4:沙海に夢む星見の賢者
部屋に備え付けのアラーム時計がけたたましく鳴る。布団の海をかき分けて動き、何とか停止ボタンを押した。堪えきれず大きなあくびをする。
寝付いてから目が覚めるまであっという間だった。まだ体中だるくて眠いけど、そうも言っていられない。
魔法の絨毯を返して謝るなら僕たちも行かないと道理に沿わない。先輩は『守ってあげる』と言ってたし、この流れでスカラビアに売り飛ばされる事はさすがにないだろう。
「ユウさん、起きてますか?」
ノックの音と共に、ジェイド先輩の声が扉の方から聞こえた。慌てて起き上がり出迎えると、すでにきっちりと寮服を着込んだジェイド先輩がいた。
「おはようございます、ユウさん。着替えはまだですね」
間に合って良かった、と微笑まれる。
「おはようございます。どうかしましたか?」
「今日はこちらに着替えてください」
差し出されたのは立派な紙箱。三つもある。
「こちらは……?」
「オクタヴィネル寮の寮服です。今日はオクタヴィネル寮の所属という事で」
「うえ!?」
「アズールの庇護下にいるという意思表示です。身を守るためだと思ってください」
「は、はぁ……」
「着替えはお手伝いします。あまり着慣れていないでしょう?」
「……そうですね、お願いします」
ジェイド先輩にアドバイスをもらいつつ着替える。カッチリした雰囲気の衣装だけど、寮服だからか意外と動きやすく作られている。ひらひらした服飾品がひっかけそうで若干怖い。髪の毛もまとめられて、帽子には真珠のような玉を抱えた赤い海老の飾りがついていた。デフォルメされててかわいらしい。靴もピカピカ。
……ただ鏡で見るとどうにも、七五三感が凄いというか、着られてるというか……。似合わねえ……。
「子分っていうより、子どもの仮装なんだゾ。ジェイドの横にいると余計に」
グリムから見ても同じ感想らしい。泣きそう。
「グリムくんにはこちらを」
ジェイド先輩がペンを振ると、グリムのリボンが襟付きのタイに変わった。
「おぉー!イケてるんだゾ!」
「かっこいいね」
グリムがふふん、と胸を張った。襟の色が魔法石の紫と近いので馴染んでいる。
部屋を出て談話室に向かうと、すでにアーシェングロット先輩とフロイド先輩がいた。朝弱いとか無いんだなこの人たち。
「小エビちゃん可愛い~。やっぱバッジこっちで正解じゃん」
フロイド先輩が上機嫌で言う。言われてみれば、先輩たちの帽子についているのは青紫の巻き貝だ。大人っぽい雰囲気を壊していない。だから余計に幼く見えてるのか。明らかにマスコットだもん、僕の帽子の海老。
「色々と案はあったんですよ」
「案?」
「ユウさんに着ていただくにあたり、他のオクタヴィネル寮生と全く同じでは芸がない」
「ジェイドがスカートにしようとか丈を短くしようとか色々言って、アズールがそれを全部却下して、んで結局帽子のバッジだけ変えよってなったワケ」
「…………いつから用意されてたんですか?コレ」
「さあ?いつだったっけ」
「オンボロ寮にお詫びの品を持っていく日にはどうしても間に合わなかったんですよね。その後は会う口実が作れず、学期の最終日以降はそれどころじゃな」
「ジェイド!!!!!!!!」
アーシェングロット先輩が耐えかねた様子で怒鳴った。ジェイド先輩は涼しい顔でニコニコしている。フロイド先輩もニヤニヤしている。
頬を赤らめたまま咳払いすると、アーシェングロット先輩は僕の正面まで歩いてきた。
「基本的に、僕たちはあなたたちの魔法の絨毯の窃盗を知り、本来の持ち主に返すために来た、という姿勢を貫きます」
「はい」
「あなたの身柄は被害者からの私刑を防ぎつつ窃盗の反省を促すために第三者である僕が預かる、という説明にします。引き渡せと言われても応じませんので、そこはご安心を」
「はい、先輩を信じてます」
笑顔で言うと、先輩は安堵したように微笑んだ。
「魔法の絨毯さんもこちらへ」
やっぱり窓に張り付いていた絨毯がジェイド先輩の隣に飛んでくる。
「仲良しなんですね……」
「持ち主に似て人と過ごすのがお好きなのでしょう」
「ジェイドがブラッシングしてからずっとそんな感じだよね~」
「汚損が無いか確認したついでに、表面を整えさせて頂きました。フロイドは三秒で飽きてしまいましたので」
結果、根気強く手入れをしたジェイド先輩に懐いた、という事のようだ。いつも気づいたら色んな事をしているイメージだけど、この人出来ない事あるんだろうか。
「では、スカラビア寮に参りましょう」