4:沙海に夢む星見の賢者
スカラビア寮の人事については、オクタヴィネルの三人まで巻き込んで話し合いになった。正確には説得かな。
つまり、寮生を利用して寮長を陥れようとした副寮長の処分はどうするか?という話だ。
全世界中継はウソだったけど、寮生たちは彼が何をしたのかよく知っている。騒動が終わって危険が去って、不満や不信感も噴出した。
「オレは、ジャミルに副寮長を辞めさせるつもりはない」
アジーム先輩はきっぱりとそう言い切った。抗議の声を一通り出させてから、寮生一人一人に順番に視線を向ける。
「お前たち、オレのこと心配してくれてるのか。ありがとな!」
太陽のような笑顔を見せて、すぐに真剣な表情になる。
「でも……今回の件はアイツだけが悪いわけじゃない。オレにも問題はあった。それにさ、うちの寮に今まで一度もジャミルに世話になってないヤツはいないだろ?」
寮生たちが勢いを失っていく。誰も否定できないらしい。
「アイツは優秀な副寮長だった。寮長のオレよりも、ずっと。一時悪い考えに支配されちまっただけで、アイツはデキるヤツだ」
悪事を企てた事実はもちろん消えはしない。それは前提としても。
「オレは今回の件まで、一度だってジャミルに傷つけられた事なんかない。十七年間、一度も」
立場を利用すればもっと酷い事は出来ただろう、とアジーム先輩は言う。
「だからっていいヤツだとは言わないけどさ」
そこはちゃんと飲み込んだらしい。
アジーム先輩の言葉に反論できないながらも、寮生たちはどこか不満げだった。そりゃそうだ。彼らは生まれた時からバイパー先輩と一緒に過ごしていない。いや、生まれた時から十七年一緒に過ごした幼なじみなんている奴の方が少ないだろう。共感しろという方が無理がある。
「文句がおありなら、代わりの副寮長候補はいらっしゃるんでしょうね?」
アーシェングロット先輩が尋ねると、途端に静まった。
「推薦でも構いませんよ」
追撃に更に空気が重くなる。まぁこれまでを考えれば、寮長の仕事を任されるも同然の立場だ。気軽に立候補も推薦も出来ないだろう。
「はて。先程までの威勢はどうしました?」
「ふ、副寮長は、寮長の指名で選んだ方が……」
「その寮長さんがジャミルさんを指名しています」
空気が再び沈む。オクタヴィネルの面々は呆れた顔でスカラビア寮生たちを見下ろしていた。グリムも不機嫌な表情で室内を見渡す。
「オマエら……文句言うだけなのか?カリムの悪口言ってた時もそうだけど、言い訳ばっかで何もしねえじゃねえか」
「そ、それは……!」
「……ああ、そういえば言ってましたね。『スカラビアに無能な寮長はいらない』って」
「あれは、ジャミルが……!」
「あの時ジャミルは『自分は寮長にはなれない』って言ってたんだゾ。オマエらが勝手に盛り上がってたじゃねえか」
「まぁ何人かがバイパー先輩の暗示にかかって言っていたとしても、他の多数の人はそれに乗っかってただけですよね。本意じゃないなら、すぐに違和感を覚えてるはずですし」
どいつもこいつも顔が青ざめている。自分は違うと断言できる奴は一人もいないようだ。
「寮長が気に入らないなら、その座を決闘で奪い取る。コネで決まった寮長なんておかしい、実力主義が当然、なのでしょう?」
「良いんじゃないですか?人事に不満があるのなら、カリムさんを寮長の座から追い出せば。その代わりアジーム家からこの寮が受けていた一切の恩恵はなくなりますけどね」
「今回の騒動の修繕まではどうにかなったとしても、その後ですね。建物の維持管理だってタダではありませんし」
「メシだって変わるだろーね。ラッコちゃんに毒を盛られる危険があるから、食材わざわざ届けてくれてるワケでしょ?」
オクタヴィネルの先輩たちが続く。誰もが黙って下を向いていた。
アジーム先輩を下す実力があっても、アジーム家までどうにかする実力は彼らにはない。安い義憤は強すぎる権力の前には無力だ。
大人はずるくて汚いが、子どもたちがそうじゃないかと言うと、まぁ全然そんな事はない。むしろ自分の悪に自覚がないから余計に質が悪い、って事もある。
「寮長の座が欲しければ、いつでもかかってこいよ。受けて立つぜ」
アジーム先輩は逃げないだろう。負けても結果を受け入れて、それを素直に実家に報告する。言葉ぐらいは何もしてくれるなと言うかもしれないが、バイパー先輩をあそこまで追い詰める家が、子どもの意見を尊重してくれるとは思い難い。
ここに並んだスカラビア寮生の誰も、アジーム先輩ほど寛大にも、バイパー先輩ほど賢くもなれない。その事実が、現在の人事の是非を物語っていた。