4:沙海に夢む星見の賢者
案内されたのは前とは別の空き部屋だった。鏡からは遠いものの内装は同じ。人数が多いので両隣の部屋も使っていいと言われている。
あの後はスカラビア寮生と一緒に訓練をしたり、アジーム先輩に宝物庫を案内されたりと穏やかな時間を過ごせた。内心いつ機嫌を損ねるかとひやひやしたが、完全に杞憂に終わった。脱走した僕たちがオクタヴィネルの監視下に入って戻ってきた事を、誰かに尋ねられるような事すら無かった。気にしている様子はあったけど。
当初手土産しか持っていなかったのに、宿泊に必要な着替えなどはいつの間にかジェイド先輩が用意してくれていた。ありがたいけどいつの間に用意したんだろう。はぐらかされそうだし怖くて訊けない。
夕食と夜の特訓を終えて、入浴も済ませた所で作戦会議のため真ん中の一室に集まっている。
「今日はご機嫌カリムだったんだゾ」
「ええ、僕が知る『いつもの』カリムさんでしたね」
グリムの言葉にアーシェングロット先輩が同調する。
「機嫌が悪い時のカリムは、もっと目も釣り上がってて怖い感じで喋ってるんだゾ」
むにっと前足で目の形を変えてアピールするグリムに対し、ジェイド先輩は首を傾げる。
「……それは機嫌の良し悪し、なのでしょうか?」
「どーゆーこと?」
「カリムさんはフロイドのように気分の浮き沈みが激しい印象があまりないものですから……」
もっと別の要因があるような気がして、とジェイド先輩は言う。
ここ数日しかまともに関わってない僕らと違って、先輩たちは同学年だ。もっと日常的に彼の姿を見ている分、その様子にも詳しいはず。
「マジフト大会とテストの寮順位が悪かったせいだってジャミルは言ってたんだゾ」
「え~?ラッコちゃんってそんなの気にするの?」
「ラッコ?」
「カリムさんの事ですよ。フロイドは海の生き物になぞらえたあだ名を付けるのが好きなんです」
……………………金魚は海の生き物なのか?
「グリムくんの事も、丸々として愛らしいシルエットに親しみを込めて『アザラシちゃん』と呼んでいるそうですよ」
「『丸々として』が余計なんだゾ!」
「ラッコちゃんは、いつも太鼓叩きながらニコニコしてるからラッコに似てるでしょ」
ぬいぐるみのようなラッコがアジーム先輩のようなターバンを巻いて、お腹の上で貝殻をコンコン叩いてる様を想像してしまった。妙にそれっぽいのが面白すぎる。
「そうですね。彼はいつも朗らかで、成績が悪かったくらいで情緒不安定になるタイプには思えません」
フロイド先輩のコメントを絶妙にガン無視して、ジェイド先輩が話を戻す。
「やはり、原因は別にある可能性が高そうですね。問題解決のためにも、カリムさんの事をもっと知る必要がありそうだ」
「ジェイド。少し……彼と『お話』してきてもらえませんか?」
アーシェングロット先輩が含みのある言い方をすると、ジェイド先輩も意味ありげに笑った。
「かしこまりました。ジャミルさんは難しいかもしれませんが、カリムさんなら素直に僕と『お話』してくれるかもしれません」
「じゃあ、その間オレはウミヘビくんに遊んでもらおっかなぁ」
「それはいい。僕も一緒にお相手していただくとしましょうか」
三人は顔を見合わせ笑っている。多分、アーシェングロット先輩とフロイド先輩がバイパー先輩を引きつけてる間に、ジェイド先輩がアジーム先輩に込み入った話を聞く、という事だろう。
幼なじみだからか一緒に仕事をし慣れているからか、役割分担がスムーズだ。疑問を挟む余地すらない。
「コイツら、ずっと目が笑ってねぇんだゾ……」
グリムが怯えた顔で呟いていた。