の奥がツンと痛む。涙が出そうなのを必死で堪えて微笑んだ。
「二人とも、本当にごめん。……助けに来てくれてありがとう」
「別に?実家にいてもゲームくらいしかやる事なくて暇だったし」
「いつでもメッセージしてこいと言った手前、無視もできないからな」
「素直じゃねえヤツらなんだゾ」
「お前もな!」
 エーデュースがグリムを挟んでぐりぐりやってじゃれてる。思わず笑ってしまった。
 僕たちの様子を見ていたアジーム先輩が、太陽のように笑う。
「せっかく来たんだ。お前らもホリデーの宴に参加していけよ!」
「こちらにピザやパスタもありますよ」
「お飲物はどうされますか?」
 二人はあっという間に順応していく。きっと大変な道のりだったんだろうな。交通費とか学校から出るのかな。学園長に連絡しないと。
「よーし、今日は最高のホリデーにするぞー!」
「おーーーーーー!!」
「やれやれ……まったく」
 寮長の声に寮生たちが応える。それを見ているバイパー先輩の表情は、以前よりも柔らかく見えた。


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