4:沙海に夢む星見の賢者
アーシェングロット先輩たちを見送る。足音が遠ざかった頃に、ジェイド先輩と同時に立ち上がった。
「どっ、どうしたんだ!?」
「カリムさん。スカラビア寮の皆さんも。今から少しの間、テレビでも見ながら談話室でお待ちください」
「な、なんで?」
「まぁまぁ。見ていただければ分かる事です」
ジェイド先輩は談話室に設えられた巨大なテレビに歩み寄ると、電源を入れて素早く準備を進めた。
「なあ、追いかけないとアズール危ないんじゃねえか?」
「僕たちだけじゃダメだよ。少し待って」
程なく映像が画面に映った。ほとんど真っ暗だけど、隙間からもはや見慣れた臙脂色の服が見える。
『…………それじゃあ、困るんだよ』
「ジャミル……!?」
テレビから聞こえた声に反応し、アジーム先輩が真っ先にテレビに駆け寄った。寮生たちも何事かという顔でテレビの前に集まってくる。
『悪いが、これ以上君らをスカラビアには置いておけない。海の底へ帰ってもらおう』
どう聞いても悪人の台詞だ。
「行きましょう、ユウさん、グリムくん。足音を立てないように気をつけて」
「フロイド先輩は」
「大丈夫、もう戻ってます」
にっこりと微笑む様子に安心する。不安はない。
ジェイド先輩の後ろをついて歩く。誰もいない廊下に音は無い。少しでも音を立てれば気づかれてしまうだろう。
そうして歩いていると、話し声が聞こえてくる。落ち着いた声のアーシェングロット先輩と、今までに聞いた事のないテンションのバイパー先輩の声だ。ジェイド先輩と顔を見合わせ、角で待機する。
よほどアーシェングロット先輩たちの存在がストレスだったのだろう。誰も聞いていないと思って、バイパー先輩は実にべらべらといろいろ喋っていた。ジェイド先輩のユニーク魔法を使うまでもない。まっすぐにバイパー先輩を見つめたまま動かないアーシェングロット先輩が名俳優すぎる。見習わないと。
バイパー先輩は学園長の弱みを握っているかと尋ね、アーシェングロット先輩の答えに喜んでいた。それと同時に、談話室の方が騒がしくなっている気配も感じ取る。ジェイド先輩と顔を見合わせ、頷いた。
「……話は聞かせていただきました」
角から姿を見せたジェイド先輩が、最高にかっこいい台詞を持っていった。似合う。
「やっと本性表したんだゾ!よくもオレ様たちを騙してくれたな!」
グリムが毛を逆立てて怒る。思いも寄らぬ乱入者に、バイパー先輩は戸惑っている様子だった。
「なっ……お前たち、どこから聞いて……!?」
「最初から全て、ですよ」
ジェイド先輩が懐からスマホを取り出す。そこにはさっきテレビに映っていたのと同じ画面が映し出されていた。アーシェングロット先輩のポケットから覗く、スマホのカメラが映している光景だ。
「談話室を出てからのおふたりの会話は、ずっとアズールのスマートフォンから全世界にライブ配信されていたんです」
「……は?」
「現在アズールのマジカメアカウントのライブ配信を視聴中のユーザーは五千人越え。『某有名魔法士養成学校の闇実況』として話題騒然です」
事態が飲み込めないバイパー先輩に対し、ジェイド先輩があくどい笑みを向ける。
「副寮長の晴れ舞台、もちろん寮生の皆さんも談話室に集まって視聴中ですよ」
タイミング良く、談話室から寮生たちが駆けつけた。
「ジャミル副寮長、今の話は本当なんですか?」
「今までずっと、寮長や僕たちを騙していたと……!?」
寮生たちの悲壮な声を聞いて、グリムは更に罵る。
「いい人ぶっておいて、ひでぇヤツ!とんだ嘘つき野郎なんだゾ!」
「そ、それは……、違う、俺は……っ」
「もう言い逃れは出来ませんよ。アズールに使った洗脳魔法が動かぬ証拠」
ジェイド先輩はバイパー先輩を指さし、しっかりと言い放つ。
「ジャミルさん……貴方こそ、ユニーク魔法でカリムさんを操り、スカラビアを混乱に招き入れた黒幕だ!」
推理ドラマの探偵役みたい。かっこいいな。
バイパー先輩は悔しそうな顔で僕たちを睨みつける。
「事を荒立てるつもりはなかったが……こうなれば仕方ない。アズール!命令だ!コイツら全員捻じ伏せて、拘束しろ」
「……はい、ご主人様」
アーシェングロット先輩が静かに一歩踏み出す。ジェイド先輩が表情をわずかに歪めた。アレ?という顔をしたグリムにバイパー先輩が気づいた様子はない。
「くっ……、アズール!いけません、正気に戻りなさい」
「呼びかけなど無駄だ!」
「はい、僕は、ジャミル様の忠実な下僕……な、わけないじゃないですか」
人形のような無表情が、あっという間にいつもの不敵な笑顔に戻る。バイパー先輩の顔が再び困惑に染まった。
「先程のお言葉、そのままあなたにお返ししますよ」
アーシェングロット先輩は勝ち誇った笑顔を向ける。
「僕を『傲慢な魔法士』と思って油断していましたね。熟慮の精神をモットーとするスカラビアの副寮長ともあろう者が、ザマァない」
「どういう事だ!?確実に目を見て、洗脳したはず……!」
「僕はいつでも万全の対策を練ってから行動を起こす堅実な魔法士ですから。ねえフロイド」
「ウミヘビくんさぁ、ちょっと油断すんのが早かったんじゃない?」
廊下の屋外に面した部分の上の方から、フロイド先輩が上下逆さまに顔を覗かせた。死角から人が出てきた事にぎょっとして、バイパー先輩は壁際に逃げていく。その間にフロイド先輩は廊下に降りてきた。
スカラビア寮は気温の高い気候を考慮してか、開放感のある造りとなっている。窓が大きかったり、外に面した廊下の壁は取り払われていたり。どうやらフロイド先輩は屋根だか縁だかに登って二人の会話を聞いていたらしい。
いやそんな事より。
「オメー、なんだその声!?」
「オレ、アズールと契約して、この低い声をもらったんだぁ。どお?渋くていいでしょ」
普段の声は柔らかくも癖がある雰囲気だが、今の先輩の声は厳めしい重低音、という感じだ。口を閉じてればミステリアスなイケメンって感じの顔面とのギャップも目立つが、何より口調が普段の先輩なので違和感が凄い。
「かわりにぃ、オレの自慢のユニーク魔法『巻きつく尾』をアズールに差し出した」
「フロイドのユニーク魔法『巻きつく尾』は相手の魔法を妨害し、矛先を逸らす事が出来る魔法なんです」
「魔法を失敗させる魔法……」
「そう。周囲に巻き込むものがなければ、対象魔法の種類を問わない最高の防御です」
「だ、だが詠唱の素振りも無かったのにどうやって……!」
「さぁここで問題です。カリムさんの顔に無くて僕の顔にあるものって何でしょう?」
大半が理解不明という顔をする中で、バイパー先輩の顔が青ざめていく。
「お、お前、まさか……」
「海の魔女は自身の魔力を巻き貝に込めて利用していたといいます。近年、特定の魔法を込めて活用するマジックアイテムの技術は非常に進化しているんですよ。……市販品に一種類の魔法を込める程度なら簡単に出来るぐらい」
眼鏡に触れながらニヤリと笑ってみせる。
「精神を操る魔法の最短ルートは常に頭部です。もっと詳しく言えば目か耳。また催眠魔法の八割は目からかけるものです。お誂え向きに僕は日常的に眼鏡をしている。魔法を仕込んでいたとしても外から見て違和感はない」
アーシェングロット先輩の技術力なら催眠魔法に対する防壁を眼鏡に仕込む事も出来るだろう。でも先輩は『それでは不十分』だと判断し、射程が存在するあらゆる魔法に対し効果を発揮するフロイド先輩の『巻きつく尾』を選んだ。
「僕はフロイドから巻き上げた……もとい、担保に預かった『巻きつく尾』を使い、ジャミルさんの洗脳魔法を回避した。そして、操られたフリで油断したジャミルさんから真相を聞き出した……というわけです」
「さすがアズール!むちゃくちゃ性格わりぃんだゾ!」
「頭脳派と言ってくれませんか」
グリムのコメントに、アーシェングロット先輩は抗議する。