4:沙海に夢む星見の賢者
涸れた川を水で満たして人魚の泳力で突破する、なんてとんでもない力業だ。
それが成功してしまうのが魔法の世界の良い所、なのかもしれない。
東のオアシスを更に越えて、寮の建物が見えてきたぐらいの所で川は途切れた。元は寮のある場所まで水路が続いていたのだろう、とジェイド先輩は分析している。
「賭けには勝ちましたね」
水に濡れた僕たちを風の魔法で乾かしながらアーシェングロット先輩が笑う。
「頑張ったじゃん。偉い偉い」
いつの間にか人の姿に戻っていたフロイド先輩が頭を撫でてくる。一度も吐き気を訴えなかった事を褒めてるんだと思うけど、どちらかというと風圧で手を離さなかった事の方を褒められたい。本当に大変だった。下手に身を屈めると、後ろで水を出し続けてるアジーム先輩が吹っ飛びそうで気が気じゃなかった。
「不意打ちや巻き付かれた場合に行動不能に陥る、という感じでしょうかね」
「エースにイソギンチャクくっつけられた時は、ブチ切れてぶん殴ってたんだゾ」
「それはカニちゃんの自業自得じゃね?」
「咄嗟に手加減できなくて……申し訳ない事をしたなぁとは思ってます……」
「……と、すると。依然としてユウさんを前衛に出すのは危ないですね」
アーシェングロット先輩が呟く。
「あちらはユウさんが蛇を苦手としている事を知っている。弱点として狙ってくるでしょう」
「洗脳魔法も厄介です。攻撃手段が格闘技しかない以上、視線を合わせずに戦うのは難しいはず」
「……でも、今までオーバーブロットした奴と戦う時は、オレ様とユウがリドルとかレオナを引きつけて、他の奴らででかいのを引きはがしてたんだゾ」
「あー。アズールの時もそーだったね。小エビちゃんがアズールの事ぎゅってしてる間に、オレらがぶっ飛ばしたじゃん」
「ええ。レオナさんが各方面にガチギレなさってたのが印象的でした」
「なんで覚えていないんだ……いや覚えてなくてよかったのか……」
何故かアーシェングロット先輩が落ち込んでいる。かけるべき言葉が見つからない。
「……ジャミルなら、どう考えるだろう」
ぽつりとアジーム先輩が呟く。
「真正面から行っても、今のあいつには勝てない。だから作戦が要る。ジャミルの裏をかけるような作戦が」
「……そうですね。その通りです」
アーシェングロット先輩が眼鏡を直しながら答える。
「だったら、やっぱり子分が戦えるようにするしかねえ!」
「だから、それがダメだって話したじゃん」
「蛇ぐらいならオレ様がぶっ飛ばしてやる!そう約束したんだゾ!な!」
「う、うん。そうだけど」
結局、洗脳魔法の方はどうしようもない。ちょっと考えはしたけど、万全とは言い難い。
「……僕もグリムさんと同意見です」
双子はぎょっとした顔で寮長を振り返ったけど、その表情を見てすぐに落ち着きを取り戻した。
「……なーんか思いついたって顔してんね」
「そうでなければ、貴方がそんな事を口にするはずがない」
「勿論」
アーシェングロット先輩が僕の正面に歩み寄る。
「話は単純です。ユウさんの身につけているものに、催眠魔法に対する防衛魔法を込めます」
「それでイケる?」
「『巻きつく尾』では防げた。他の魔法の干渉を無視できるほどの強度はない。魔法をかける対象も目であると確定している」
肝要なのは、と前置きする。
「ジャミルさんとブロットの化身を引き離す、という一点です。ジャミルさんを攻撃するのはその手段に過ぎません」
僕とアジーム先輩が頷く。リーチ先輩たちも文句はなさそう。
「ブロットの化身は腕力は強いようですが、ジャミルさんと一定以上の距離を離れられない事もあり攻撃の範囲が狭い。窮屈なのに屋内から動かないのは、それをごまかす意味があると考えられます」
さっき僕が捕まった時も、ほんの数メートル先にアジーム先輩とグリムがいた。廊下の角に隠れて死角になったとはいえ、バイパー先輩が狙うべきは僕よりアジーム先輩のはず。その少しの移動が出来なくて、僕を捕縛する方に動いた可能性は高い。
「ブロットの化身はジャミルさんと同じ対象を攻撃するでしょう。同じ方を向いている限り、他方向への警戒はどうしても甘くなる。さっき、グリムさんの捨て身の攻撃で集中を切らしたようにね」
確かに、巨人の迎撃は雑だった。叩き落とす手も逆であれば両手を塞がれた僕は逃げ出せなかったと思う。あまり融通が利かないのかもしれない。
「僕たち六人全員でかかっても、ジャミルさんの攻撃は大将首であるカリムさんか、僕たちの人質になりうるユウさんに集中するはずです」
「僕とグリムとアジーム先輩でバイパー先輩の動きを止める。先輩方がブロットの化身を相手する、って感じになりますかね」
「はい。巨人に邪魔をさせないよう防衛魔法での防御に徹していると見せて、巨人を切り離すタイミングを見定めます」
「あ~、アズールの考え、わかっちゃったかも」
「でしたら、三人でブロットの化身に集中する意味がありますね」
三人は同じ事を考えているらしい。イマイチこちらには分からないけど、下手に教えてもらうよりその方が良さそうだ。
「ではユウさん。帽子と、ネクタイに触らせてください」
「お願いします」
アーシェングロット先輩が杖を手にした。少しだけ淡い光を纏って、すぐに元の状態に戻る。見た目にはどこに魔法がかかってるかなんて分からない。
「どちらも独立した魔法になってます。帽子の方は気兼ねなくブラフとして使ってください」
「わかりました」
「グリムさん、カリムさんもこちらに」
グリムはリボン、アジーム先輩はターバンに、それぞれ同じ魔法をかけてもらったようだ。
「なぁ、洗脳魔法の対策が出来るなら、オマエらも同じ魔法を使えばいいんじゃねえのか?」
「そうしたいのは山々ですが、僕の魔力にも限りがある。こちらは後衛に回る分、ジャミルさんとの間に距離がありますから、フロイドの『巻きつく尾』でも対応可能です」
「万が一そっちに飛んでっちゃっても、小エビちゃんたちに対策してあれば安心だしね」
そういえば弾いた先は選べないんだもんなぁ。まぁ、今回はそれも含めての対策、という事だし大丈夫だと思うけど。
「ユウさん」
アーシェングロット先輩が僕をまっすぐ見つめる。
「貴方たちの背中は僕たちが守ります。……好きなだけ暴れてください」
「……ご期待に添えるように頑張ります」
一礼して顔を上げると、柔らかな微笑みと共に手を差し出される。にっこり笑って両手で握り返した。