4:沙海に夢む星見の賢者



 再び真ん中の一部屋に五人で集まった。早速アーシェングロット先輩が本題に入る。
「お疲れさまでした、ジェイド。カリムさんとは『お話』できましたか?」
「はい。やはり、アズールの予想通りでした」
 ジェイド先輩は真剣な表情で返す。
「恐らく……カリムさんは誰かに魔法で洗脳され、操られています」
「洗脳~!?」
「ど、どこかで聞いた事がある話のような……」
「そんな事できんのか?」
「身体を操る魔法とは別に、精神を乗っ取るタイプの催眠魔法も存在はします」
 身体を操る、と聞いて思い出すのは先日のマジフト大会の事件。
 ブッチ先輩のユニーク魔法『愚者の行進』は、対象に自分と同じ動作をさせる、というもの。効果時間は短く範囲は狭く対象は一名と使いどころは限られるが、それ故に魔法をかけられたという自覚すら相手に生じさせないという利点もある。
「しかし身体を操るものよりかなり高度な技術と魔力を必要とするので、使用できる魔法士はかなり限られていますが……」
 身体を操る魔法に関しては確か、ローズハート先輩が『一時的に意識を奪う魔法と物を操作する魔法を組み合わせれば可能』と言っていた。それ自体は不可能と言えるほど難しくはない、とも。
「アズール並の魔力とテクがないとやれないよね」
「僕でも人間のように自我が確立している生き物を操るのは、難しいと思いますよ」
「その、ユニーク魔法だとそういう手順とか難易度をすっとばす場合がある、と聞いた事があるんですけど」
「基本的に魔法による負荷と魔法そのものの難易度は、普通に構築された魔法もユニーク魔法も変わりません」
 同じ効果の魔法であれば負荷は同じ。負荷を軽減するためにルールを設ければ難易度が上がり、難易度を軽減するために手順をスキップすれば負荷が大きくなる。
「ユニーク魔法は、あくまで構築が別ルートというだけ。下手をすれば理論立てて修得する一般の魔法より、無意識下で使用条件の設定が行われるユニーク魔法の方が使いづらい事もあります」
「後から意識的なルールを設けて多少、効果や難易度を調整する事も出来ますが、基本ルールはやはり変わりません」
「僕のユニーク魔法が条件を設定しなくては高負荷となるように、ユニーク魔法だからといってその魔法士だけが高難易度の魔法の負荷をスルー出来るわけではないんです」
 凄い説得力ある。
「でも、アズールみたいにスゴいヤツ、スカラビアにはいない気がするんだゾ」
 グリムが考え込みながら話す。
「寮長のカリムのユニーク魔法も水が出るだけの大した事ねーヤツだったし。副寮長のジャミルも成績は全部真ん中って言ってたんだゾ」
「それはどうでしょう?能ある鷹は爪を隠すと言いますからね」
 アーシェングロット先輩が僕を見ながら言う。なんとなく何が言いたいか解った。
「で、誰がなんのためにラッコちゃんを洗脳してんの?」
「残念ながら、それについては聞き出す事が出来ませんでした」
「ジェイドのユニーク魔法でもわかんなかったって事?」
 フロイドの言葉に、グリムが耳を立たせる。興味ありげに双子を見た。
「そういえば、オレ様たちジェイドのユニーク魔法は見た事ねえんだゾ。どんな魔法なんだ?」
「……フロイド。ユニーク魔法の内容を他人に明かすのは感心しないといつも言っているでしょう?」
 珍しく咎める口調のジェイド先輩に、アーシェングロット先輩が助け船を出す。
「……ま、ユウさんたちには種明かしをしてもいいんじゃありませんか?魔法耐性が無い人間には、例え知っていても防げるものではありませんから」
「なんか若干バカにされてる気がするんだゾ……」
「……仕方ありませんね。僕のユニーク魔法は効果を知ればほとんどの相手に警戒されてしまうので、あまり明かしたくはないのですが」
 ジェイド先輩は気乗りしない顔ながら続けた。
「……僕のユニーク魔法『かじりとる歯』は……一度だけ相手に真実をしゃべらせる事が出来るんです」
「ピャッ!?嘘がつけなくなるって事か!?」
「……とはいっても、同じ相手に使えるのは一回だけ。一度使ってしまうと、二度と同じ相手には使えません」
 一度しか使えない強力な自白剤、って事か。確かに知られたら警戒されそう。っていうかそんな魔法をこの人が持ってるっていう事実が一番怖い。
「それに魔法耐性の強い方や、アズールのような用心深いタイプには効かない事がほとんどです。元々心のガードが緩い方、あるいは相手の心に隙ができた時にしか効果がない。かなり効果範囲が限定されたユニーク魔法です」
「めちゃくちゃ怯えてるヤツとか、ギャーギャー泣いてるヤツとかにも効きやすいよねぇ」
「ふふふ、そうですね」
「その笑顔、めっちゃコエーんだゾ……」
 グリムが震えている。凄く同感。
「ともかく、カリムさんはもともと他人との距離感が近いタイプだったので、あっさり僕の魔法にかかってくれました」
 しかし、と言葉を一度切る。
「僕はこう尋ねました。『貴方は催眠魔法を使える生徒の名前を知っていますか?』と」
「答えは?」
「知ってる、と。しかし名前を尋ねると、言えない、と返されてしまいました。絶対に人に教えてはいけないと、昔に約束したから言えない。はっきりとそう答えてくれました」
 ジェイド先輩の言葉を聞いて、アーシェングロット先輩は笑い出した。
「実に面白い。カリムさんの人情に、ジェイドのユニーク魔法が敗北したわけですね」
「非常に悔しいですが、そういう事ですね」
 そうは言うものの、ジェイド先輩の顔は全く悔しそうじゃない。
 だって彼の答えは、個人名を出さなくても明確にただ一人を指し示している。『お話』の成果は十分にあったのだ。
「ラッコちゃんって超口が軽そうなのに、意外~」
「それほど大切な約束という事でしょう」
「……しかし、その意志の固さこそが、今回のスカラビア騒動の真実を白状したようなもの」
 アーシェングロット先輩も同じ結論のようだ。余裕の笑顔を僕たちに向ける。
「あとは仕上げです。砂に潜った犯人の尻尾を捕まえるとしましょう」
「どうやって?」
「僕に作戦があります。まず大前提として、カリムさんとジャミルさんを二人きりにさせない事が重要となります」
「何でだ?」
「ジャミルさんがカリムさんを洗脳した張本人だからです」
「えぇっ!?なんで!?」
 グリムが混乱している。というか、グリムだけ気づいてなかったらしい。
「彼は副寮長である以前に、カリムさんの従者です。日頃から僕たち庶民には必要ないような世話まで焼いている。二人きりになった隙に洗脳するなんて造作もないでしょう」
「で、でも、成績は真ん中だって……」
「ユウさんも言ってたでしょう?『格闘技しかできない自分より運動神経が良いのに成績が劣るなんておかしい』って。出来ない人間が出来るフリをするのは大変ですが、それに比べれば出来る人間が手を抜くのはそこまで難しい事でもない」
 グリムは顎が外れそうなぐらい口を開けている。
「マンカラは先読みを要求される、運の要素が皆無のゲーム。逆を言えば『こう動けば負ける』という答えも出しやすい。何時間も勝負した経験があれば尚の事」
「オレとの対戦もわざと負けてた、ってコト?」
「それも、そうと気づかせないほど自然に。……そんな事が出来る、染み着いているんですから、成績を真ん中に留めるくらい造作もないでしょう」
「なんでそんな事をする必要があるんだ?」
「彼がアジーム家の従者だから、じゃない?」
 自然と口を挟んでいた。先輩たちの視線も僕に集まる。
「あ、えと……」
「構いませんよ。続けてください」
「あー……その。学校での生活すら実家に影響するなら、成績でも『従者』である事を求められてきたのかな、って……」
「僕も概ね同じ意見です。だからこそ動機がある」
 アーシェングロット先輩は中指で眼鏡を押し上げる。
「暴君となった主人を、寮生の支持を受けて追い出し、自分が寮長となる。一生変えられない立場が逆転される。物語としては実に綺麗だ」
「で、でも。そんな事したら怒られるって、アイツ断ってたんだゾ?」
「それも多分、バイパー先輩の作戦の内だよ。アジーム先輩が追い出されるのも自分が寮長になるのも、自分が望んだ事ではないって状況が重要なんだ」
「ラッコちゃんが悪い事して追い出されたとして、ウミヘビくんが後釜に入るのを自分から言ってたら、お前がなんかしたんじゃないかって疑われるよね、当然」
「必要なのは寮生という民衆の支持と証言。いかなアジーム家と言えど、民衆の不興を買っては分が悪い。子息が民衆の怒りを買い、従者が民衆の支持を受けたとあれば、下手な干渉はアジーム家の評判に関わる」
「ナイトレイブンカレッジは名門校。生徒の中にはアジーム家の商売に関わる業種の子息もいるでしょう。膨大な金の力であっても、醜聞は簡単に握りつぶせない。その場は黙っても腹の内に溜めて、ここぞという所で放出する輩もいる」
「故に、アジーム家はこれ以上のダメージを避けるために、民衆の決定に従うしかない、という事です」
「……つまり、アイツは疑われたり怒られたりしないように自分はその気がないって顔しながら、みんながカリムを追い出すように仕向けてた、って事か?」
 グリム以外の全員が頷く。グリムの毛が逆立った。
「なんてあくどいヤツなんだゾ!いいヤツだと思ってたのに!!」
「……でもそうなると、僕たちを巻き込んだのが意味不明なんですよね……」
「証言者が寮内の人間だけではグルになってると疑われるかもしれないと考えたのでしょう」
 偶然の遭遇ではあったけど好都合だと考えた、という事か。
「魔力がなく寮や家業の勢力図に関わりがない、その上に学園長とも懇意にしている貴方が証言者となれば、彼が書いた寮生たちの群衆劇が色濃い事実となる」
「……懇意にはしてないですけどね。向こう的には使い捨ての駒だと思うんで」
 言われてみれば、初めて話をした時も学園長の依頼で安全調査をしていると話したはずだ。僕の後ろの学園長の存在を意識していた、としても不思議ではない。
「実際はそうだったとしても、端から見ればそうは見えない、という事です」
 災難でしたね、と心にもない同情を口にする。乾いた笑いでスルーした。
「そういうワケですから、これ以上のジャミルさんによる催眠を妨害する必要があります」
「具体的に何すりゃいいんだ?」
「簡単です。カリムさんのお世話を僕たちが担います。これからの滞在中、誰かしらが必ずカリムさんやジャミルさんに張り付き続けるんです」
「……それだけか?」
「それだけです。口止めまでして隠している以上、彼はユニーク魔法を外でおおっぴらに使う事が出来ない。僕たちの前でも同じです」
 バイパー先輩は用心深い性格だ。アーシェングロット先輩と同じクラスだし、その評判はもちろん知っている。能力を知られるリスクを考えれば、不用意に使う可能性はかなり低い。シンプルながら、最大の効果を発揮するだろう。
「その間にカリムさんの信頼を回復させる。不満が溜まっても即時行動できないような連中です。普段のカリムさんに戻れば、素直に喜んでくれるでしょう」
「そんな簡単にいくのか?」
「ええ。そんな事になったら、ジャミルさんは確実に僕たちを排除にかかるでしょうね」
「排除、って」
「恐らくは、僕に洗脳魔法を使って、双子ごと引き上げさせようとするでしょう。能力を知られていない前提なら、一番手っ取り早く効果的だ」
 実際は既に見当がついてるわけだけど。
「でも……その、洗脳魔法って意識的に防げるんですか?」
「そこはいろいろと。こちらには良いカードが揃ってますから、ご心配なく」
 具体的な方法は教えてくれないらしい。まぁでも、この人が虚を突かれるなんてそうそうないだろう。この名門校の、プライドが高くて負けん気が強くて我が強い生徒で、学園長すら手玉に取る寮長なんだから。
「とにかく、僕たちはアジーム先輩とバイパー先輩を二人きりにしなければいいんですね」
「そういう事ですね。……ただ、オンボロ寮のお二人は僕か双子のどちらかと一緒に行動してください」
「どうしてだ?」
「お二人に洗脳魔法をかけて作戦を聞き出したり、人質にしようとするかもしれませんから」
「ふな!もう囚人生活はイヤなんだゾ!」
「でしたら、僕の指示には従ってください。いいですね?」
「はい」
「分かったんだゾ」
 とりあえず話は一段落。
 トラブルに巻き込まれる度に思うけど、頭が良い味方がいるって心強いなぁ。
 巻き込まれないのが一番いいんだけどね。
「さて、では僕たちも部屋に戻るとしましょう」
「えー、アズールは小エビちゃんと一緒の部屋で寝るんじゃないの?」
 アーシェングロット先輩の喉から形容しがたい音が漏れた。
「な、なん……何を言い出すんだお前は!?」
「確かに、ユウさんとグリムくんだけにするのは危ないですね。どんな不埒な輩が潜り込んでくるかもしれませんし」
「グリムも一緒だから大丈夫ですよ。アーシェングロット先輩、普段一人部屋でしょうから人がいると落ち着かないんじゃないですか?」
「え!?い、いや……別にそういうワケでは」
「ふーん……じゃあオレ、小エビちゃんと一緒に寝ようかな」
「ハァ!!??」
 アーシェングロット先輩から聞いた事のないでかい声が出た。双子は全く怯まない。
「それはいいですね。僕もご一緒したいです」
「ベッド二つしかねえんだゾ」
「マットレス下ろして二つくっつければそれなりに寝れるんじゃね?」
「そのままベッドに寝ると僕たちでは足が窮屈ですし、丁度いいですね」
「小エビちゃん抱き心地よさそうだし」
「ええ。砂漠の夜は肌寒くて人肌が恋しくなるものですから」
 先輩たちが両脇にやってきて腕を絡めてくる。デカくて逃げ場がない。
 二人の視線はアーシェングロット先輩を気にしている。彼の反応が見たくてやってるのは明白だ。多分、本気で一緒に寝る気は無いと思う。
 そんな意図に気づいているのかいないのか、アーシェングロット先輩は顔を真っ赤にしてぷるぷる震えていた。
「お前たち、いい加減にしないか!!!!」
「先輩、夜遅いですから抑えて」
「じゃあ、小エビちゃんの護衛はアズールの仕事ね。ヨロシク~」
「おやすみなさい、お二人とも。朝は起こしに伺いますね」
「あ、はい。リーチ先輩たちもおやすみなさい」
「おやすみなんだゾ」
 非常にあっさりと双子は出て行った。アーシェングロット先輩が怒鳴った姿勢のまま固まっている。肩をつつくと我に返った。
「す、すみません。つい取り乱して」
「大丈夫です。守っていただけて嬉しいです」
「へぇぁ!?……あ、いえ。ほら、人質を取られると僕たちも動きづらいですから」
 まだ顔が赤い。悪い事をしている気もするけど、この人のこんな表情を見られるのは得した気分。
 ただの学生とは思えない手腕の持ち主だけど、この人も同世代の、まだ子どもと呼べる年齢なんだって思わせてくれる。
「僕たちもそろそろ休みましょう」
「ええ。……おやすみなさい、ユウさん」
「おやすみなさい」
「おやすみだゾ」
 それぞれのベッドに潜り込んで明かりを消した。グリムがいつものように身を寄せてきたので、背中を撫でる。近くで聞こえる寝息に安堵しながら、ゆっくりと眠りに落ちた。


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