4:沙海に夢む星見の賢者



「ユウ!」
 グリムが慌てた様子で走ってくる。先輩たちも駆け寄ってきた。
「いま治癒魔法を!」
「だ、大丈夫です落ち着いてからで。死ぬような怪我はないですし」
「でも!!!!」
「アーシェングロット先輩たちこそ、まだしんどいでしょう?無理したらまたブロット溜まっちゃいますよ」
 とはいえこのままだと先輩たちの心配が止まらないので、先に体を起こした。バイパー先輩はアジーム先輩が呼びかけている。
「さっきのビャーってやつ、凄かったんだゾ。どうやってやったんだ?」
「物理防壁の表面に雷だけを受け流す性質を付与して、一カ所に集約させたんです」
 物理の防壁では雷まで防ぎきれない。両方を対策した防壁を連発するのでは負担が大きい。とても攻撃には転じられない。
「属性さえ解っていれば、打ち消すよりも受け流す方が負担は軽い」
「んで、雷を吸収する魔法を帽子のバッジにかけて力を溜めさせて」
「それをアズールの杖から一気に放出したワケです」
「結構ぎりぎりでしたね。あと少し遅かったら暴発して自滅する所でした」
 三人揃って溜息を吐く。そんな大技をあの短時間で完成させたのだから、本当に凄い先輩たちだ。
 アーシェングロット先輩の発想力も実行力も、それをすぐに理解し飲み込めるリーチ先輩たちも、魔法が使えたって追いつけそうにない。
「ジャミル?ジャミル!!」
 アジーム先輩の声の様子が変わった。振り返れば、バイパー先輩の瞼が震えている。程なく目が開き、呆然とアジーム先輩を見上げていた。
「…………ここは……」
「良かった。なんとか正気を取り戻したようですね」
 アーシェングロット先輩も胸を撫で下ろす。
 まだ状況は飲み込めてなさそうだけど、とりあえず起きあがっても大丈夫みたい。その様子を見ていたアジーム先輩が、次の瞬間に号泣しはじめた。
「じゃ、じゃびる……うぉおおおえええええあああわああああああああん!!!!!!」
「ラッコちゃん、全然言葉しゃべれてねーじゃん」
「一発殴ってやると言っていたのもすっかり忘れていますね」
「い、生きててよかった……いぎででよがっだ……」
 バイパー先輩は号泣しているアジーム先輩を見て、呆れた溜め息を吐いている。
「……お前はどうしてそう…………はぁ……」
 裏切っていたのに、下手をすれば命も脅かされていたのに『生きてて良かった』と心から言っている様子に呆れているらしい。
 平時は傲慢で押しつけがましい善人だが、窮地でさえ続けられるなら立派な才能だ。悪に触れたとてその悪ごと飲み込んでしまえるのなら、間違いなく強みになる。
 バイパー先輩はあまり評価していないようだけど、やっぱりアジーム先輩も凄い人だと思う。
「オレ、オレ……お前がどんな気持ちで過ごしてきたか知らなかった。ず、ずっと、……我慢させてた事も、全然、知らなぐでっ……」
「その結果がこの手酷い裏切りですよ」
「そーだよ。ウミヘビくんは内心ず~っとラッコちゃんの事バカにしながら生きてたんだよ」
「オマエら、オレ様より空気読まねぇんだゾ」
 しゃくりあげながら言うアジーム先輩に、リーチ先輩たちがヤジを飛ばす。さすがのグリムでも苦言を呈した。
「お前は、ひ、ひどいヤツだ……だけど、やっぱりずっとオレを助けてくれてたのも、お前なんだ」
「カリム……」
 裏切りを理由に過去を否定しない。
 アジーム先輩は、まっすぐにバイパー先輩を見た。
「だからもう、今日からはやめよう。親の地位とか、主従関係とか、そういう事で遠慮するのは」
「………は?」
「今日からは遠慮なしで本気で一番を奪い合う、ライバルになろう。改めて対等な立場で友達になろう、ジャミル」
 まっすぐな言葉を受け止めて、バイパー先輩は苦笑した。
「対等な立場で、友達に?……お前らしい結論だな、カリム……」
 いつものように穏やかな笑顔で、その顔を見たアジーム先輩も嬉しそうに何度も頷いていた。
「なら、対等な立場で言わせてほしい」
 バイパー先輩がアジーム先輩を見つめる。次の言葉を待つ主人に、従者は目を吊り上げた。
「絶っっっっっ対にお断りだ!!!!」
「えっ」
 周りの人間が思わず戸惑いの声を上げる。そんな周囲を無視してバイパー先輩は一気にまくし立てた。
「考えなしで大雑把、間抜けで不器用、超がつくほど脳天気で傲慢、デリカシーゼロのボンボン!!そんなヤツと誰が好き好んで友達になんかなるか!!!!」
 凄い実感がこもっている。一切の手心がない。
「利害関係がないなら、お前とは一ミリたりとも関わり合いたくないね!」
「え、えぇ~~~~!?なんだよそれぇえ!?」
 ちょっと受け入れてくれる雰囲気だったじゃんかぁ、とアジーム先輩は困った顔になっている。対するバイパー先輩は『お望み通りに言ってやっただろうが』という顔だ。
「ズバズバキツい事言いまくりなんだゾ」
「本当はあんな性格だったんだね」
 まぁでも、これは彼らにとって大事な第一歩なのだろう。
 腐れ縁だって絆なんだし。
「いいじゃありませんか。僕は今のジャミルさんの方が好感が持てますよ」
「なんだ?ニヤニヤして気持ち悪い」
「実は僕、一年生の頃からずっとあなたの事が気になっていたんです」
「はぁ……?」
 バイパー先輩の辛辣な対応にも、アーシェングロット先輩はめげない。
「ジャミルさんは普段からあまりに目立たなすぎて……逆に浮いた生徒でしたから」
 ナイトレイブンカレッジは名門魔法士養成学校。優秀な魔法士の卵が集まるが、それだけに己の力に自信があり、負けん気が強く我が強く協調性も無い。
 確かに大人しい生徒は浮く。まぁ今となっては彼も例外じゃなかった事が判ったわけだけど。
「あなたは座学の成績も、実技の成績も、これといって優れた成績を残しません。同時に……どの授業でも、絶対にマイナス評価も残さない」
 全教科で十段階評価の五をわざと取り続けていた印象だったと、アーシェグロット先輩は語る。そんな事が自然にあり得るわけがない、何かあるに違いない、と思っていたと。
「アズールだって魔法薬学の成績は学年トップレベルですが、飛行術の成績は下から数えた方が早いですものね」
「それもちょっと極端なんだゾ」
 先輩、飛行術苦手なんだ。海で育つと難しいのかな。
「マンカラをご一緒した際、予感は確信に変わりました。ジャミルさんはフロイドの機嫌を損ねない程度に勝敗をコントロールしていた」
「って聞いたけど。ウミヘビくんホント?」
「わざと負けすぎても手抜きに気づかれますし、僕のように勝ちすぎても相手を不機嫌にさせてしまう。ちょうどいい塩梅で、相手を勝たせていい気分にさせる。そんな事、並の技術と精神力で出来る事じゃありません」
「アズールは手加減ナシにオレ様をボコボコにしてたからな!」
 バイパー先輩は否定も肯定もしない。訝しげな目でアーシェングロット先輩を睨み、警戒している。
「僕の予感は正しかった。ジャミルさんの本来の能力は実に素晴らしいものです!」
「だろ?だろ?やっぱジャミルはすごいヤツなんだよ!」
「ジャミルさんはカリムさんより、僕のようなタイプと気が合うと思いますよ」
 アーシェングロット先輩が、一層明るい笑顔をバイパー先輩に向ける。対照的に、バイパー先輩はどんどん嫌そうな顔になっていく。
「どうです?これを機に、オクタヴィネルに転寮して僕と手を組んで一旗あげてみませんか?」
「絶対にお断りだ」
 即答。
「大体なんなんだ、お前は。いきなり出てきてべらべらと……胡散臭いんだよ!今後もお前とは永遠に友人になんかなりたくないね」
「おや、言われてしまいましたねぇ」
「構いませんよ。今回は僕の秘密コレクションに新たな真実が一つ追加された事で良しとしましょう」
「別名・他人の弱点コレクションね」
 双子に軽口を言われても、アーシェングロット先輩の上機嫌は揺るがない。よほどバイパー先輩の本音を見られた事が嬉しいらしい。
「……世界中に向けて明かされちまった秘密なんて、弱みでもなんでもないだろ」
 そう言えば、マジカメで中継しているって話だったけど、アレどうなったんだろ。アジーム家の知るところになったら、絶対にバイパー先輩も家族も無事じゃ済まない。アジーム先輩はどうにかするって必死に言ってたけど。
「あ、それウソです」
「………………………………へ?」
「会議通話のアプリを繋げていただけで、マジカメのライブ配信なんてしてませんよ」
「えええええ!?そうなのか!!??」
「はい。スカラビア寮のテレビは最新式でアプリにも対応していましたから。繋げるのも簡単でした」
 ジェイド先輩がしれっと答える。
「なんでそんなウソついたんだゾ?」
「徹底的に逃げ場が無くなれば戦意喪失するかと思いまして。寮の内々で終わる話だと分かっていたら、都合良く言い訳して僕たちを悪者に仕立てて逃げられてしまったでしょうから」
 それでオーバーブロットするほど追い詰めたんだから世話無いけど、まあ結果論だよな。実際に配信してしまわなかったのは、その影響の大きさをアーシェングロット先輩が一応ちゃんと考えてたって事だし。
 そして他人の弱点コレクションはちゃっかり充実してるワケなので、頭の良い人って本当に怖いよね。
「ウソ……全部……」
 バイパー先輩の表情は完全に『無』だった。安堵でも怒りでもなく。程なく、その体が後ろに倒れた。アジーム先輩が慌てて受け止める。
「ジャミル、どうしたんだ、ジャミル!!??」
「気絶してますね」
「あー、安心しちゃったんだねぇ」
「丸く収まって良かったですねぇ」
「ジャミルーーーーーーーーーっっっっ!!!!!!」


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