4:沙海に夢む星見の賢者
総出で作った大量の昼食も、食べ盛りの学生たちの前ではあっさりと消えてしまう。
協力して作った料理への愛着とは凄まじいもので、調理に加わった寮生たちは皆、笑顔で食事していた。自分が何を頑張ったのか隣と話し、出来を互いに褒め称え、ついでに情報交換をする者もいる。
片づけは実践魔法の訓練も兼ねて、こちらも全員で行った。汚れを落とす、乾かす、種類ごとにまとめるといった工程を分けてローテーションで作業をし、手分けして皿や道具を元の場所に戻す。
そうして全員が談話室に揃った所で、アズールは一時間の休憩を指示した。
「十分な食休みを取り、軽く散歩などをすると脳が活性化し、午後の勉強の効率がアップします。自由に過ごしてください」
もはやアズールの指示を疑うものはいない。自室に戻ったり、庭に向かったり、談話室でくつろいだり、寮生たちは自由に過ごしている。
「アズールは本当になんでも知ってるんだな」
隣に座ったアズールを見ながら、カリムは珍しく大人しい声で話す。
「オレ、よくわからないままがむしゃらに頑張ろうとして……寮生たちに無理させちまってたのかもな」
これまでの事を思い返しているのだろう。誰の目にも深い反省の色が見て取れる。
「同じ二年生寮長だってのに、オレは未熟者だ」
「間違いは誰にでもあります」
アズールは明るく返した。その口調に嘲りはない。ただ同じ立場の同級生に対し、真摯に話しているようにしか見えない。
「バケーションはまだ半分を過ぎたばかり。これから取り戻していけばいいじゃありませんか」
「アズール……」
カリムは感激した様子で、アズールに頷いて返した。
寮長の変化を一番喜ぶべきはジャミルだろうに、その表情は何も映さない。誰もそれを指摘しない。気づいていない。
穏やかに何もない表情が、ジャミルの普段の姿だ。従者とは主人の陰であり、それ以上を必要とされない。何の違和感も、誰にもありはしない。見慣れた姿でしかないのだ。
それはつまり、その腹の内に渦を巻くものが少し変わったとて誰にも気づけない、という事でもある。
「こんな有意義な合宿なら、学校に残ったのも悪くないな」
「そうだな。こうしてお前らと過ごせるのも学校にいる間だけだし……」
「なんか、悪い夢を見てたみたいだ……」
寮生たちの嬉しそうな声が聞こえる。
手塩にかけて育ててきたものが、苦労してやっと芽吹いたものが、気軽な悪意に摘み取られたような痛みを感じていた。
これ以上の様子見は手をこまねいているのと何も変わらない。
狡猾な毒蛇は首をもたげ、獲物を呑み込むその瞬間を待つ事にした。